異様な存在
世界は戦争であふれている。
戦場には人の血と、恐怖と、死でいっぱいだ。
この世界の王者として君臨し、領土を広げる帝国、ブラッド帝国と戦った人間のほとんどが息絶え、いつも帝国が勝利を収める。
その戦場で生き残った極少数の人間は、どれも生きた屍のような顔をしていた。
その戦場で生き残った人間は口々にこう言う、「人間じゃない」「バケモノなんだ」「モウジュウだ」「戦場の兵器」「邪神」。
帝国には獣がいる、化け物がいる。帝国は魔国だ、魔物がいる、と。
帝国との戦争に駆り出された人間は皆、バケモノをこう称した。
―——―——「戦場の領主」
帝国との戦争は長くも短いものになる。
バケモノは場所問わず、人のいるところへ忍び寄る。
巨海でも、屍の大地でも、虚空でも。
小さく幼い一人の少女は、天を仰ぎ、目を輝かせながら星空を見る。
(この戦士の呪いから解放されたら、いつかきっと、天文学者になるの)
少女はツヤツヤの髪を風になびかせ、きらきらと輝く瞳で黒く暗く深い空に白く輝く星を見つめる。
「ねえ、もうそろそろ戻ろう。また戦争が活発化してきているみたいだし、早めに寝とこう」
「今日は星の話はしないの?」
「いつ駆り出されるか分からないし。念のため、万全を保っとかないと」
「でも、今日は特に綺麗だよ」
「星の話しはまた今度ね」
少女は渋々同僚の言い分に従い、戦士用の寮に戻った。
翌朝、食堂で朝食を食べていると、少女の隣に同僚が食事を持って座りる。
「ねえ知ってる? 戦場のバケモノの正体」
「正体?」
「そう。そのバケモノの正体が、猛獣だって言われてるの」
「ふーん」
「その戦場から帰ってきた戦士の口からは、猛獣とか、バケモノとか、人間じゃないとか、それで猛獣なんじゃないかって言われてる」
「へー・・・」
「・・・もう時間も近いし、訓練場行こう」
「うん」
一日の訓練が終わった日のベットの上で、少女は予想する。
少女は帝国のバケモノは、血色こく染まった一匹の猛獣なのだと。猛獣だからバケモノと呼ばれているのだと。
そう予想を広げていく内に、少女は眠りについた。
ある日、なんとか状態を立て直したテーリヒト共和国は、再びブラッド帝国との戦争を始めた。
少女も一人の戦士として駆り出され、戦争の大地へと足を運ぶことになった。
装備一式を着用し、銃を手に。
少女は異様な存在を識ることになるだろう。
ブラッド帝国のバケモノ、モウジュウ、戦場の領主と名づけられた存在を前に、少女は銃を手に持ち、逃げだした。
ズルズルと、逃げる少女をどこまでも追いかけ、広い戦場の中を追い詰めていく。
周りには仲間と敵の屍、広がる血だまり、何でも燃やし尽くす恐怖の炎、容赦なく向けられた銃口。どこまでも追ってくる帝国のバケモノ。
絶望をかみしめ、後ろを振り返らずに逃げまどい、そして生き残り、敗北した戦い。長くも短い時間で勝敗がついたいくつもある戦争の中の、たった一つの戦争。勝敗など、実際に争う前から誰もが分かっていた。
少女は空高く天を仰ぎ、満天の星空を見つめる。その目にはまだ夢を見る星の輝きが残っている。
少女は予想する。あのバケモノを倒せば世界の戦争が終わるのだ、あのバケモノが戦争の根元なのだ、と。
(戦争の種を倒して、戦士の呪いから解放されたその日には、きっと、天文学者になれる日がくる)
少女は夢を見て人生を進む。戦場をかけ、血の雨をあびる。
再び、自国がブラッド帝国と戦争を始めた。
夢を見ている少女は戦争の種である帝国のバケモノを前に、銃口をバケモノに向け、引き金を引く。
バケモノは銃弾を避け、少女に向けて銃を撃つ。少女も銃弾を避け、懐にあるナイフを片手に一瞬にしてバケモノに接近する。
攻防を続けるバケモノと少女。
バケモノが少女に銃を撃った隙を少女は見逃さない。
銃を持ったの腕を引っ張り、銃口が空に向けられるようにし、己がもつ銃の銃口をバケモノの胸に突きつけ、引き金を引いた。
心臓を撃たれたバケモノは力なく地に倒れ、焦点が合わない目を少女に向けながら、浅い呼吸を繰り返す。
少女はバケモノの頭に銃口を向ける。
「・・・次は、・・・私の、夢・・・が・・・・ありがとう・・・・・」
人間はそれだけ言うと、静かに息を引き取った。
少女はやっと絶望した。
そして、識ることになった。
夢見る少女だった女、国の言う通りに動き、戦場をかけた。
目は黒く暗く深い闇をやどし、毛はバサバサで整える気力も残っていない。
彼女のことを、人間たちは口々にこう言った。
「バケモノ」「人外」「兵器」「モウジュウ」「ヒトクイ」
――――——「戦場の領主」
戦場のバケモノが再来した、と。
彼女は戦場のバケモノを識った。
あのバケモノは獣でも、神でも、邪神でも、バケモノでも、人食いでもない。ただただ一人の戦士として戦場に立った一匹の、一人のただの人間だった。彼女は夢を見ず、思考せず、言われるがままに戦場をかけ、人を殺し、夢を忘れた一匹の忘却者として、光を忘れた人間になった。
いつも真正面を向き、下を向かず、後ろを振り返らない彼女は、久しぶりに天を見上げた。どこにも光るものなんてない暗い空。
彼女は思い出さない、思い出せない。
戦士の呪いから解放されるまで、忘れた夢をかなえられるその日まで、ただひたすらに戦場を進む。
呪いから解放される、少女が望んだ、望まぬその日まで。




