第009語 はしゃぎすぎは禁物
「……やりすぎた」
パシャンで水が出せるようになったわたしは、産まれて初めて使った魔法に大興奮だった。
どんな体勢でも言葉を発すれば魔法を使えるのか、連続でできるのかと試してみたり。
出てくる量はずっと一定、木杯一杯分だった。だから魔法で直接木杯に水を注げないかと挑戦してみたり。
思うように出てくる水を見るのが楽しくて、つい時間を忘れて家の中をびっしゃびしゃにしてしまった。
【びっしゃびしゃ】も水が出るきっかけになるみたいで、パシャンの四倍くらいの水が足下に出る。
水のオノマトペはまだまだ奥が深くて、外に出せるのなら何かに水分を与えることはできないかって、実験もした。
【しゃきしゃき】させたしなびた人参は、まるで採れたてのように新鮮になって。思わず囓って、野菜の美味しさを実感した。
そうやって夢中になって魔法を使っていたら、急にくらっとして。
現在のわたしは、びっしゃびしゃになった床の上に空腹で倒れているところである。
「うぅ……人参一本じゃ、足りないよ……」
どうにか食糧を置いてある場所まで行ければ良いんだけど、失敗したら嫌だからと、人参の実験のときに距離を取ってしまった。
台所とはいえ、端から端は意外と遠い。特に、空腹のときには。
顔の下には水があるけど、床に落ちた後だから衛生的にちょっと気になる。というか、床の水なんて舐めたくない。
「おぉぅ……」
誰もいない家の中に、盛大な腹の虫が鳴く。気心の知れた間柄であったとしても羞恥心を抑えられないような、そんな音。
季節は早春。わたしは水浸し。これはもう、風邪を引く一歩手前。
どうにか水を出して飢えを凌ぐかと思っても、どっと疲労感が出て腕すら上がらない。
きっと、わたしはここで餓死するんだ。
そう、思ったとき。ルベルの声が聞こえた。
「アンネ? 今日の肉を持ってきたぞ」
「ルベル……」
「アンネ? 入るぞ……って、なんだこりゃ!? 床がびっしゃびしゃじゃねえか!」
「そぅ……」
ルベルは中に入ってくるなり、持ってきていたゴサイバの葉に包まれたお肉を机の上に置いた。
「樽の水をこぼしたのか? いや、理由はなんにせよ、とりあえずこの水は外に出すぞ?」
「外に?」
疑問に思っていると、ルベルは指先をくるくるっと動かした。すると、わたしの身体の下にある水も、服の水分さえも、ルベルの指先の動きに合わせるように宙に浮く。
「おぉ……」
宙で大きな水泡となった水分は、ルベルの指示に従うようにして歩くルベルの後を追う。
玄関を開けたルベルは、外でその水泡を弾けさせた。
戻ってきたルベルは、ニカッと笑う。
「さすが……水魔法最強の使い手だねぇ……」
「ありがとな。おれのことより、アンネだよ。なんで床に倒れていたんだ?」
ルベルが立ち上がるのに手を貸してくれる。差し出された手にわたしの手を重ねたら、少しビクつかれたような気がした。
そんな些細な反応よりも、わたしの身体は正直だ。
ぐぅぅぅうぉおぅぅぅ、きゅーっぽん。
「……アンネはとりあえず座って待ってろ。男飯だけど何か作ってやるよ」
「……ありがとう」
盛大に鳴き声を上げた腹部を押さえつけることで、逆に変な音を出してしまった。
しっかりとわたしの腹部に目線が落ちていたルベルが、あえて指摘しないことは優しさだと思う。
でも、言わせてもらえるならば、逆に指摘してくれた方が良かった。そうしたら、笑い話にできたのに。
幼なじみといえど、あの音を聞かれて訂正もできないのは、羞恥の極み。




