第089語 ▲キョウキ▲
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元広場に消えない植物と湖が完成してから、残っていた協力者達はごっそりと姿をくらました。
それどころか、村に残り続けていた十人までも、裏切りそうな雰囲気を見せている。
このままでは、計画が何も進まなくなってしまう。しかし、これ以上はザーマも手出しが難しい。
ここは、恥を忍んで祭司に相談しよう。
そう思い、大気中の水分を操作して祭司の元へ連絡を入れる。ブルベルの花の球根が入っていた小袋には、まだ祭司の痕跡が残っているはず。
だから、その痕跡を辿らせれば連絡ができていた。
しかし。
祭司からの折り返しがない。緊急時のため、祭司も対応できない可能性はある。
念のためもう一度送ると、今度は村から手を引くという簡潔なものが届いた。水の文字で書かれていたそれは、ザーマが読んだと示すために触れると弾ける。
「――っはぁっ!」
弾けた文字は瞬時に水泡に姿を変え、ザーマの顔を包んだ。祭司よりも力のあるザーマでなければ、そのまま溺死していたかもしれない。
「祭司様……」
祭司は、この土地がほしかったのではないのか。村にある水の魔力炉を無効化すれば、息子と一緒に住む場所を提供してくれるのでは。
ずっと信じてきた。七年間も、ずっと。
祭司の言葉だけを信じて、息子がようやく後ろ指を指されずに暮らせると思っていたのに。
「祭司ぃぃぃぃぃ!!」
愛しさ余って、とは言い得て妙だ。
あれだけ祭司の言葉を信じ、すがってきたザーマは、憎しみによって表情が変わっていた。いや、年相応のというべきか。
恋をすることで年を感じさせない肌になっていたザーマの顔に、一気にシワが増えた。眉間にも、目頭の下にも、鼻にも、口元にも。
今までが若く見えた分、豹変したようにも思えるザーマの顔は年以上に老婆に見えた。
「あの若造がっ!!」
祭司を蔑み名前を呪ってやろうかと考えたとき、気づいてしまった。
祭司、としか呼んでいないことに。
呼ばれたことはないが、ザーマは名前を伝えた。しかし、祭司は頑なに名前を告げなかったのだ。
恐らく、いつでもザーマを裏切れるようにしていたのだろう。
若造の甘言に乗せられ、ザーマは村長としての威厳も役割も放棄してしまった。
このまま何もできないのでは、腹の虫がおさまらない。どうにか、祭司に復讐できる手立てはないものか。
「……少し早いけど、汚してしまえばすぐにでもいけるはずよ」
ザーマは、自宅の二階の左奥へ行く。壁に手を置くと開いたそこには、これまで七年間の魔法師の血を吸わせてきた魔方陣がある。
今年の生け贄は未だに死んでいないが、そんなことはもうどうでも良い。この場で殺し、血を捧げれば。
「ただいま、戻りました」
首輪をつけるなり外へ飛び出していったルベルが、戻ってきた。
そこでハッとする。
ルベルほどの魔力があれば、アレを作り出せるのではないかと。
水の魔力炉はなぜ封じられているか。
魔力炉、という言葉を使っているが、それはあくまでも例えだ。
村の中央の地下深くに封印されている、化け物から村全体に魔力が染み出ている。
その、化け物の力を借りれば。
「ルベル、こちらへ来てあたくしに跪きなさい」
「はい、ただいま」
化け物を無効化させるため、これまで魔法師の血を魔方陣に注いできた。純粋な水の塊のような化け物は、不純物が入ると力を失う。
その化け物と繋がっている魔方陣が、赤黒く変色していた。今年の生け贄を捧げれば全ての線が変色していたことだろう。
血は、黒く濁る。そこでルベルの高い魔力を注げば。
そのためには今よりももっと、ルベルには忠実に動いてもらわないといけない。
「ルベル。あたくしに忠誠を誓うのならば、地べたに這いつくばってあたくしの足を舐めなさい?」
「はい、ただいま」
虚ろな目をしたままのルベルが、頭を下げる。しかし何を思ったのか、今年の生け贄がその行為を横取りした。
不快に思いながらもそれを受け入れたザーマは、いっそのことこの生け贄のわずかに残った魔力も注ごうと考える。
「お前達はこれから、あたくしと一蓮托生よ。決して裏切ることがないように。お前達の大切な人間を、切り刻んでしまうかもしれないからね」
ルベルが、まるで忠誠を誓うかのように床に額を擦りつける。生け贄のせいでルベルの忠誠は確認できなかったが、この姿勢をしていれば十分だろう。
ザーマは、部屋に咲き乱れていたブルベルの花をむしり取る。そして、それを両手に持ってルベルの顔を包んだ。
「さぁ、ルベル。あなたの力を示してちょうだい。ありったけの魔力を、魔方陣に注ぐのよ」
「はい、ただいま」
ルベルが、手の平に練り上げた魔力の塊を魔方陣にぶつけた。
その瞬間。魔方陣から少し青みの戻った赤黒い光が放たれる。
「良いわ!! この力で、あの若造に復讐してやるのよ!!」
興奮するザーマは、気づかない。なぜ水の魔力そのもののようなものが、封印されていたのかを。
魔方陣からの光がなくなる頃、ニュルッと柔らかそうな先端が出てきた。
ザーマはその生き物を支配するため手を伸ばす。しかし、ザーマは自分の力を過信していた。
どれだけ力が強くとも、どれだけ修業を重ねても、所詮は人間。人知の及ばぬ存在を支配しようなどと、烏滸がましい。
「がっ……がはっ……」
床から――地下から出てきたそれは、簡単にザーマを呑み込んだ。同じ部屋にいたルベルもラタムも、それに呑み込まれていく。
不定形だったそれはやがて人型のように頭を持ち、腕を持った。頭にはザーマ、右手にルベル、左手にラタムを装備する。全員、意識はないようだ。
右手を上に向けた瞬間、狭苦しく窮屈だった天井が木っ端微塵になる。煉瓦造りの塔があったその場所から、赤黒い化け物が外へ出た。
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