第088語 侵入しない方法
不法侵入のことが頭をよぎったけど、罰を受けるなら後で受けよう。
そう決意したわたしは、避難が始まっている村の人達の目を盗んで村長宅へ向かう。その途中で、二つの魔法をかけておくことにした。
手を口元へ当て、架空の誰かに内緒話をするような姿勢になる。誰かはいないから壁に向かって話しかけるような感じになるけど、まぁ、そういう仕様のようだから仕方ない。
「ひそひそ、声を潜めましょう。内緒の話をしたいから」
声はこれで大丈夫。
次は、気配を消すオノマトペ。
頭から布を被り、鼻の下でそれを結ぶようなイメージを手で描く。背を低くするみたいに腰を曲げた。
「こそりこそりと忍び足。スーッと気配を消しましょう」
盗みに入るわけじゃないけど、見つかっちゃいけないからこんな動きになった。
これで、声も小さな声だし気配もばれない。
前にした、「こそこそ」よりもさらに気配は消せていると思う。とはいえぶつかったらばれちゃうと思うから、そこは気をつけないといけないけど。
わたしは準備を整えて、村長さんの家に向かった。
村の人達の移動が始まっている中、わたしは目的地にて中の様子を窺う。玄関に耳を当て、扉の近くには人がいないことを確認した。
千里眼とか透視、みたいに、中の様子がわかると便利なんだけどね。不法侵入をしなくて良いし。
そこまで考えて、ハッとする。
わたしは、前世の記憶を思い出した。それは、日本の知識を使えるってこと。
中の様子がわかる……家の中を透視……。
スキャンが思い浮かんだ。でも、スキャンってオノマトペで表すとしたら何になるんだろう。
考えて、思いついたことをやってみる。
わたしはまた準備運動をして、玄関先から離れた。
玄関前に足で×印を書き、そこから家の外周を走る。
「【ピッ、ピピッ、ピピッ】……現在解析中……現在解析中……」
起点に戻ると、上を見る。建物の上から下、さらには地下の全てを視界に収められるように指差し確認した。
「【カチカチカチ……カシャッ】。撮影完了」
思いついたまま言葉を発している。ここでいう撮影完了っていうのは、わたしの脳内に記録したみたいな感じ。
その絵で目に入ったのは、建物の左奥の煉瓦造りの部屋。ルベルともう一人いた。前に見たときよりも頬がこけていて別人のような気がするけど、たぶんラタムさん。
その二人を屈服させるような姿勢で、村長さんがいた。
三人の下には、赤黒い線の魔方陣みたいなものも見える。
三人がいる部屋は、鈴蘭みたいな釣り鐘状の青い花が咲き乱れていた。もしかしたら、この花が二人の意識を操っているのかもしれない。
これは収穫だと、今見たことをローズライトさんに伝えようと村長宅を後にした。
月桜と小湖がある場所へ戻ると、ローズライトさんとコナーさんがわたしの名前を呼んでいた。行き先を告げずに行動したから、捜してくれているのかもしれない。
わたしは現在地から近い方のローズライトさんに近づく。
「ローズライトさん! わたしはここです」
「……? 今、アンネ殿の声がしたような気が……??」
魔法を解除しないままだった。今後も同じようなことがあるかもしれない。
これを機に、解除のオノマトペも決めておかなくちゃ。
「【ポンポンポン】と、設定解除。ひそひそ、こそりこそりを解除する」
左肩、右肩、両太ももの順に詠唱しながら触っていく。
これで解除できたはず。
そう思って前を見ると、ローズライトさんが目を見開いていた。
「……すごいな、アンネ殿。姿を消すこともできるのか」
「たぶん、厳密に言うと消してはいないです。気配を消していただけで。さっきの状態でも、もしローズライトさんとぶつかっていたら居場所がわかっていたと思います」
「なるほど。気配か」
「声は、ひそひそが有効な距離だったから聞こえたんだと思います」
わたしが解説すると、ローズライトさんは納得したように何度も頷いた。
それからハッとして、少し険しいような顔をする。
「アンネ殿。その魔法を使ってどこへ行っていたんだ」
「あ、そうでした。ルベルと行方不明となっているラタムさんの居場所がわかりましたよ」
「私の予想だとそれは村長宅だが、まさか不法侵入を? 再犯は刑罰を与えなければいけないが……」
「ま、待ってください。入ってません!」
「入ってない? ではなぜ、居場所が?」
それはごもっとも。
わたしはさっきスキャンした絵を印刷できないかと考える。あれを見てもらえれば、一目瞭然だ。
「ローズライトさん。紙を持っていませんか」
「紙? どれくらいの大きさが必要だ」
「大きい方がわかりやすいと思います」
「わかった」
そう言うと、ローズライトさんは詠唱をする。というか、していると思う。相変わらず何を言っているかは聞き取れないけど、異空間に入れてある紙を取り出した。
大きさとしては、A4くらい。
「ありがとうございます。今、印刷しちゃいますね」
「印刷?」
首を傾げるローズライトさんを見つつ、わたしは準備を始める。
左腕で抱えた紙を上から下へ流しながら、右手は左右に何度も動かしていく。
「【ウィンウィンウィン……、ガッガッガッガッガッガッガッガ。ガーッガッ、ガガッ】」
オノマトペの詠唱と右手の動きは連動していて、指先が左右に動く度に少しずつ記録した絵が描かれていく。ほんのり指先が光り、わずかに熱も感じた。
印刷が終わるまで、固唾を呑んで見守っているローズライトさん。いつの間にか、コナーさんも目の前まで来ていたみたい。
印刷で、最後まで描ききる。終了する直前、まるで本物の印刷機から取り出すみたいに、ローズライトさんが受け取ってくれた。
「これは……」
「法官長、この花は」
「アンネ殿、この部屋までの行き方は?」
「わかりません。建物全部をスキャンできたと思うんですけど……」
「隠し部屋か」
二人の様子から、やっぱりあの青い花が問題らしい。
「この花は、ブルベル。この絵のように、魔力を注げばどこでも芽吹く。強い幻覚作用があり、所持しているだけで重罪となる。これは村長も言い逃れできない証拠だ。これで、踏み込める」
「で、でも、そういうのって令状みたいなものが必要なんじゃ?」
「れいじょう? それがどういうものかはわからないが、踏み込むための書類ということならば問題ない。本来ならば手続きが必要だが、私は裁定権を与えられている廷臣法官長だ。その場で捕らえ、判決を下せる」
「そうなんですね」
「急ごう。この絵に寄れば、二人の命が危険だ」
はい。そう、言おうとしたとき。何かが崩れるような音がした。
その音の方を見ると、村長宅が崩壊していた。
そして、そこから出てきたのは。




