第080語 死後の世界①
――あれ、ここは……。
「ああ、気づいた? ここは死後の世界。君は今、魂の塊みたいな感じになってるよ」
わたしは自ら自分の人生を終わらせた。
でも意識がある。どういうこと?
「そうそう。君は、自殺をしたんだ。それは覚えているんだね」
何この人。ここにいるって認識はできるのに、どういう見た目なのか全然わからない。
「それはね、僕と君が同じ世界を生きていないからなんだよね」
え、もしかして、さっきからわたしの心、読まれてる?
「ごめんねえ。気になるか。それなら読まないようにするから、意識を取り戻した時みたいにしてくれる?」
意識を取り戻したとき……。
――こういう、こと?
「そうそう。良いね、飲み込みが早い。君は今、現世でも地球でもない場所にいるよ」
――現世でも、地球でも?
「そう。君にもわかるように言うとすれば、異世界って所かな。そもそもこの場所が神の住まう場所だから、異世界っていうのもまた少し違うけど」
――あなたは、誰ですか。
「僕は太陽神ソゾン。神様だよ」
――神、様……。
目の前の存在が神様だと認識すると、途端に姿形がわかるようになってきた。
輝く金髪は空気を含んだように柔らかそうで、頭には草の冠。服装は、例えるならギリシャ神話の神様みたいな、そんな格好。
でも、地球じゃないって。だから厳密には違うと思う。
「神様っていうのはさ、どこの世界にも存在しているわけ。君がいた地球の神様もいてね、君の死を嘆いて悲しんでいたよ」
――神様は、慈悲深いんですね。
「おおっと、それは嫌味かな。君の死を嘆き悲しむなら、助けてくれたら良かったのにって? それが、そうもいかないんだよね。神様には不可侵条約みたいなものがあってさ、私欲で人に関わっちゃいけないんだ。個人に肩入れすると、その世界のバランスが崩れちゃうから」
――でも、ソゾン様は……。
「まあ、こうして僕と君が話しているのは、ひとえに君が僕の管轄する地域の魂ではないからなんだよね」
――そういうものなんですか。
「そうそう。それで、どうして君の魂がここにあるかってことなんだけど……」
何か重要な話をしようとしたソゾン様は、背後を振り返った。
そこにいたのは、眩いほどの美貌を持った女神様。長い銀髪がキラキラとしていて、服装はソゾン様と同じような感じ。
ソゾン様もそうだけど、その女神様も髪と瞳が同じ色。金とか銀とか色合いはわかるけど、そういう人間の言葉では表せないような感じがする。
「紹介するよ。僕の愛しい奧さん。月女神のルーナントだよ」
――よろしくお願いします。
ソゾン様に紹介されたルーナント様は、軽く頭を下げる。そのとき伏せられた長い睫毛に、星の粒がついているように見えた。
不思議な感じ。ルーナント様からは、全てを許し愛してくれるような感じがする。
「ルーナントがね、チーキュウと仲良しなんだ。それで、君の話を聞いて心を痛めた」
――ちーきゅう? 地球?
「ああ、違う違う。チーキュウっていうのは、地球を担当している神のこと。ややこしいよね」
ソゾン様曰く、チーキュウ様とルーナント様に親交があるそう。それでわたしの魂を救済したくて、こちらへ呼び寄せたみたい。
――救済って……。別に、わたしはそのまま消えて良かったのに。
「まあまあ、そう言わないで。ルーナントが、君の死後を見せてくれるから」
そう言うと、ルーナント様がくるりと円を描いた。そこに映し出されたのは、わたしの死後。というより、わたしが死んだことによる変化した前世の世界の話。
そこでは、わたしの遺書を握りしめて泣き崩れるお母さんがいた。そんなお母さんを慰めるお父さんと、お兄ちゃん。
ふふふ。遺書を見て、自分がいかに酷いことをしてきたのか気づいたみたいだ。
「ひどいことをしたのは、どちらかな」
――え? というか、今わたしの心を読みましたね。
「ごめんごめん。君があまりにも愚かだったから、つい」
――愚か? わたしが?
「愚かでしょ? 君が遺書を残して自殺したから、家族の皆が悲しんだ。その結果が、どうなったと思う?」
――……知りません。
「君は、君が行動した結果を、もっと想像するべきだった」
そう言われた後、ルーナント様が映し出す映像が変わる。
お母さんが、突然倒れた。すぐに救急車が呼ばれたみたいだけど、担架に乗せられているお母さんが、何かを叫んでいる。残念ながら声は聞こえないけど、なんとなく、わかるような気がした。
お母さんが、膨らんでいたお腹を、抑えていたから。
「君が故意に家族を傷つけた結果。新しく産まれるはずの命は儚くなった」
――っ、でも、それは別に、わたしのせいじゃない! 元々お母さんは、超高齢出産の予定だったから!!
「そう。出産のリスクは、年齢が上がるほど高くなる。それを知っているってことは、本当は君も、母胎の身体を心配していたんじゃないの?」
――そ、れは……。
「それなのに、君は自分のエゴを優先した」
――エゴ? 家族にいらない存在のわたしが、自殺することがエゴ? それなら、わたしはどうすれば良かったって言うんですか!!
「言えば良かったんだ。訴えれば良い。ここに自分はいると。無視はしないでと。言っても、何も変わらなかったかもしれない。でも、言ったら何か変わっていたかもしれない。親に自分の意思を伝える。子供の特権だ」
――そ、そんなこと、言えるわけないじゃないですか。
「どうして?」
――どうしてって……。
ソゾン様が、じっとわたしを見つめる。
ルーナント様が映し出す映像が、また変わった。
そこは、死後のわたしの部屋。虚ろな目をしたお母さんが、かつて自分が書いた日記を発見した。それを掴むなり、ビリビリに破り捨てる。
そしてまた、泣き崩れた。
その姿に、胸が苦しくなる。まるで、本当にわたしの死を悲しんでくれているみたいだ。
「ねえ、どうして君は、家族に何も言えなかったの」
――そ、それは……。わたしは、お母さんに疎まれていたから。
「なら、お兄さんに話せば良かったんじゃないの」
――お、お兄ちゃんは、いつも習い事をたくさんしていて、忙しかったから。
「そんなの、君にとって都合の良い言い訳だよね。一度も、考えたことはなかった? お兄さんだって、自由な時間がほしかったかもしれないって」
――自由な、時間?
「そう。君は構ってもらえなくて寂しかったかもしれない。でも、お兄さんはどうだったんだろう。長男として育てられているお兄さんは」




