表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/96

第079語 決断

前世のアンネが死にます。

直接的な表現は避けたつもりですが、想像力が豊かな方は苦しいかもしれません。

話を読んでくださる際は、心が回復できる何かを持っていると安心だと思います。

※自殺を助長する意図は全くありません。



 苦しい。八方美人なんて、辞めてしまいたい。

 そう、何度も思うのに。わたしは辞められなかった。

 もしかしたら、お母さんに評価が届くかもしれないから。

 ……もしかしたら、お母さんに認めてもらえるかもしれないから。




 お母さんとお父さんの現場を目撃してから、数ヶ月。

 どうやら二人は関係性を修復したらしい。というか、わたしに妹か弟が産まれるんだって。

 喜ぶべきなんだと思う。新しい生命の誕生を。両親の仲が良くなったことを。


 でもそれは、わたしのことを貶していた日にできた命。その後に、修復された仲。


 お兄ちゃんみたいに、手放しで喜べなかった。

 お父さんみたいに、超高齢出産になるお母さんを心配できなかった。

 お母さんみたいに、新しい家族を迎えられなかった。

 新しい家族が産まれるよりも、わたしを見てほしかったから。




 わたしは、反抗することも迎合することもできなかった。

『家族』から爪弾きにされたわたしは、話さない方が良いと思った。双方、どちらのためにも。


 お兄ちゃんもお父さんも、お手伝いさんもみんな、お母さんの身体を気遣っている。だから、全ての物事はお母さんの体調が優先。

 実の娘であるはずのわたしに、普段はお手伝いさんがやっているような雑務が来ても、文句は言えなかった。


 渡された、古紙回収の資源ゴミ。それを纏め、資源ゴミを回収する日に出す。

 あぁ、そう。ゴミをわたしの部屋に置いておけってね。わかっているよ。身重のお母さんの活動範囲内にあったら危ないって。

 ……わたしの部屋は、ゴミ置き場じゃないけど。


「……ノート?」


 資源ゴミを纏めようとしていたら、パサリと一冊のノートが落ちた。それは何てことはない、普通のノート。学生が授業で使っていそうな、どこにでもあるようなもの。

 ノートはノートで纏めようと思ったけど、あったのはその一冊のみ。ついでにわたしが使い切ったノートも捨てるかと思って、引き出しの奥に置いておいたノートを引っ張り出す。


 纏めたノートの一番上に、発見したノートがある。

 何てことはない、普通のノートだ。表紙に何か書いてあるわけでもないし、ゴミならば捨てれば良い。

 ただそれだけなのに、わたしはそのノートが気になって仕方なかった。


「も、もしかしたら? 使えるノートかもしれないし。一冊まるまるは無理でも、使える部分があるかもしれないし?」


 お兄ちゃんと違って、わたしは望むまま物資を与えられたことはない。いつも、お兄ちゃんのついで。ノートの全てを余すことなく使い、それを見せて初めて新しいノートを買ってもらえていた。

 だから、自然と物を大切にするようになっている。だから、このノートだって同じ。


 たかがノート一冊を見るのに、どうしてこんなに言い訳を並べているんだろう。

 そう、思ったけど、どうしてもノートの中身を見るという衝動を抑えられなかった。




「……そ、かぁ……」


 わたしは、力なくぺたんと座る。


 そのノートは、お母さんの日記だった。

 お兄ちゃんが産まれた後の幸せな日々。

 家に寄りつかなくなったお父さんへの恨みを綴り、そしてわたしが産まれた理由が書かれていた。


 曰く、わたしが産まれたのはお父さんが不倫しまくり三昧のとき。男親だから、女児が産まれれば家に戻ってくるだろうと。

 でもわたしが産まれてもお父さんは家に戻って来なくて。まだ小さかったお兄ちゃんをお父さんが連れて、不倫相手の所へ行っていたって。


「……ごめんなさい、お母さん。わたしは産まれたときから、ダメな子だったんだね」


 お父さんと口論して、お父さんが家を出ていく。そんな中わたしがぐずって泣く。だからお母さんは、わたしを世話しないといけない。

 わたしがいなければ。わたしが、ぐずらなければ。お母さんはお父さんを追いかけて、ケンカして、仲直りして。もしかしたら、円満な家族になっていたかもしれない。


 だから、わたしはお母さんの期待を受けられなくなった。

 男親のお父さんを引き留められるほど、かわいい子じゃなかったから。


 例えば、お母さんの言葉に「もっと」とついていたら。もっと美人になると思った、なら、普通ってことになる。

 でもお母さんは言った。美人になると思ったと。もっと、とかそんな希望的な言葉はつかなかった。

 それはつまり、わたしが不美人だということ。


 不美人で、お兄ちゃんよりも出来が悪くて。無邪気に両親からの愛情を受けられるような年齢でもなくて。

 わたしだけ、いらない子。


「ぅっ……っ……」


 誰も来ない、わたしの部屋で声を殺して泣く。目を閉じれば、ためられなくなった涙がボロボロと流れる。

 拭っても拭ってもあふれてくる涙を止めるため、わたしはタンスからハンドタオルを出す。無駄にはできないし、ティッシュじゃ、間に合わない。

 目に当てたハンドタオルが、じんわりと湿っていく。わたしはそのまま、涙が止まるまで泣き続けた。




 どれくらいの時間が経ったんだろう。

 涙が出なくなったわたしは、極論に達した。


「……死のう」


 家族ではないわたし。必要とされていないわたし。

 そんなわたしが、このまま生きていることすら烏滸がましい。わたしが死ねば、残るのは円満な家族だけ。

 年の離れた下の子を可愛がる兄。超高齢出産の妻を気遣う夫。そんな夫の愛を取り戻した妻。

 ほら、わたしが入る余地なんてない。

 わたしは、いない方が良いんだ。


 極論に達したわたしは、早速死ぬ準備をする。

 死のうと開き直れたわたしは、これまでとは真逆の考えになっていた。

 今までは、どうにかお母さんの笑顔を見るために努力していた。お兄ちゃんのように特別になりたかったから、様々なことをしてきた。

 でも、今はそんなことどうでも良い。というより、お母さんを困らせたかった。困らせて困らせて、自分がしてきた報いを知ってほしいと思ってしまった。


 だから、死ぬ準備は念入りに。

 わたしがなぜ死ぬのかを書いた遺書を用意し、通学鞄から学生証を取り出す。万が一風に吹かれて飛ばされちゃったらダメだから、リュックの中に硯や重しになりそうなものを入れる。

 リュックの中に遺書と学生証を入れて、準備は整った。


 わたしは部屋を出る。玄関は共通だったけど、誰もわたしの外出を気にしない。

 ふふふ。そんな状態でいられるのも、残り僅かだ。わたしの行動を気にしてこなかった、ツケを払うと良い。


 わたしは、明確に意思を持って家を出た。

 向かう先は、少し離れているけど人気ひとけのある駅。いや、踏切の方が良いかも。

 きちんと、わたしがどこの誰だという証拠が、他人だれかに渡るように。

 踏切の近くにリュックを置いて、それからわたしは自由になるんだ。




 カンカンカンと、わたしの人生が終わる音が聞こえてきた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ