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第078語 アンネの前世②

3000字超です。

ゆったりと読める時間に読んでいただければ幸いです。


 わたしが所属しているボランティア部が、街で起きた事件の犯人を捕まえることに協力したと、警察から表彰を受けた。

 その中でもわたしは、特に貢献したと個別に賞状をもらえた。


 今日は火曜日。お花の教室が開かれる日じゃないし、前日の準備もない。だけど期待はしなかった。裏切られたときに悲しくなるから。

 でも、その日は奇跡が起きた。

 帰宅後お茶を飲んでいたお母さんに報告すると、立ち上がって喜んでくれたんだ。


「すごいじゃない! お父さんに報告しましょ」


 お母さんは、わたしが初めて見るようなウキウキとした様子でお父さんにメールをしたみたい。


「お父さんは今週の土曜日に帰ってくるみたいだから、そのときに報告しましょうね」

「うん!」


 正直、お父さんの顔はあまり覚えていない。月の半分くらいは家にいないし、わたしの部屋は隔離されているようなものだから。

 お父さんの反応よりも、お母さんが嬉しそうなのが嬉しい。わたしでも、お母さんを笑顔にできた。




 お父さんが帰ってくるという日を指折り数えて、ついに明日だという金曜日。

 真夜中に、何かが壊れる音がした。

 お手伝いさんはみんな帰っちゃっていて、掃除をするような人は誰もいない。家にいるのはわたしと、お母さんとお兄ちゃん。お兄ちゃんが物を壊すとは思えないから、もしかして泥棒!?


 わたしは竹の定規を持って、音がしたと思われる部屋を目指す。

 あの音を聞いてお兄ちゃんがいれば心強い。お兄ちゃんは、柔道の有段者。泥棒にも立ち向かえるかもしれない。


 竹の定規を握りしめて、部屋を捜す。

 でも、すぐにその場所はわかった。深夜にもかかわらず電気がついていて、ぴったりと閉められていなかった障子から声が漏れている。


 ……お母さん、誰と話しているの?


 記憶にない声だ。でも、泥棒という感じもしない。


「ちょっと!! 聞いているの、あなた!!」


 お母さんの金切り声が、話し相手がお父さんだと知らせる。

 お父さん、明日帰るんじゃなかったんだ?


 早い帰宅で、どうしてケンカをしているんだろうと部屋に近づいていく。

 そして、聞こえてきたのは。


「私、知っているんですからね!! あなたが秘書と不倫をしているって!」

「何度も言っているだろう。浮気なんて、婿養子の俺ができるわけないだろ」

「あくまでも白を切るおつもりですね。私が、何も証拠を」


 不自然に途切れた言葉が気になって、そろりそろりと障子が開いていた隙間から中を覗く。

 お父さんがお母さんの腕を掴んで、キスをしていた。お母さんの足下には、お父さんと秘書の人と思われるツーショットの写真。背景は、ネオン系の装飾が見える建物。


「浮気をしたとて、こうしてお前の所に戻ってくるだろ? 何が不満なんだ」

「何もかもです! 私と離婚しないのだって、お金が目当てでしょう?」

「つれないことを言うなよ。格式高いこの家に婿として来たのは、お前を愛しているからだ」

「私も……」


 目の前で、夫婦の睦み合いが始まってしまった。両親のこんな現場を見続けるわけにはいかないと思うのに、足が動かない。

 お兄ちゃんがいれば、もしかしたら注意してくれたかも。でも、あれだけ大きな音がしたのに、あんなに大声でお母さんが叫んでいたのに、お兄ちゃんはこの場にいなかった。


 お母さんが、聞いたことのない声を出している。そこにいるのは『お母さん』ではなくて、『知らない女の人』だった。

 ついさっきまで、お父さんに怒っていたんじゃなかったの? どうして口先だけみたいなお父さんの言葉を信じるの?


 今、目の前にいる人達は、わたしが知らない人達だ。

 そう思うのに、頭の中で自分の両親だと自覚している。

 もう離れよう。そう思って、大きく息を吸ったとき。思わず吐く息を手で塞ぐようなことを聞いた。


「――は、きっと病院で取り違えられたのよ。だから、あんな顔なの。産まれたときは、美人になると思ったのよ」


 お母さんが、わたしを名指しする。だから、お父さんに言ったことはわたしのことを評したのだと思う。


 わたしは、中の二人に気づかれないようにその場を離れることで精一杯だった。

 部屋に戻り、引き戸の前でしゃがみ込む。


「なん、で……わたし、は……」


 嗚咽で、上手く喋れない。いや、喋れなくても良いんだけど、今聞いたばかりのことを声に出して消してしまいたかった。

 音として出せば、それはすぐに消える。

 でも、頭の中で考えるだけだと、いつまでも残ってしまう。

 だから、声に出してしまいたかった。


 わたしが、お母さんに望まれていなかったなんて、知りたくもなかったから。




「……そっかぁ。わたし、いらない子だったのかぁ」


 泣く涙もかれたころ、わたしはぽつりと呟いた。消えると思っていた音は、わたしの耳から入ってまた思考を占拠する。

 手元では、取り違いを調べた後の端末が光っていた。


 ずっと、お母さんに喜んでほしかった。お母さんの、笑顔が見たかった。

 だから様々なことに挑戦して、色んな人の手伝いをしてきたのに。

 わたしは、そもそもお母さんから望まれていなかった。


 わたしは、この村で産まれた。学区はいくつかの村で構成されていて、村の周辺の同い年の子は、みんな同じ小学校に行く。

 取り違いなんて、そもそも起こらないんだ。この辺の産婦人科は限られているから、誕生日が同じ人がいないなんてすぐにわかる。

 お兄ちゃんのときはこの家で産んだみたいだけど、わたしが産まれるときはお兄ちゃんにその場面を見せたくないからって病院で産んだって言われた。


 お母さんは、「産まれたときは」って、はっきり言ってた。それは、お母さんがわたしを産んだって自覚があるんでしょ?

 自覚があるのに、わたしを否定する。それは、お母さんがわたしを望んでいなかったってことだ。


 例え笑顔を見せてもらえなくても。

 わたしは、お母さんに望まれて産まれてきたと思いたかった。




 衝撃的なことを知った翌日。

 わたしは部屋の中から出なかった。食事のときだけ部屋の外で受け取って、また籠もる。

 当然、お父さんは来なかった。それをお母さんに問いただそうとは思わない。だって、話したくなかった。

 お母さんから疎まれていても、わたしにとってはお母さんだったから。お母さんがわたしに笑顔を見せてくれない理由が、わたしを疎んでいたからなんて、思いたくないから。


 土曜日、日曜日と部屋の中で過ごした。

 でも、お母さんもお兄ちゃんも、様子を伺いには来ない。元々、それぐらいの関係性なんだ。

 わたしが、お母さんに愛されたくて、空回りしていただけで。


 月曜日になって、学校に行けることがホッとした。

 外に出れば、誰かがわたしを必要としてくれる。頼まれたことを断れないんじゃない。断りたくないんだ。断ったら、その人との繋がりも終わってしまう。


 火曜日、水曜日と、何事もなかったように過ごす。過ごしている、つもりだった。

 誰かに頼まれたらこなして、困っている人を助けて。

 今までと同じように過ごしていたはずなのに、心が虚ろだ。

 わたしは、何のためにこうして動いているんだろう。


 これまで、行動することでお母さんにわたしの評価が入ると思っていた。

 でも、例え評価が入ったとしても、無意味だったんだ。わたしは、お母さんに疎まれているから。


 それでも、長年で染みついてしまった八方美人の行動は、なかなか止められなかった。

 だから、苦しい。

 わたしを見てくれる人は、誰かいないの?







次回、前世のアンネが死にます。

直接的な表現は避けたつもりですが、想像力が豊かな方は苦しいかもしれません。

次の話を読んでくださる際は、心が回復できる何かを持っていると安心だと思います。


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