第076語 耐久戦の始まり
3000字超です。
ゆったりと読める時間に読んでいただければ幸いです。
広場に向けて「すやすや」を放つ。
最初の半日分くらいは、全く問題なく続けられた。
問題は、空腹だと自覚してしまった瞬間から。
いつものように爆音を奏でるわたしのお腹。今は広場に両手を向けているから、その音を抑えることもできない。
そして、わたしが広場に両手を向けている以上、ザドルさんも食糧を取りに行けないということ。
広場には、食事をした後のままの状態が残されている。でも、「すやすや」の対象は人。重ねがけをするごとに広場の中の食事はダメになっていく。
こうなることは、予測できたはずだ。でも「すやすや」をかけることは突然だった。だから、魔法をかけることを考えて食糧の確保をしておけば良かったなんて、後の祭り。
「ザドルさん、すみません。お腹の音、うるさいですよね」
「生理現象。気にすることない」
「ふふっ。ありがとうございます。ローズライトさんと同じことを言うんですね」
どうにか話して気を紛らわせようとするんだけど、話は続けられるんだけど、ザドルさんはそれほど口数が多くない。
そして、気づいてしまった。話して気を紛らわせることには成功したけど、喉が渇くし空腹も収まるわけじゃない。
だから自然と、話さなくなっていく。
……うぅ。お腹すいた。いや、もう空腹なのかもわからなくなってきたかも。人間って、どれくらい飲まず食わずでも生きられるんだっけ……。
飲まず食わず。そして眠らずに魔法をかけ続ける。
魔力自体は問題ないんだけど、身体が栄養を求めてる。何か食べたいよ。でも、何も食べられない。
これは、新手の拷問だ。目の前には、時間が経ちすぎて食べられなくなってしまったと思われる食べ者達。いっそのこと、わたしも眠ってしまえば飢餓感は忘れるかもしれない。
まぁ、自分で発案して実行しているんだけども。
わたしが、寝るわけにはいかない。
ローズライトさんが戻るまでの間、広場に集まった人達を移動させないようにしないといけない。
もう声を出すことすら、喉が渇きすぎてできない。それでも、詠唱は必要だ。
「すやすや眠れ」。七音だけど、それすら声が枯れる。
やったことはないけど、一つの魔法をかけている間に、他の魔法って使えないかな。そうしたら、「パシャン」で水を出せるのに。
あぁ、いや。例え水を出せても器が手元にないや。わたしの両手は広場へ向けていないといけないし、ザドルさんの両手を器にするわけにもいかないし。
村人が集まっている広場に、村長さんが来ないことが不幸中の幸いかな。
今村長さんが来ても「すやすや」にかかるだけなんだけど、精神的なつらさが違う。黒幕かもしれない人と相対するのを、今はしたくない。
うぅ……。頑張るんだ、わたし。わたしの魔法が、村の未来を左右するかもしれないんだ。
ローズライトさんの反応から、わたしがルベルと一緒に見たあの取引は、相当大変なことだったように思う。
国家存亡の危機、とかね。
そんな国の行く末すら左右してしまうかもしれない、現状。失敗なんてしたら、わたしは国を潰すことになってしまうかもしれない。
「――っ」
失敗できない。それは当然のことなんだけど、強く思えば思うほど、呼吸が浅くなっていく。
そして、今は絶対に来てほしくなかった、あの頭痛に襲われる。
今までとは比べものにならないほどの強烈な頭痛に耐えきれなくなったわたしは、意識を手放してしまった。
▲▲▲
村の大半を焼け落とすことに成功した。
あとは、今年の分の生け贄を捧げるだけ。
そう思っていたのに、村の復興作業が始まってしまった。
協力者達には、それぞれ違う指示を出している。だから村で起きたことや塩獣の巣穴前でのことなどには純粋に驚いたはずだ。
しかし、それが逆に仇となってしまった。詳細を伝えていなかったが故に、村の復興は当然という流れになってしまっている。
せっかく、大半を焼き払ったのに。村が復興してしまっては、祭司との約束を違えることになってしまう。
「……? 今日は、来ないのかしら」
南西地区の家々が、夜の寝場所を提供するということになっていた。当然ザーマの家も対象で、むしろ大きさがある分多くの村人を受け入れなければいけなかった。
しかし、その時間になっても村人がやってこない。何かあったのかと家を出て様子を窺いに行ってみれば、何も音が聞こえてこなかった。
明らかに、何か起きている。
残された家々の影に隠れるように広場の様子を窺うと、村人達は全員地べたに倒れていた。
まさか、大量死か。
すぐに対応しなければと思い、ザーマは踏みとどまった。
広場の奥に、起きている人物達がいたのだ。広場に両手を向けているアンネと、廷臣法官の男が。
その様子からして、恐らくアンネが何か魔法を放っているのだと予測できた。
「鬱陶しい子。それに、やっかいだわ」
長く観察していたが、ザーマが来てから二時間ほど状況が動いていないように思う。
二時間も、だ。
どれだけ魔力を持っているのだろうか。通常、放つ魔法の威力にもよるが、二時間も保つ人間はいない。
「……待って? あたくしが来る前から、かけ続けているわよね?」
寝に来る村人が来ないから、不審がって様子を見に来たのだ。様子を探る二時間よりもずっと前から、広場にかけ続けているとしたら。
とんだ化け物だ。もしかしたら人間ではないのかもしれない。魔力なんてそんな小さな指標で、測ってはいけない相手なのかもしれない。
「……早く、生け贄を捧げたいのに」
煉瓦造りの部屋に監禁している村人は、まだ死ぬ直前にはなっていない。今までの六人以上の時間が経っているのに、死ぬ直前の魔力を放出する段階には至っていない。
死ぬ瞬間は、魔方陣の上でないといけない。だから未だに一日に一度は食事をあたえるようにしている。だから、死なない。
ザーマの悲願達成のためには、今年の生け贄は必須なのに。それがまだ、成されていない。
「……だから、かしらね」
今まで、生け贄としてきた水属性の魔法師は家族がいた。家族のために生きる気持ちは大きく強く、最後の瞬間の魔力は純粋なものだった。
だから、家族持ちを狙っている。今年の生け贄がこれまでと違うのは、かつて生け贄にした家族という点。
今年の村人は、三年前の生け贄の息子。父親はすでに病死していた。
これまでの生け贄は男が三人、女が三人。今年は男女どちらでも良かったものの、税金免除みたいなことで話しかけやすそうだったのが、今年の生け贄。
妹の店のために。そう話しかければ、家まで招くことなんて簡単だった。
父は病死。母を亡くし、最後の家族として兄として、妹を大切に思う。その気持ちが、強すぎた。
今にして思えば、村最強の水属性魔法師ルベルにしておけば良かったと後悔している。
あれは、特に扱いやすい。純粋な村人ではないアンネを追い出すぞと言えば、従っていたのではないか。
「……ルベルに施した魔法が、そろそろ切れてしまうわね」
ザーマの悲願を達成するために。
魔方陣を血で染めることを、確実に実行するために。
ルベルの力はあった方が良い。そのためには、積極的にルベルと接触しなければ。
ルベルにもう一度魔法をかける。
ザーマは、その時を狙うため家に戻って作戦を練ることにした。
▲▲▲




