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第066語 筋肉の限界


 仮説だらけの村の問題を動かすために、村を出た。停滞していたから動いたとしても僅かでは。

 そんな風に思っていた考えを見透かされたように、急激に動いた可能性が浮上。


 緊急事態が発生してしまっているかもしれないと、ローズライトさんが部下の人達を連れて走り出す。

 筋骨隆々の廷吏の二人も問題なくついて行くけど、わたしには無理だ。あっという間にローズライトさん達の背中が小さくなった。


 遅れてしまったことを申し訳なく思いながら、それでも必死にクホイの入口にあった馬屋を目指す。

 でも走っている内に、息が上がってきた。ついには足を止め、膝に手をついて呼吸を整えようとする。


 足が止まると、頭が動く。

 ふと、気づいてしまった。わたしが馬屋に行ったところでお金を支払えないし、馬にも乗れないと。


「そっかぁ……。わたしは、地道に行かなきゃ」


 村を出たときだって、歩いて移動したんだ。一日かかるけど、移動できないわけじゃない。

 そうだ、今こそオノマトペ魔法では!


 通常であれば、身体能力を向上させるのは難しいかもしれない。でも、わたしはオノマトペ魔法の使い手に選ばれた。

「かちかち」で物を固くすることができる。「すっきり」で爽快感を得てもう一息の体調を快復させられるし、「すらすら」は得たい知識についての勉強が捗るようにできた。

 だから、走る速度を上げるみたいな限定的なオノマトペもあるはず。


 考えて考えて、そして思いつく。


「そうだ。【だーっ】じゃない? っぉ」


 口にした瞬間、まるで足にアイテムがついたように足が動き出す。

 何度も足踏みをしていたわたしの足は、今にも走り出しそうだった。そして走るぞ、と決めた途端に動き出す。

 向かう先に目を向けていないと、上がった速度が落ち着かない。わたしは、クホイの入口まで伸びる真っ直ぐな道を正面に捉える。


「わあぁああぁあああぁあぁっ!!」


 奇声のような声を上げながら、わたしの足は通常ならあり得ないような回転数で進んでいく。

 次から次へと流れていく景色の中に、戻ってきてくれたらしいローズライトさんを見つけた気がする。でも途中で止まれなくて、最初に目的地とした馬屋まで真っ直ぐすすむ。


 っ!! そうだ、どうやって止まれば……!?


 方向転換はできるかな。馬屋に行っても止まれなければ、そのまま突っ込んでいってしまうだけだ。

 よし、きっとできるはず。方向転換して、そのままクホイを出てみよう。


 目まぐるしく変わる景色を捉えつつ、瞬時に判断する。そしてそれえを実行に移そうと目線をクホイの出入り口に向けた。


「……あっ!?」


 目線は横に。身体は前に。足は前と横に。

 結果、わたしの足は盛大に絡まった。そしてさらに最悪なことに、足下には転倒させる気しかしない邪魔な小石。


 やばい!! こける!!


 絡まる足。それでも小石を避けようとする頭。

 意思と行動が一致したのは良かったものの、わたしの足は地面から浮いた。まだ「だーっ」の効果が続いていて、足は動こうとしている。

 そのため、左足が右足を追いかけるような状態になり、わたしは浮いた状態のままぐるぐると回転した。

 こんな体勢で落ちたら、盛大に頭を打つに決まっている。地面に行くまでやたらと遅く感じるなと思った。そうか、これが走馬灯か。


 ……こんなんで死んじゃうのかぁ。


 クホイの出入り口。派手な動きをするわたしに、その場にいる人達が注目してる。

 こんな衆人環視の中、死ぬのは嫌だな。

 そんな風に思っていたわたしの視界に、ローズライトさんが入ってきた。


「危ない!!」


 わたしが地面に頭を打ちつける前に、ローズライトさんが抱きとめてくれた。周囲から、思わず拍手喝采が起きる。


 あれだけ暴れていたわたしの足を止めるように、太ももに当てられた手はしっかりと力が入れられていた。そして体勢を整えるため、反対側の手はわたしの肩に。

 必然、ローズライトさんの整いすぎている顔が目の前にあることになる。


「っあ、ご、ごめんなさいっ」

「危ないっ」

「か、重ね重ね、申し訳ないです……」


 慌てて離れようとしたけど、人間離れな動きをしたわたしの足は限界だったみたいだ。まともに立つことすらできず、また顔から地面に突っ込みそうになった。

 とっさに支えてくれたローズライトさんの手が、わたしのお腹部分にある。鍛えてはいないけど、弛んでもいないはず。でもやっぱり気になって、きゅっとお腹に力を入れた。


「アンネ殿。断りを入れる前に何度も触ってしまってすまない。立てるだろうか」

「助けてもらって、感謝しています……ですが、すみません。足が動かないです……」

「ではどうする? ここで動けるまで待つか、落馬しないように対処して村まで一緒に戻るか」

「こ、これ以上迷惑をかけられないので、快復してから向かいます」

「そうか」


 そう言うと、ローズライトさんは廷臣法官の一人にローブを貸すように伝え、わたしの下に敷く。地面に寝かされたわたしは、ローズライトさん及び周囲にいた人達の注目を集めることになった。


「あ、あの……? わたしのことは放置してローズライトさん達は先に行ってもらえれば……」

「そういうわけにはいかない。アンネ殿のような秀麗な淑女を放置すれば、問題が生じる。ましてや、今のアンネ殿は身体を動かせない状態だ。抵抗らしい抵抗もできないだろう」

「で、では、誰かお一人を残してもらえれば……」

「それもできない。部下達はアンネ殿と親しいようだが、アンネ殿の心に傷をつけるわけにはいかない」

「えっと……? 親しくはないですし、なぜわたしの心が傷つく前提……?」

「秀麗なアンネ殿が、動けずに寝ている。こんな状況下で、アンネ殿を好ましく思う部下の誰かが動かないはずがない」


 ローズライトさんは、至極当然だというように真顔で発言する。

 そうだ、忘れがちだけど、ローズライトさんはこんな人だった。自分が真実と思えば、どんな内容でも伝える。

 もう、なんというか……。ローズライトさんの中では、目線だけでやり取りをしても好ましい感情があるということになるんだろうか。


「……ご迷惑をおかけしますが、わたしも一緒に連れて行って下さい……」

「了解した」


 今一番避けたいことは、ローズライトさん達が村に到着する時間が遅れること。

 そう。そのためならわたしの羞恥なんて塵みたいなもの。

 さぁ、わたしはどんな体勢で馬に乗せてもらえるのか。







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