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第063語 ▲動く理由▲

悪者回、二回続きます。

読後に癒される何かを準備して読んでいただければ幸いです。


 ▲▲▲


 村の中にいる協力者から、吉報が入った。村に来ていた廷臣法官長が、村を出たと。まだ何人かその部下が残っているが、数で押せばどうにかなる。


(……早く、実行しなければ)


 ザーマは二階に上がると、玄関から見て左奥の壁まで行く。そこに手をかざすと、ザーマの魔力に反応した壁が左右に開いた。

 煉瓦造りの円柱型の棟の部屋一杯に、魔方陣が描かれている。そして部屋一杯に、ブルベルの花が広がっていた。甘く重たい香りは、耐性のない者を酩酊状態にさせる。


「あー、あー?」

「もっとよ。もっと注ぎなさい。あなたの魔力を」


 魔方陣は、遙か昔から代々スマザ家が受け継いできたものだ。


 辺境に村がある理由。それは、この場所に大昔から地下に眠る力――水の魔力炉があるから。

 スマザ家は、その力が爆発しないように抑えこむことを義務づけられている。

 抑制には、地下の力と同じ属性の魔力が必要だった。それは到底ザーマ一人だけで補えるものではない。


 今も生け贄にする前の力を注がせている。その役目を担っている村人は、虚ろな目をして常に口が開いている状態だ。

 この村人の魔力が尽きたとき。今年の儀式が行える。


 以前は、魔力を注ぐだけで良かった。しかしそれは、非効率なもの。村の水属性の子供を連れてきて、ここに数日閉じこめていた。

 もっと長く、子供を手元に置いておくため、息子に連れてくるように頼んだ。しかし、それは失敗している。

 属性を間違えた上に、手を出してしまったのだ。息子が好奇な目にさらされないように、また家の中から出ないように言った。




 転機は、七年前に訪れた。

 この村の成人の儀を担当する祭司が、変わったのだ。その祭司は、スマザ家の役割を一人で行っていたザーマに、甘く囁いた。


「村長の家系というだけで、さぞかし苦労されたことでしょう。お疲れさまです。このまま、息子さんにもその役割を継承させるのはつらくありませんか」

「それは……ですが、これがスマザ家の役割なので」

「本当に? でも息子さんが役割を担うには、あなた以上に大変な思いをするでしょう」


 ザーマと夫は水属性。産まれた息子は地属性。この地は、水の魔力炉がある。確かに、息子では役割を担えない。


「もしかしたら、息子さんに協力する魔法師がいるかもしれない。でも、もしもいなかったら? 息子さんは自分が無力だと、挫折して命を絶ってしまうかもしれない」

「そんなっ……あの子は、あたくしがいないと何もできない子なんです! いいえ、あたくしが、あの子がいないとダメなんです。どうにか、あの子が生き延びる方法はないでしょうか」


 ザーマは切実に願った。

 両親と違う属性の子が産まれ、村中や夫から好奇の目で見られても、腹を痛めた我が子だ。できるなら息子には苦労をしてほしくないし、長く生きてほしい。


 祭司は、ザーマの手を取り微笑む。


「放棄してしまえば良いんですよ。代々続けてきた、役割を」

「それは、ダメです」

「なぜ? 役割を放棄すれば、息子さんはもっと自由に生きられますよ? 息子さんの命よりも役割が大事なんですか」


 躊躇うザーマの手を、優しく擦りながら真っ直ぐに見てくる祭司。その優しい微笑みが、ぐっとザーマに近づく。

 夫とは体裁的なことで離婚しないだけで、息子の件で不仲なままだ。異性と意識するような相手が耳元まで顔を寄せてくるのは、何十年ぶりだろうか。


「息子さんを、解放してあげましょう。それに、あなたも」

「――っ」


 ゾクッとした。

 耳元で囁かれた声は、ザーマの中に甘く響く。

 それでも、ザーマは代々担ってきた役割があると、祭司の言葉を拒絶した。


「ふふっ。さすがは重要な役割を担ってきた方だ。意思が強い。そんなあなたを、どうか私に救済させてはもらえませんか」

「救済……?」

「ええ。心の、救済を」


 微笑みながら、祭司がザーマの顎に指を置く。クイッと、顎を上げられた。


「ま、待って。あたくしは、祭司様の母親のような年齢で……」

「今、年齢の話は必要ですか?」


 じっと、祭司がザーマを見つめる。

 少し動けば肌と肌が接触しそうな距離は、それこそ息子を産む前の夜以来だ。


「あ、あたくしは、夫のある身で」

「大丈夫。案外、ばれないものですよ。試してみましょう」


 祭司の手が、ザーマの服に伸ばされた。




 祭司との一件があった日から、ザーマは気が気ではなかった。長年連れ添った夫にばれるのではないかと。

 けれど、それは杞憂だった。息子が産まれたときから、夫の関心はザーマにはない。

 なんだ、そんなものか。

 夫がザーマに関心がないのなら、ザーマだって夫の目を気にしなくて良い。


 ふっきれたザーマは、祭司が訪れる日を指折り数えた。

 一週間ごとに訪れる祭司は、そのたびにザーマとの仲を深めていく。そのたびに役割のことを言われるが、放棄するには至らなかった。


 祭司との関係が続いた、二ヶ月後。

 祭司が急に、次に来るのは成人の儀を行う日だと告げてきた。

 すっかり祭司に入れ込んでいたザーマは、すがりつく。


「どうしてっ」

「よく考えたらわかるだろ? 私だって暇ではないんだ。益のないことに時間は割かない」

「そ、それなら、どうすれば……」

「前から言っているのに、そんなこともわからないのか」


 これまでの口調とは違う話し方をされ、ザーマはビクつく。

 長い間。化石のようになっていたザーマの心を開いた祭司に見捨てられては、この先の楽しみがなくなってしまう。


「わ、わかったわ。ポンタンちゃんが役割を担わなくて良いようにする。だから、あたくしを捨てないで」

「今すぐ放棄すれば良い。そうしたら、あんた共々私が所属する国で暮らせば良い」

「さすがに、それはダメ。でも、必ず無効化させるから。あたくしに時間をちょうだい」

「どれくらいだ」

「十年……いえ、それより少し前に浸透させられるわ」

「……早ければ早いほど良いけど、まあ、そんなものか。その言葉を違えたら、大事な息子ちゃんがどうなるかわかっているよね?」


 祭司の言葉に大きく頷く。


 それから時間をかけて、村の中には村人に紛れて祭司の息がかかっている協力者が増えていった。







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