第060語 理由
3500字超、でした。
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「アンネ殿、それは?」
「それとは?」
「こう、両手を合わせる仕草だ。それはどういう意味を持つ?」
「あぁ、これですか。これは提供された食事に対する感謝を示す感じですかね」
「へえ。それは面白い考え方だ。初めて聞いた」
「そうなんですか?」
違和感なくやっていた。でも、ローズライトさんは知らないという。
これはもしかしなくても、失っている記憶の部分に関わるのかもしれない。意欲的に思い出していこうと思ったからか、今朝も、失っている記憶に関わりそうな行動をしている。
もしかして、もう少しで記憶を取り戻せるのかな。
記憶を思い出すことを期待していると、わたしが食べなかったパンを五人で分けていた。ローズライトさんが二個で、部下の人達が一つずつ。成人している男性がそんな食事量で良いんだろうか。
わたしが食べたい量をと言われたけど、もう少し自重するべきだったかもしれない。
全員の朝食が終わった所を見計らって、気になったことを聞いてみる。
「ローズライトさん。パン屋さんの前で、何か気になることでもありましたか」
「なぜそう思う?」
「眉間にシワが寄っていたので……あの、ごめんなさい。わたしがじろじろと見ていたからですよね」
「いや……そうか、常に感情を出さないように気をつけていたが、私もまだまだだな。あの時は、アンネ殿が余りにも多くの男に見られていた。あの場で対策できなかった自分に、苛立ってしまったんだ。不快な思いをさせたこと、ここに謝罪する」
「あ、いえっ」
きちきちっとした、恐縮するほどの完璧な角度の謝罪をされた。
「ローズライトさんは何も悪くないので、頭を上げて下さいっ」
頭を上げてもらおうと焦って、直接触って身体を起こそうとした。でもわたしの手が届くよりも先に、一歩下がられる。
ふわふわの癖毛の旋毛が見えていたローズライトさんが、自ら身体を起こす。
そして何か呟くと、何もない空間から一枚のローブを取り出した。
「今さらという気はするが、着ないよりはマシだろう。私のもので申し訳ないが、アンネ殿もローブを着ると良い」
「あ、ありがとうございます……?」
「ああ、これは魔法の応用だ」
ローブが出てきた辺りを不思議そうに見ていたら、ローズライトさんが教えてくれた。
ローズライトさんの属性は、風と水。その二つは、いつでも大気中に常に存在している。故に、二つを組み合わせることによって異空間を作り出せるのだそう。
そしてあの場で実行しなかったのは、万が一にも悪用されないためらしい。あの場にいた誰かに真似された場合、盗難が相次いでしまうって。
うん。説明を受けたけどわからない。あの場でできなかったことは理解できたけど。
ローズライトさんは、すごいってことだね。
「それも、納得、ということですね」
「そういうことになる」
魔法を扱う上で、やっぱり色々と知ってないとダメだな。風は吹くし水分も空気中にあるんだろうけど、それがどういう原理でとか専門的なことはわからない。
ローズライトさんから借りたローブを着る。
ローズライトさんは細身のように見えるけど、やっぱり男の人だ。わたしよりも少し背が高いくらいだと思っていたけど、身体周りに余裕がある。
「ありがとうございます、ローズライトさん。でも、どうしてわたしが見られることを気にしたんですか」
「淑女を凝視するなんて、紳士がすることじゃない。淑女を見つめる権利があるのは、生涯を誓い合ったパートナーだけだ」
「な、なるほど……わたしもローズライトさんのことを見てしまいましたけど、それはどうなんでしょう?」
「女性から期待されることは、男として生を受けた以上ありがたく受け取るべきだ。男は、女性がいなければ何もできない。この世に誕生すらできないのだから」
「た、確かに……」
一瞬、出産の話だから頭痛が来るかもしれないと思った。でも、来ない。
頭痛が来るときと来ないときの違いがよくわからない。ローズライトさんが言った内容は、あくまでもそういう身体の仕組みみたいなことだからかな。
「女性からの期待、と言いますが、様々な人から期待を受けたらどう対処するんですか」
「それは、男に想い人がいなければ最初に声をかけてきた相手に誠実であるべきだな。想い人がいれば、他に目を向ける必要はない」
「なる、ほど……?」
質問したのはわたしだけど、部下の人達を見たら、「また始まった」というような、諦めたような表情をしていた。
この感じだと、ローズライトさんの考えは部下の人達にも徹底されていそう。一途しか推さない一途教ではないから、特定の恋人がいなければ色んな人とお付き合いしたいと思うのもわかる。
「そういえば、皆さんはご結婚をされているんですか」
「いいや。今の所必要ないからな」
おぅ、と思わず呟いてしまいそうだった。
答えたのはローズライトさんだけど、部下の人達は切実そうに見える顔で首を振っている。
うん、これはあれだね。上司よりも先に結婚できないみたいな。そんなとこかな。
この話題はあまり広げない方が良いかと思っていると、部下の人達が何かを訴えるような目でわたしを見てきた。
そんな部下の人達をわたしがじっと見るから、ローズライトさんも振り返る。その瞬間、部下の人達はさっと目をそらした。
ローズライトさんが前を向くと、部下の人達は、またわたしに訴えるような目を向けてくる。
「……えぇと、ちなみになんですけど、必要ないと言う理由を教えてもらえますか」
「必要性を感じないからだ」
「えぇと……その、勘違いでなければ、ローズライトさんって貴族様ですよね? 貴族様って色々とあるんじゃないんですか」
「確かに私は貴族だ。しかし次男で、兄上に婚約者はいるがまだ結婚はしていない。兄上よりも先に結婚するわけにはいかない」
「なるほど。では、お兄さんが結婚したら、ローズライトさんも結婚すると?」
変な質問ではなかったはず。でもローズライトさんは、想定外の質問をされたかのように、何度も瞬いた。
「必要性を感じないから、考えた事もなかった。確かに兄上が結婚したら、次は私となるだろうな」
「だろうなって……他人事ですね」
「まあ、現状私には婚約者もいない。婚約者は然るべき時に然るべき相手が選ばれるだろう」
「他人事すぎませんか」
「そうは言っても、貴族が恋愛結婚をする確率は低い。家同士の繋がり、国の情勢、時には他国と友好のために婚儀が行われることもある。恋愛することに必要性を感じないし、そんな時間があるならば仕事をする」
ぉん……。これは、典型的な仕事人間な人の考え方だ。
上司のローズライトさんがこういう考え方だと、部下の人達も大変そう。
ちらり、と部下の人達を見れば、まだわたしに何か訴えかけるような目をしていた。
「……えぇと、ローズライトさんの考えはわかりました。ですが、その……もう少し柔らかい考え方をした方が良いと思うんですが」
「なぜ」
「そ、それは……えぇと……その、上司であるローズライトさんが、部下の皆さんに手本となる姿を見せた方が良いと、思うんです!」
「手本とは」
「そ、その……もう少し、恋愛に興味を持つとか!」
「? 私が恋愛に興味を持つ事と、部下に手本を見せる事と、繋がらないと思うが」
「それは、そのっ……」
上司がしないことを部下はできない。
それは別に強制じゃないけど、なんとなく自粛する。そんな感情を、ローズライトさんは納得してくれるだろうか。
「ロ、ローズライトさんが積極的に恋愛をすることで、部下の皆さんも恋愛ができるのではないかと!」
「? だから、なぜ私の行動が部下の行動と繋がるかがわからない。私は別に、部下に私の考えを強制してはいない」
「それは、そうかもしれないですけどっ」
ダメだ。伝わらない。
ローズライトさんは正しい。でも、空気を察してほしいのですよ。
わたしは頑張った。部下の皆さんのために。でも、無理だ。わたしでは、ローズライトさんを納得させられない。
わたしはローズライトさんの背後にいる部下の人達に、首を振った。その瞬間、ものすごく落ちこんだ。
そしてその様子を、ローズライトさんも目撃してしまった。
「……お前達。先程からアンネ殿に何か訴えていたな? 言いたいことがあるなら直接言え」
いや、無理ですよローズライトさん。そこで意見を言える人なら、勝手に恋愛しているんですって。
部下の人達は、何か言えば詰問されると思っているのかだんまりだ。見ているわたしまで、気まずくなってくる。
だからわたしは、この場の空気を変えるべく提案した。




