第006語 辺境の村の村長
扉とわたしがぶつかったことを一切気にかけないその人は、部屋に入ってから真っ直ぐに祭司様の元へ行った。
入ってくるなり早々に布に包まれた何かを渡しているのは、今日の儀式の費用かな? いや、そういうのは前払い?
とにもかくにも、わたしは入ってきた女性から目が離せない。
祭司様と話しているその人は、それなりに年を重ねているのだと思う。元が何色かわからないけど、白い髪をきっちりと結い上げている。
何より気になって仕方ないのは、女性がかけている眼鏡。青い瞳の上にある眼鏡は、横から見ていても端がぎゅんっと鋭角に上がっている。
その眼鏡を見ていたら、なぜかある言葉が浮かんできた。
「ザマス眼鏡……」
「ただの村人があたくしを呼び捨てにするなんて、どんな教育を受けたのかしら」
くるりと振り返ってわたしに近づいてきた女性は、鋭角な黒縁の眼鏡をクイッと上げてぷりぷりと怒っているように見える。
身長はわたしよりも低い。それなのに存在感が大きいと感じるのは、シワ一つも許さないような手入れの行き届いた顔だからかな。
「えぇっと、すみません。あなたを呼んだわけではなかったのですが……」
「あらそう? それなら良いの。人間誰しも、失敗はするものよ。あたくしは寛大なので、お前を許します。名を名乗りなさい」
「あ、はい。えっと、わたしはアンネです」
「そう、アンネね。覚えたわ」
「えっと、あなたは……??」
「村に住んでいながらあたくしのことを知らないなんて、本当にこの村の住人なのかしらね」
そう言って、女性は名前を教えてくれた。
ザーマ・スマザ。この村の村長。
名前を聞いて、あぁなるほどと思う。
名前と、名字を合わせてザマス。呼び捨てにしたように聞こえたのはその部分だ。
「お前がアンネということなら、祭司様が仰っていた新しいスキルの持ち主ということね」
「はい。そうです」
「どんなスキルか、今ここで見せなさい」
「あ、いえ……スキルは授かったんですけど、まだどう使うのかわからなくて」
「はぁ? そんなことあり得ないわ。貴重なスキルをあたくしに見せたくないという事ね。村長を前にそんな態度でいられるなんて、よほど図太い神経をしているのね」
「い、いえ、本当にわからなくて」
村長さんが不機嫌になる理由がわからない。詰め寄られても、できないものはできないのに。
そんな窮地に立たされているわたしを助けたのは、まだお酒が抜けきっていない赤ら顔をした祭司様だ。
「まあまあ、村長。落ち着いてください。彼女は嘘を言っていません。本当に新しすぎるスキルで、何もわかっていないのですよ」
「祭司様が仰るのなら」
祭司様に促されてわたしの傍から離れた村長さんは、そのままソファに座らされる。
振り返った祭司様が、わたしに向けて片目を閉じた。それを村長が見逃さず、またわたしに近づいてくる。祭司様からは見えないように自分の身体で隠し、わたしの手の甲をギュッとつねった。
「っ」
「良いこと? 祭司様はお忙しい方なの。お前みたいなただの村人が相手にされるなんて思わない事ね」
「村長? どうされました?」
「いーえー。何でもありませんわ」
祭司様に呼ばれた村長さんは、上機嫌な声を出してわたしから離れた。
村長さんにつねられた左手の甲が痛い。
村長さんは祭司様からのお話を一言一句逃さないというような姿勢で、前のめり気味に聞いている。
さん村長と祭司様。かなり年齢が離れていると思うけど……。
恋愛に年は関係ないとどこかで聞いたことがあるような気がするし、他人のプライベートなんてどうでもいい。
わたしは祭司様の希望でここまで来たのに、村長さんの睨みから逃れるために村長宅を出た。




