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第058語 切実な願い


「おぅ……」


 わたしの身体は、実は欲望に忠実だったみたい。

 昨晩は確かに高級ベッドの端っこで寝たはずなのに、窓から差し込む朝日で起こされたわたしはベッドのど真ん中で寝ていた。

 うん。最高だったよ。夢も見ないほど、超熟睡できたから。


 目を覚ましてしまったから、わたしの小心がぶるぶると震え始める。

 なるべく高級ベッドにシワを残さないよう、細心の注意を払ってベッドから降りた。無音性能が高い絨毯に足を下ろすことも気が引けるけど、このままベッドの上に居続けることもできない。


 抜き足、差し足、忍び足。

 別に悪いことをしているわけじゃないけど、無音性能抜群の絨毯を歩くときにも気を使う。

 少し歩いてから、はたと気づいた。

 わたしはごく自然に、何の躊躇いもなく、ベッドから降りた後靴を履かずに歩いていたことを。

 寝汗が、とか焦る話じゃなくて、本当に、ごく自然に。

 もしかしたら、失っている記憶の中のわたしは、今とは違う生活をしていたのかもしれない。


 家の中で靴を脱ぐ生活。

 それはどんなものか。それを思い出せたら、前世の記憶も取り戻せるのでは。


「……うん。わからん」


 自らの意思で記憶を取り戻そうとしてみたものの、全く何も思い出せない。

 あんな頭の割れるような頭痛までして、わたしの心を守っていると思われる。そう簡単には思い出せないのかもしれない。


 よく寝て、悩んだ後は。

 そう。空腹である。まるで地響きのような音を出そうとしたお腹を押さえ込み、ふと思う。

 高級なお宿だし、防音機能も充実しているよね……?

 いや、まぁ、昨日すでに聞かれてしまっているから今さらなんだけれども。幼なじみのルベルとは違って、聞かれても良いと開き直れない。


 机の上には、一晩経っても新鮮そうに見える果実盛り。いくつもある果実の中で、リンゴなら食べても良いかな? 皮を剥かなくても食べられるし。


 食べるかも。

 そう意識すると、途端にリンゴが甘い魔力を放ってくる。さぁ我を食べよと、日光に照らされている気がした。

 そろり、と手を伸ばす。


「ふぁい!!」


 リンゴを掴もうとした瞬間、扉がノックされる。思わず、変な声を出してしまった。


「アンネ殿。出かける支度はできているだろうか」

「は、はい! 今出ます!!」


 部屋の中を駆けて最後の最後に事故りたくない。そう思って、早足で廊下を進んだ。

 そして扉を開ける。


「おはよう、アンネ殿」

「お、おはようございます……。ローズライトさん、今日は目覚めばっちりですね」

「月影は、日光の取り込み方が上手い。朝が苦手な私でも、すっきりと目覚められた」

「えぇ、本当に。ベッドも最高でした」

「休めたのなら良かった。これから朝食となる。食事を取るための個室へ行くから」

「えっ!? 朝食で、個室!?」


 部屋で食べるでもなく、大部屋で食べるでもなく。朝食で、個室。

 驚きすぎて、思わず大声で話してしまった。わたしはあまり自覚がなかったけど、それはかなり大きな声だったみたい。

 ローズライトさんが、パチパチと瞬いている。


「あっ、す、すみません。大声でした」

「いや、問題ない。私が免疫がなかっただけだ。逆に、鍛えなくてはならないと気づかせてくれた。感謝する」

「いや……そんなに大層なことでは……」


 ローズライトさんは、やっぱり真面目だ。こんな些細なやり取りの中でも、自分を高めようと考える。

 ローズライトさんがわたしを見て、少し固まっていた。何かあったかと首を傾げると、腕を組んで考えて、左腕を下げる。

 そして残した右腕を少しだけ、外側へ出す。まるで、そこに手をかけろと言わんばかりの空間がある。


 何をすれば良いのかわからないでいると、ローズライトさんが振り返った。


「アンネ殿をエスコートしようと思ったのだが、不用だっただろうか」

「えす……」

「紳士の嗜みとして、淑女を案内する際は必要だと思ったが……アンネ殿とそこまでの関係性は構築できていない。早計だった」

「えっ……いや、というか、どうして急に!?」

「昨晩、考えたのだ。現状アンネ殿を世話できる人間がいない。それならば、可能な限り私がエスコートをしようと」

「えぇと……わたしは庶民なので、自分のことは自分でします。それに、庶民なので、エスコートされることには慣れていません。気にしなくて良いですよ」

「そうか……」


 ローズライトさんは、なぜか残念そうに見える。貴族な紳士様は、女性をエスコートすることが当たり前なんだろうか。

 そもそも、エスコートはこの高級お宿の個室へ行くからされるもの。だったら、外に食事しに行けば良い。


「あ、あの、昨日行ったパン屋さんに行きませんか!」

「昨日のパン屋に?」

「あ、えっと、わたしはお金を持っていないので買ってもらうことになってしまうんですけど、お金を稼げるようになったら返すので!!」


 お金を持っていないわたしが、なんで希望を出しているんだ、と内心突っ込む。でも、お宿の朝食よりかは安くすむはず!


「あ! もしかして、朝食込みの宿泊料金でしたか!?」

「いや、後から自由に選択できるようになっているから問題ない」

「そっか。それなら、外へ行きましょう!!」


 わたしが元気いっぱいに提案すると、ローズライトさんは頷いて承諾してくれた。


 普通、お宿で朝食の有無は泊まるときに聞かれるはずだ。だからローズライトさんがわたしを気遣ってくれたか、本当に選択できるかのどちらか。

 こんなお宿の朝食だから、さぞかし豪華なことだったと思う。用意するのも大変だよね。だから、先に聞かれているはず。

 でも、一つ考えが浮かんだ。

 ここは高級お宿。本当に朝食の有無の選択ができたとしたら。朝食を取るまでの時間ですら、まったりとお茶を楽しむような時間になるんじゃないかと。


 ……高級お宿、恐ろしい!!


 小心な小市民では二度と泊まれないと思う。贅沢な一晩だった。







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