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第057語 宿で一晩一悶着

……す、少し長めの文章量になってしまいました。

連日、サクッと読めずに申し訳ないです。

こ、この機会にブックマーク登録をして、温かい部屋で読んでいただくのはどうでしょうかっ。


 ローズライトさんの後ろをずっとついて行って、ようやく宿屋に到着したみたい。

 三階建てのお宿は、一見すると宿屋とはわからなかった。


 足下から建物を照らすように配置された光の演出。入口の横にある植物の中に置かれた熊の縫いぐるみが持つ表札に書かれた、「月影」。

 熊の縫いぐるみの緑の瞳が宝石のように見えるのは、気のせい……? きっと、気のせいなはず。だってもし本当に宝石なら、誰でも来られるような宿屋の入口に置くはずがない。


 宿屋の様子に圧倒されながら、開けられた扉の奥へ進む。


 ほぁ……。


 思わず、見上げたまま口が塞がらなかった。

 天井から鎖で吊された、銀の円環がある。窓から差し込む月光を取り込むその円環は、ほんのりと屋内を青白く照らす。

 ゆっくりと回転しているように見える円環から、月が浮いているように見えた。その月は満月。

 そこまで見て、思わず外の月を確認した。

 今日は満月。宿屋内の飾りと同じだ。偶然かもしれない。でも、たぶんこれは外の月の形を反映する飾りだと思う。


 宿屋の入口は、星空を散りばめたような黒い石。石畳の継ぎ目には柔らかい光の管のようなものがある。

 一般人が利用できるような宿じゃ、こんな高級感あふれる演出なんてできるわけない。

 もしかして、ローズライトさんはやんごとなき貴族のお方なのかもしれない。

 そうだよね。姓があるのは、名の知れた人だ。庶民は姓なんてない。


「アンネ殿。部屋を取ったから移動する」

「え、あ、はい!」


 ここは高級お宿。そう考えてしまうだけで、わたしなんかが来て良いのかと思ってしまう。

 取った部屋へ向かうローズライトさんを追う足取りさえ、慎重になる。足の裏全体を床につけることさえ烏滸がましいように思えて、つい、つま先歩きになってしまった。

 そんな不審者にしか見えないわたしを見て、ローズライトさんは怪訝そうな顔をする。


「……アンネ殿。その動きについて説明をもとめても?」

「あ、えっと……こ、こんな高級なお宿、わたしが居て良いのかなって……なるべく汚さないようにしないといけないと思って」

「高級……特に気にすることはない。例え汚れたとて、それを綺麗にするのが従業員の仕事だ」

「それは、そうですがっ」


 ローズライトさんは一瞬、何を言っているかわからないというような顔をした。もしかしてと思ったけど、ローズライトさんはやっぱりやんごとなき貴族様だ。

 価値観が違いすぎる。


「ここは宿だ。宿は休息するための場所。それならば、気負いすぎると本来の目的を果たせない」

「それは、そうなんですけどっ」


 きっとローズライトさんには、庶民の小心なんてわからないんだ。


 違いすぎる考え方に抗議をしても、ローズライトさんには届かない。取ったばかりの部屋へ向けて、ふかふかの絨毯が敷かれている階段を上っていく。

 ローズライトさんの後に続き、わたしは青ざめた。

 ローズライトさんが、最上階で足を止めたから。まさかとは、思うけど。


「アンネ殿には申し訳ないが、こちらの階の奥の部屋を使ってもらう」

「こ、こちらの階のって……」

「ああ。ここ月影は、一階分を丸々借りることができるんだ。そうすることで最小限の人数で警備できるし、何より効率が良い」

「逆に、効率が悪いのでは……丸々なんて、目も手も行き届かないと思います」

「それは違う。月影は月の演出を好む宿で、窓の数が少なく設計されている。だから外部からの侵入経路は限られるし、奥の部屋であれば辿り着くまでに誰かが気づく」


 ローズライトさんと、廷臣法官のお二人、廷吏のお二人。五人いるけど、部屋の数は三つ。

 一つをわたしが使ってしまっては、残りの二つはどうやって使うんだろう。


「え、えぇと……ちなみに、部屋割りは」

「奥の部屋がアンネ殿、その隣が私。残りの部屋に部下が泊まる」

「い、いやいやっ!? それはかなり不公平では!?」

「そうは言っても、これしか方法はない。淑女と部下を同じ部屋にするわけにはいかないし、かといって私とも同室にはできない。私と部下の誰かが同室になっても、部下は休めない。ほら、これしか部屋割りはできないとわかるだろう?」

「それは、そうかもしれないですけどもっ」

「腕の立つ女性の廷臣法官がいれば、護衛も兼ねてアンネ殿と同室にできるのだが」


 ローズライトさんは、また制度について考えているみたい。真面目だな。


 いや、それよりも、わたしの小心だよ! こんな高級宿の最上階の、角部屋に泊まれって、どんな拷問!?


 ものすごく、訴えたかった。小心の小市民には無理ですって。

 でも、それは叶わない。

 こんな高級宿に泊まることを厭わない人だ。ローズライトさんはたぶん、いや、絶対貴族様。貴族様が泊まれるような宿は、限られていると思う。宿自体の防犯力も高いとかね。

 わたしは、お金も持っていない。わたしは最初から、拒否権なんてないんだ。


「……明日は、何時に待機すれば良いんでしょう?」

「月影は光の演出にこだわる。ベッドで寝て、自然の明かりで目覚める頃に部屋へ迎えに行こう」

「わ、わかりました……。ちょっと、これから晩ご飯は食べられそうにないので、わたしはここで失礼します……」


 明言された。

 ローズライトさんは、わたしが泊まらせてもらう部屋に泊まったことがあるんだね。

 ナルホド。光ノ演出。素晴ラシイネ。

 思わず片言になってしまうほどの、部屋。わたしはそこに、一歩踏みだした。


 完全に足音を消す廊下の絨毯。部屋の入口のすぐ横にはウェルカムボードを持った熊の縫いぐるみが、台の上にちょこんと座っている。この縫いぐるみも、緑の瞳が宝石のように見えた。その先は、壁。

 寝室はどこなのかと混乱しながら壁際を進んでいると、手首にガッと何かが当たった。


 えっ……嘘でしょ。見落としてた?


 あるとわかれば、そこに見えてくるドアノブ。奥を見過ぎていたのかもしれない。ぶつかるまで気づかなかった。

 わたしはすぐに、ドアノブに傷がついていないか確認する。


「よ、良かった。そうだよね、高級お宿だもん。わたしがぶつかったぐらいじゃ、傷なんてつかないよね」


 何か壊してしまったときに、弁償なんてできない。

 わたしはより一層慎重に、室内を探る。

 ちなみに、さっきぶつかった扉の先は、この部屋専用の浴場だった。お湯を張るためには、誰かを呼ばないといけないみたいだけど。


 わたしは、壁からも少し離れて奥へ進む。

 今度はぶつからずに、ドアノブを掴めた。

 扉を開くと、正面に丸い窓。その前にベッドが置かれていた。

 なるほど。確かにこの感じだと、朝の日光が自然に入ってきそう。


 金細工が施されている、家具類。ベッドまで続く、無音性能がある絨毯。

 机の上には、果物の盛り合わせがあった。あれもたぶん、人を呼んで切ってもらうやつ。

 果物なんて、わたしにとってはリンゴですら高級品。それなのに籠の中にある果物は、どれもみずみずしいことだけはわかる、見たことがないものばかり。


 果物ですら、高級感漂う部屋で、わたしはいよいよベッドへ向かう。

 恐る恐る近づく、部屋のほとんどを占める大きなベッド。その大きさは、わたしが転がり回っても落ちないくらい。畏れ多くて、そんなことはしないけど。


 ゆっくりと、手を伸ばす。


 やばぁ……。


 どこまでも手が沈み行く感覚。それでいて、しっかりと身体を支えると思える、弾力がある。

 この弾力はきっと、ベッドに飛びこんだら最高に味わえると思う。やらないけど。


 わたしは靴を脱ぎ、大きなベッドの端っこを使わせてもらう。

 さすがに床に寝るのは、どうかなと思った。それに、二度とないかもしれない。高級お宿の高級ベッド。端っこのほうで、その贅沢を味わうことにした。







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