第054語 スローライフとは
「すろーらいふ。初めて聞く言葉だ。どういう意味なんだ?」
「わたしも、よくわかっていないんですよね。ゆったりとした生活を楽しむものだと思うんですけど」
「アンネ殿は、なぜその言葉を知っている?」
「それも、わからないんですよ」
「言葉の理解は、目的を達するための手段だ。すろーらいふとやらを実現させたいなら、きちんと言葉の意味を理解すべきだ」
「相変わらず固いな、ルベルは。何となくでも良いじゃねえか」
ルベルとローズライトさんが、言葉を理解することについての討論を始めてしまった。途中から参戦するのもあれだし、わたしはわたしで考えてみようかな。
スローライフ。なぜか知っているこの言葉は、きっとわたしが失っている記憶の中から出てきている言葉。
意味合いとしては、ゆったりとした生活という捉え方で良いと思う。
じゃぁ、ゆったりとした生活って?
わたしがこの村でスローライフをしようと思ったのは、自然が近くて、村のみんなが仲良しで、楽しそうだと思ったから。
……今は、ちょっと村の人達との関係性が微妙になっちゃっているけど。
スローライフ。
現状、送るのは難しい。それは主に、村の中の問題があるから。
たぶん、村長さんが何かをしていると思う。村長さんの目的は何だろうね。
問題を解消するために動くと、恐らく村長さんに邪魔をされる。村長という役職は、村の中で一番の権力を持っている立場。
でも、そんな村長さんでもローズライトさんみたいな外部且つ国に連なるような人には敵わない。
もし、本当に自分の理想のスローライフを送りたいなら。村の中だけでなく外部でも多少は力を出せる方が良い。
でもさ、それって本当にスローライフなのかな。
スローライフって、ゆったりとした生活だとわたしは思っている。それは、権力とか何かの力とか、そういったギスギスしていそうなものとは無縁な気がするんだ。
じゃぁ、そういった力と切り離して生活をできるのかって言う話。
例えば、ルベルが村長に就いてくれたら。要望を伝えやすく、わたしはわたしの生活を楽しめそう。
でもわたしは、村のみんなが仲良しであることもスローライフの重要な項目としている。
人は一人だけじゃ生きていけないし、何よりつまらない。色んな人の、色んな生き様を見ながら自分の人生も楽しむ。
そんな生活がしたい。
わたしの信条で行けば、村内の問題は由々しき事態。まずは、これを解決しなくちゃ。
それだけじゃなくて、村のみんなが幸せでないとダメだと思う。みんなが笑顔で暮らせる生活。
みんなの幸せって、何だろう。
それはお金だったり、家族だったり、仕事だったり。人によって様々だと思うけど、小さな問題もないような状態にしたい。
わたしが解決できることなら、積極的に関わって解決したい。
頼まれたことをするのも、幸せの手伝いなんじゃない?
「っ……」
覚えのある、痛烈な頭痛。わたしは思わず、机に肘を置いて頭を抱えてしまった。
「アンネ? どうした?」
「……。ごめん。おばさんの部屋を使わせてもらうね」
「あ、ああ……。しっかり休めよ」
ルベルに見送られ、ローズライトさんと目が合った。
明らかに体調が悪そうなわたしを見て手を貸そうとしてくれるけど、たぶん、身体に触れるなら断りを入れなければと考えていると思う。でも、その会話ですらつらいかもしれない。そんな心配をしてくれているような気がする。
二人の元を離れる前に精一杯の笑顔を見せて、わたしは教えてもらったおばさんの部屋に行った。
物が少ないのに、温かみを感じる部屋。壁紙とか、絨毯とかがそう感じさせるのかな。
わたしは、ベッドに横になった。
ズキズキと脈打つ頭は、今にも割れそうなほど痛い。目を開けているのもつらくて、ぎゅっと目を閉じる。
「すっきり」をかけてみるけど、今回は回復が遅い。気持ちだけは晴れやかになったけど、痛みが続いている。
これは、なぜ痛みが出たのか考えた方が楽になれるかな。
前回まで、この頭痛は結婚やそれに付随する未来の話でなっていた。
でも今回は、そんなこと一切考えていない。頼まれたことをするのも、幸せの手伝いではと考えたけど。
子供を産むというのは、頼まれてすることじゃない。双方の合意があって初めて成り立つ話。
だから、この関連の話じゃないはず。
なら、違う要素ってなんだろう。
頼まれたことをする、という部分かな。
頼られるって、別に悪いことじゃない。でもこの頭痛は、わたしにとって思い出したくない記憶にかかるからだと思うんだ。
それなら、わたしは頼られたくないってこと?
「……ちょっとだけ、痛みが引いたかも」
ふぅ、と息を吐く。
わたしの身体は、一体どうなっているんだろう。
頼られるって良いじゃん! そこに、わたしが居て良いって感じがするし。
でも、失っている七歳までの記憶の中のわたしは、それを嫌がっている。だから、この頭痛が来た。
なぜ、頼られたら嫌なのか。
それを考えながら、そのまま一夜を明かした。
▲▲▲
村の住人全てが眠りについた深夜。
広場に設置されていた『牢屋』は、人知れず崩れ去った。
その様子は、一言でいえば異様。
詳細を語るならば、まるで地中から何かに侵されるように、鉄製の牢屋は風化していった。そして一度。たった一度だけ、地面が静かに揺れた。それは住人を起こすような大きなものではなく、ほんの些細な揺れ。
浸食され腐った牢屋は、そんな小さな揺れだけで崩壊した。地面に、欠片が吸い込まれていく。
あれだけ注目された『牢屋』。
それなのに朽ちる瞬間は誰にも見られていない。
誰の目にも最後を見られていないから、誰の記憶にも残らない。
こうして、広場は日常を取り戻す。
何も設置されていない、日常を。
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春の章、最後まで打ち終わりました。
明日から、一日に七本更新します。
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