第005語 小さな違和感
わたしと祭司様を乗せた馬車は、とっとこと走って村長さんの家に到着した。
「おぉ……」
馬車から降りると雨は小雨になっていて、村長さんの家を見る余裕があった。
村の家々は、基本的に平屋造りだ。二階建てがあっても、何人かが暮らす集合住宅のような造りになっている。
司祭様曰わくこの村は国の最北端にあるらしいから、どの建物も屋根の角度が急なのは雪の対策のためなんだろうな。
で。村の中の建物はそんな感じなんだけど、村長さんの家は集合住宅ではない二階建ての家。村の入口に近いこの場所は、少しだけ屋根の角度が緩やかな気がする。
外から見える窓の数から察するに、そこそこの部屋の数があると思う。建物の角に当たる部分に円柱みたいな煉瓦造りの塔がある。
おしゃれかどうかはわからないけど、なんか強そう。
「アンネ。どうされたのですか」
「あ、いえ……村長さんの家が立派だなって」
「そうでしょうねえ。ここはヴァランタン国の最北端の辺境地です。防衛も兼ねているのではないでしょうか」
「防衛……」
村長さんの家は、村の中でも南の方。
辺境地と言うけど、村の周りには柵も塀もない。
基本的にはリヴィエリ山に塩獣を狩りに行くけど、ときどき村の中まで侵入してくる。
そんな状態の村が、防衛も兼ねる??
防衛とは。
疑問に思いつつ、そんな無防備な状態でも村が壊滅していないということは何かしらのものがあるはず。
そう思って、村長さんの家に入る祭司様を追う。
村長さんの家は大きい。でも、貴族様ではないから使用人みたいな人もいないみたい。
祭司様は勝手知ったるといった様子で、玄関から一番近い部屋に入った。
「勝手に入っちゃっても良いんですか」
「問題ないですよ。名簿を受け取った時に、ここで待つように言われていますから」
「なるほど」
祭司様の言葉に納得する。
祭司様が余りにも躊躇なく扉を開けるから、何度も来たことがあるのかと思ってた。
村長さんの家が昔からこの場所にあるなら、もしかしたら五年前も来たかもしれない。
ん? そうしたら祭司様の経験が浅いという推測は外れているのかな?
いつの間にか部屋の中に置かれていたソファで寛いでいた祭司様は、机の上に置かれていたお酒の瓶を開けていた。グラスに注がれている色からすると葡萄酒かな。
「……祭司様がお酒を飲んでも良いんですか」
「問題ないですよ。今は就業外ですし」
そういう問題?
疑問に思いつつ、本人がそう言うのならそうなのだろうと納得する。
祭司様はグラスに何度も葡萄酒を注ぐ。
やがて瓶一本分が空になった。
さすがに飲み過ぎではないかと言葉をかけようとした、そのとき。
「アンネ! 私の愛人になりませんかっ」
酔って赤らんだ顔をした司祭様に、がしっと腕を掴まれた。
「ひぃっ」
「こんな辺鄙な所に旨みなんて少ないと思っていましたが、あなたはまさに、掃き溜めにいるルーナント様。んー、語呂が悪いですね」
「……掃き溜めに鶴、とか」
「おお! 良いですね。ツルがどんなものかはわかりませんが、しっくりきます。さすがは言語のスキルを得たアンネですね」
「そ、それはどうも……」
他にも似たような表現はないかと思案し始めた祭司様からさっと離れる。
「そ、村長さんを呼んできますね」
酔っ払いの祭司様から一刻も早く離れたくて、待機する部屋から出ようとした。
わたしが扉を開けようとドアノブに手を伸ばしたのとほぼ同時に、バンッと扉が開く。
内開きの扉の角で額を打ったわたしは、入ってきた人物を見て思わずその痛みを忘れた。




