第023語 村作りへの妨害
嫌な予感がした、翌日。
今日も午前中はオノマトペ魔法について考えた。
成果は、【そよそよ】。心地良いと感じる風を吹かせられる。これによって、わたしは風属性も扱えるとわかった。
ルベルが塩獣狩りから帰るころを見計らって、今日も話を聞こうと外に出る。
「?」
わたしが住む北東地域の人達と井戸端会議から始めようとしたら、いつもは昼食後の賑わいがある場所が静かだった。
偶然かな、と思っていたらルベルが駆け寄ってくる。
「アンネ! 大変だ。外に人がいない」
「えっ……」
ルベルから報告を受け、合点がいった。
この井戸を使う地域間交流をしている周囲の家に、人の気配はある。それなのにまるでこちらの様子を窺うようにして、顔を出してくれない。
「どういうこと?」
「わからない。誰かから話を聞けると良いんだが」
ひとまず、広場へ向かった。
そこから周囲を窺う。いつもは誰かしらいるのに、本当に誰もいない。
誰かに聞かなければ、この不可思議な光景が解決しないのだけど。
「今日の塩獣狩りの時も、ちょっとおかしかったんだよな。無駄な話を一切しないというか、おれと話したくないというか」
「ルベルと?」
ルベルは、顔が広い。それは誰とでも仲良くなれる天性の魅力があるからだ。スマザさんという一部例外はあるけど、みんなと仲が良い。
そのルベルが、距離を置かれている。一大事だ。
村人のみんなから話を聞くのは、ルベルの交流術を頼っている部分がある。わたしが言葉に詰まっても、ルベルが何気ない話題で場を繋いでくれていたのに。
「……昨日、スマザさんが途中でいなくなったことが関係しているのかな」
「どうだろう。もしそうなら、村人全員に村長からの圧力がかかっているということになる」
「圧力……」
村の開拓に、元々中高年以上の人達は反対していた。村から追い出すと通達されたら、それは従うしかないと思う。
だけど若者は、どちらかと言えば開拓を望んでいる側。例え村から追い出すと言われても、それほど深刻には考えずに柔軟に考えると思うんだけど。
……いや、これはわたしの考えだ。
この村で産まれ、育った他の人達は、年齢に関係なく愛村心があるかもしれない。
実際三年間村を出ていたルベルだって、この村が好きだと戻ってきた。
「あっ」
どうやって解決しようかと思っていたら、商いに出ていたポアルのお父さんが戻ってくるのが見えた。
誰もいないことを不思議そうに、きょろきょろと周囲を見ている。あの様子だと、おじさんは何が起きているのか知らないみたい。
おじさんは、帰宅するために家路を行く。その後を追いかけるようにして、わたし達もポアルの家に向かった。
おじさんを迎えるため、おばさんが外に出てくる。笑顔だったおばさんが、わたし達を見てさっと顔色を変え、おじさんを引っ張って中に入ってしまった。
何か情報を得られると思い、閉ざされた扉をノックする。
「おばさん? 今の状況について、何か知ってます?」
「ごめんなさいね、アンネちゃん。ポアルを守りたいのよ」
それだけ言って、その後は何も答えてくれなかった。
何かが起きている。それしかわからなかった。
ポアルの家から離れ、広場に戻る。
いつも誰かがいて、突然じゃれ合いが始まることもある、賑やかな広場。今は誰もおらず、閑散としている。
今後の対策をどうするべきかと話そうとしたら、ルベルが何か知ってそうな顔をしていた。
「ルベル?」
「ああ、悪い。ちょっと昔のことを思い出してた」
「昔のこと?」
「あまりのショックでポアルは記憶から消していると思うが、昔、子供の頃にポアルは村長の息子に襲われているんだ」
「えっ!?」
ルベル曰く、ポアルが七歳の頃。つまりはわたしが村へ来る前。十一年前に、性的な意味でポアルは被害に遭っているみたい。
「子供に手を出すなんて、犯罪じゃん!」
「そう。でも当時から村長が変わったって話は聞かない。今の村長が、当時のことを罪に問わなかったんだと思う」
「それで、おばさんはポアルを守りたいって……ということは、今人がいないのはスマザさんに何かされるってことなんだね」
ポアルを守る。それはスマザさんから。
でも、そこにわたしやルベルと話してはいけない理由を加味すると。
「んー……。わたし達と話すと、スマザさんの愛人にされるみたいなことかな」
「なるほどな。だがたぶん、理由はそれだけじゃない。それだけだったら、男が外にいないのは変だ」
「確かに。それなら、男の人は村長さん……とか?」
村長親子。母と息子。
スマザさんは四十代中頃に見えるし、その母親ともなれば村長さんもそこそこ年齢が行っているはず。
そんな二人から狙われてしまったら、村で生きていくのは不便だと思う。
「……わたしが、スマザさんの所に行けば解決するのかな」
「何もなかったんだろ?」
「スマザさんから世話係をしろと言われているんだよね」
「は!? そんなん、絶対に駄目だろ」
「わたしもそう思う。でも……」
村長親子が一丸となった結果が、現状。
何をするにしても、村のみんなと交流できないのは痛い。
「わたしが行けば、解決するなら。ルベル一人に調査を任せちゃうことになるけど」
「アンネ! 早まるな! まだ何か策があるはずだ」
「話も聞けないんじゃ、難しいよ」
「っ、くそ。何であいつらが村の未来を握っているんだ」
パシンと、左手を右手で殴るルベル。まるで発散できない怒りをぶつけているみたいだ。
わたしの身を案じてくれている。そんな相手がいるってだけで、頑張れると思う。
「ね、ルベル。これは逆にチャンスじゃない? わたしがスマザさんの世話係になることで、何か探れるかもしれない。こんなことがあったんだもん。村のみんなだって、村長親子に何か思うんじゃないかな」
「でも、アンネが……」
「わたしなら大丈夫だよ。ルベルが、そうやって心配してくれるから」
「何か……何か、方法を見つける。それまで、どうにか耐えてくれ」
「わかった。ありがとう。わたしはわたしで、オノマトペ魔法で何かできないか探ってみるよ」
悔しそうに俯くルベルと離れ、わたしは一人で村長宅へ向かった。




