第020語 村角調査
スローライフのため、理想の村作りのため、まずは村のみんなにどんな村に住みたいのか調査してみることにした。
ルベルも塩獣狩りで忙しいってことで、午後から始める。
午前中は、他にも使えるオノマトペ魔法はないかと捜した。
今日の成果は、【ほかほか】。少し肌寒いときに効果を発揮。このオノマトペは、思わず眠たくなるような、気持ちいい温度にしてくれた。
昼食を早めに食べて、ルベルが来る前から調査を開始する。
井戸端会議をしていると、視線を感じた。
「っ!!」
視線の方向を確認すれば、さっと建物の影に隠れたつもりのスマザさんを発見してしまった。
あのお腹は、見間違わない。
広場を中心にざっくり四区画に分かれているとはいえ、村の地域社会は意外と狭い。わたしの家なんてすぐに調べられると思う。
それに、スマザさんは村長さんの息子。村人名簿みたいなやつでも、わかっちゃうかもしれない。
村角調査をしながら、ちらちらと視界に移るスマザさん。そちらに目を向けると隠れるんだけど、隠れきれていないから気になるばかり。
「アンネ。悪い、遅れたか」
「いや……わたしが、先に始めてただけ」
昨日はルベルとスマザさんの間に友情が芽生えていたような気がしたけど、どうなんだろうか。
……まぁ、用事があるなら話しかけてくるでしょ。
スマザさんとの関係をどうにかしたいわけでもないから、とりあえず放置することにした。
ルベルと一緒に、村のみんなが何を求めているかを聞いていく。
若い人達は新しい風を求め、中高年以上の人達は安定を求める。相反するふたつの願いを叶えるためにはどうすれば良いか。
「……今日は、ここまでにしようか」
「そうだな」
わたしとルベルは、同じ方向を見ている。休まずずっと村角調査をしてきたけど、その間ずっとスマザさんがちらちらと視界に映った。
今は、わたしとルベルが見ているからか建物の影に隠れている。まぁ、相変わらずお腹は見えているけど。
「ねぇ、ルベル。スマザさんに話しかけた方が良いのかな」
「止めとけ、止めとけ。ああいうのは、一度話しかけたら負けだ」
「負けって、いつの間に勝負事になってたの?」
ルベルと話している最中も、ちらりちらりと角から顔を出す。
わたし達が見ていることに気づいて身を隠すけど、そこから動いていないことは、隠せていないお腹でわかる。
「実害がなければ、良いんじゃないのか」
「そういうもんかな」
「そうそう。できる限り、ギリギリまで関わらない方が良い」
昨日、ルベルはスマザさんと友情を育んでいたような気がしたけど、昨日は昨日。今日は今日ってことかな。
昨日の敵は今日の友、ではない。昨日の敵は今日も敵みたい。
「今日は終わりだろ? 家まで送る」
「ありがと。ルベルは、晩ご飯どうする? わたしの家で食べてく?」
「い、いや……母さんが用意してくれていると思うから、遠慮しとく」
「そっか。おばさんは元気?」
「塩獣狩りに参戦するぐらい元気だよ」
「それなら良かった」
結局スマザさんには話しかけず、家路につく。
何てことはない日常的な話をしながら進むんだけど、背後からの視線がなくならない。というか、近くなっている気がする。
「……アンネ。状態が落ち着くまでおれの家に来るか?」
「遠慮しておくよ。他人がいたら落ち着かないでしょ」
「アンネだったら問題ない」
「ルベルは、そうかもしれないけど……」
すぐ傍まで迫っている視線の主に聞こえないように顔を寄せ合って内緒話をする。それが逆に、スマザさんを刺激したみたい。
急に、後ろから手を掴まれた。
でもすぐに、ルベルが反応して解放してくれる。
「おい、ベニテングタケ。アンネの許可なく触るなよ」
「なぜぼくちんが許可を取らないといけないんだな。ぼくちんは、ママンの息子。ポンタン・スマザなんだな」
「スマザさんは、村長さんの威光を笠に着てばかりですね」
「アンネ?」
何度も聞いた、スマザさんの脅し文句。体型とか立場とかで勝手に恐れていたけど、なんだかバカらしくなった。年はかなり離れているけど、スマザさんはただ年を取っただけの子供だ。
ルベルが心配してくれたけど、たぶん大丈夫。
「スマザさんは、自分の力を示そうとは思わないんですか?」
「アンネ。ぼくちんは心が広いことで有名なんだな。ぼくちんを馬鹿にした発言をすぐに訂正するなら、許してやるんだな」
「訂正しませんよ。真実でしょう? 親は子供よりも先に死ぬ可能性が高いんですよ? 村長さんの威を借りてばかりで、この先どうするんですか」
「ぼ、ぼくちんに説教をするなんて、良い度胸なんだな!」
「スマザさん。ご自身の行動を、よく考えてみてください。あなたは将来、どうなりたいんですか? わたしのことを追いかけ回している時間はあるんですか?」
「ぐ、ぬぬぬっ……」
わたしの質問に答えられないスマザさんは、ぷいっとそっぽを向いて去っていった。
「アンネ。あいつの撃退方法として、なくはないが、たぶん墓穴を掘ったぞ」
「え、何で」
「あいつが気づいていなければ問題ないと思うが……取りようによっては、あいつの将来を心配して助言を与えたかもしれない」
「あー……」
言われてみれば確かに、と思う。
スマザさんを心配するなんてそんなことは思っていなくて、付きまとわれたくなくて言った。
自分を見つめ直せ、なんて、プライドが高そうなスマザさんならそんな提案を拒否して、嫌なことから離れるんじゃないか。そう、思って言った。
言葉として発した責任。それを、わたしはきちんと考えていなかった。




