第001語 辺境の村の娯楽
わたしが住んでいる村は、変わっている、と思う。
「いくぞルベル!!」
「受けて立つ!」
村の中央あたりの、何もなかった広場。今日はそこに、土台のようなものが設置されている。大きさは、一人暮らしの人が住むような家が建つくらい。
ルベルと目が合った瞬間始まった、イクスさんとの肉弾戦。二人とも鍛えられた身体をしているのに、その動きに重さはなく実に軽やかだと思う。
顔目がけて拳を突き出したかと思うと、避けたタイミングを見計らって足払い。ぴょんと跳ねた勢いで跳び蹴り。当たって飛ばされるときに、身体を捻って手をつき爪先で蹴る。
「いいぞー」
「もっとやれー」
広場に集まる十数人は、わたしも含めて魔法師だ。青、赤、緑、茶色の四色の髪や瞳がその証拠。
魔法師の村なのに、多くの村人が身体を鍛えている。それが、変わっていると思う理由。
ルベルやイクスさんは青で、水の魔法師。彼らの中で何かルールがあるらしく、いつも突然始まる肉弾戦は絶対に魔法を使わない。
今日はさらに、土台からはみ出たら負けというルールが加わっているらしい。イクスさんに掴みかかろうとしたルベルが、さっと避けられて土台から転げ落ちた。
幸いにも、土台の周りは水はけが良い場所。泥だらけになっていない。それでも少し、土で汚れちゃってる。これから儀式があるのに。
わたしはハンカチを服のポケットから取り出して、ルベルに駆け寄る。そんなわたしを、この場に集まった誰もが目で追っていた。
「アンネ、ありがとな」
「ううん。気にしないで。それよりも、ケガはない?」
「問題ない! どこも痛くない!」
ルベルは顔を少し赤くしながら、転げ落ちたときに擦ったと思われる場所を手で隠した。
長袖の下はわからないけど、見た感じ、大きな傷はないみたい。ルベル本人が痛くないっていうなら、そうなんだと思う。
……それに、そろそろかな。
ルベルとの会話が途切れると、いつもの声がかかりそうな雰囲気になる。シャキッと背筋を伸ばした。
「さらりと流れる黒い髪! すらりと長いその手足! きらりと輝く目尻の黒子! 昨日も今日も美しい、それが」
「アンネ」
「アンネ! アンネ! アンネ!」
「ふぅーっ、ふぅーっ!!」
「アンネ! アンネ! アンネ!」
「ふぅーっ、ふぅーっ!!」
邪魔にならないように一つに括っていた紐を取り、手で髪を背中へ流す。
両腕を広げて波のようにうねらせた。
両目尻の黒子を強調するように人差し指と中指で目元を囲う。
囃し立てる声に合わせるように、自分のことを抱きしめながら、顎に手を当てて名前の自己申告。
その後は声の調子に合わせて、腕を広げたり、くるくると回ったり。今日はちょっと長いけど、仕方ないよね。暇だもん。
男女問わず、即興の娯楽を楽しんでる。
「はい、そこまでだよー」
「ディリィが止めるんなら終わりにするかー。次は何する?」
パンパンと小気味良く手を叩くと、ディリィがカペリと一緒にやってきた。
ディリィに遊びを止められた他の人達は、次の遊びを捜している。
そう。暇なのだ。儀式を行ってくれる人が来るまでは。
第一話、読んでいただきありがとうございました。
そこそこ長いお話になる予定です。
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