翌朝
翌朝、晶が目覚めると病室には誰もいなかった。ルナに脱がされたはずの病院着も身につけていた。布団も乱れていない。昨日のアレは夢だったのだろうか。生き返ったばかりだから、おかしなことが起こっているのだろうか。晶は寝起きの頭で考えるが、唇と下腹部に残る違和感は昨夜の記憶を掘り起こした。
文字通り重い腰を上げてベッドから立ち上がり、晶は洗面所へと向かう。鏡を見るのはジェイクに顔色が悪いと指摘された、死んだ日以来だった。今日の顔は一度死んだとは思えないほど血色が良い。いつもチークが欠かせなかったのが嘘のようだ。
(死ぬ前より顔色がいいとか、前の私はゾンビだったの?)
鏡を見ていると、首元の鬱血痕が目に入った。死斑が残っているのだろうか?そう思いながら病院着の前を開けると、無数の鬱血痕が散らばっているではないか。まるで赤い薔薇の花びらが体を纏っているかのようだ。
晶は思い出した。昨日、ルナから受けたキスの雨を。慌てて前を閉める晶。思い出した途端に体だけではなく顔も赤くなってくる。晶は確信した。昨夜のことはやはり夢ではないと。
晶は頭を冷やすためにもそのまま冷たい水で顔を洗っていると、看護師が入ってきた。入り口横の洗面所に人がいると思わず、看護師は小さく声を上げて驚いた。ノックもせずに入ってくるのは、晶が寝ていると思ってのことだろう。寝ているはずの人間がドアを開けてすぐそこにいると、誰でも驚いて当然だ。昨日まで死んでいた人間なら尚更。看護師は焦りを隠せない。
「は、早いですね、紫水さん…おはようございます」
「おはようございます」
「検温に来ました…一度、ベッドかソファに戻っていただけますか?」
看護師に促されてソファへと座る晶。体中の鬱血痕を見てからでは、ベッドに戻ることができなかった。
体温を測りながら血圧を測定し、電子音が鳴ると看護師は器具を回収する。
「念の為、採血もするので、どちらかの腕を出していただけますか?」
晶は利き手と反対の左腕を差し出して血を抜かれる。
「…随分取るんですね」
「仮死状態だったので、凝固とその他にも色々。ドクターたちはみんな紫水さんに注目していますよ」
一度死んで蘇ってきた人間。興味を示されて当然だ。こんな自分でも誰かの役に立つのであればいくらでも検体として差し出す。昨日は説明してくれた医師たちにそう伝えた。おそらく、あと数日の入院の間は、色々検査をされるのだろう。
ボーっと考えていると、視界の中にベッドが入った。晶は思わず目を逸らすが、いつまでもそうしているわけにもいかない。
「あの、ベッドシーツとか交換してもらえますか?」
「…明日、シーツ交換の日ですけど、それまで待てませんか?」
「ああ、そうなんですね…いえ、その、昨夜は汗をたくさんかいたようで」
「熱があったんですか?就寝前の検温では平熱との記録がありますが」
「多分、熱はなかったんだと思いますが、寝汗が…」
「そういうことでしたら、朝食の後に清拭がありますので、その際に一緒にシーツ交換しますね?枕も布団も、全部替えた方がいいですか?」
「できれば…」
「わかりました。あ、汗をかいたなら清拭じゃなくて、シャワーにしましょうか?紫水さん、もう歩けるようですし」
「そうさせてください」
危うく看護師に体を拭かれる際にこの身体中の鬱血痕を見られるところだった。危機一髪だったことに変な汗が流れた。
看護師はそのまま別の病室へと向かい、しばらくしてから朝食が運ばれてきた。晶はそのままソファで朝食をとる。まだシーツ交換されていなかったから。朝食を食べていると、病室をノックする音が聞こえた。勝手に入ってこないあたり、先ほどの看護師ではないのだろうか。医療従事者なら声が無ければ確認のために中へと入ってくる。
面会客だと思ってドアの前まで行くと、突然ドアが開いて人が入って来た。その人物に思い切り抱きしめられ、晶は動揺する。驚くあまり必死に抵抗して離れてから抱きついてきた人を確認する。
「…ルナ!?」
「もう〜ひどいよ〜逃げるなんて!僕らは昨日愛し合った仲じゃないか!」
不審者かと思い驚いて警戒していた晶は一気に力が抜けた。満面の笑みで近づいてくるルナを交わして、晶はソファに戻って朝食を再開する。
「なんで無視すんの?あ、ご飯だ!病院食ってまずいんでしょ?どう?」
「…」
晶に断りもなく、デザートのオレンジを摘んで食べるルナ。
「あ、ちょっと!それ私の!」
「何?オレンジ好きなの?」
「好きとか嫌いとかじゃなくて、これは病院食なの。患者のための食事。元気なあなたには不要でしょ?」
「僕もお腹減ったんだけど」
「…何か食べてこなかったの?」
「んー、晶とどこかに食べに行こうって思って」
晶は呆れた。入院している身でどう外食しろというのか。
「私はまだ入院してなきゃいけないから、病院から出れないの」
「なんで?晶は健康だろ?死ぬ前より」
「…それを検査するための入院」
「え?そんなの医療費と人件費の無駄だよ。晶は健康なんだから。もう退院しちゃおうよ。それでさ、一緒に世界旅行しよ?」
晶はトンチンカンなことを聞かされてうんざりするが、不思議と悪い気はしなかった。ルナは晶に元気を出してほしいと気を使ってくれているのだろうか。晶はそう思ったが、ルナは本気だった。ルナの言葉はいつでも真実で本気だ。
晶はまだそれを知らない。




