職場に押しかける神様
昨日は疲れていた。
疲れていたところに身元不明の謎の男を連れてきたため、余計に疲れた晶は二人より先にベッドに入った。
翌朝起きると、リビングには誰もいなかった。
今日は凛太郎も朝から仕事らしい。
リビングのテーブルには置き手紙が一枚。
“昨日はありがとう。おかげでぐっすり眠れたよ。Luna“
ルナからの手紙が置いてあった。
(もう出ていったってこと?行く当てあるの?)
ルナのことが心配になりつつも、今日も職場へと向かう晶。
少し大きい弁護士事務所に所属する晶。
主に日本人や日系人をはじめとしたアジア人をメインに担当している。
人権派弁護士として活動するためにこの事務所に入ったはいいが、実際担当すると、外国に来ても馴染めない人が悪いよね、と言いたくなるような事件ばかり。
いくら人権とはいえ、道理というものがある。
昨今は少数派のために多数派が配慮しなければならない。
そういう社会になってきて、当然のように個人的な事情をその他大勢に強いる人々の弁護案件が増え、人権派と名乗るのが嫌になってきている。
被害者意識が高く、施されるのが当たり前だと思っている依頼主を目の前に晶は辟易していた。
それでも弱者を助けたい。
そういう思いでなんとかここまでやってきた。
晶は昨夜、ルナを見かけた時、どうせまたいつもの依頼主達と同じような人だと思った。
それでも手を差し伸べずにはいられなかった。
だが、ルナは晶の助けを拒み、今日、朝すでに姿をくらましていた。
掴みどころがなく、堂々としていて、今が充実している。
そういう雰囲気をルナは持っていた。
ここに来るような人たちとは違う。
鬱屈していたり被害者意識を持ったりはしていない。
だからか、余計に助けたくなった。
昨夜は手を伸ばして、その手を取ってくれたと思ったのに。
朝には消えていた。
助けたいと思う人に限って、差し伸べた手を取ってもらえない。
(ままならないな…)
デスクで憂鬱になっていると、同僚のジェイクが声をかけてくる。
「晶!昨日も遅くまでお疲れ様!顔色悪いけど、大丈夫?」
「大丈夫よ、ジェイク、心配してくれてありがとう」
「当然のことさ!君はうちの部署のエースだし、いつも頑張ってるのはみんな知ってるからね!」
ジェイク。彼は晶の先輩。
妻子がいて面倒見がよく、晶が外国に慣れていないうちからよくしてくれた人物だ。
彼は人をよく観察している。
そんな彼が“顔色悪い“というのだから、事実そうなのだろう。
昨日は色々ありすぎて安眠できなかった晶はデスクに置いてある鏡を見て自分の顔を確かめる。
(ほんとだ…顔色悪いっていうか、クマがやばい)
晶が鏡から覗く顔色の悪い自分の顔を眺めていると、ジェイクが思い出したように口を開く。
「そう言えば、さっきエントランスで君を探してる人がいたよ」
「内線はきてないけど?」
「アポなしだったみたいで、受付に門前払いされてたよ。俺らは仕事柄、恨まれやすいし。用心してに越したことはないからね」
ジェイクの言葉が気になって、エントランスへ向かった晶。
なんとなくだった。
呼ばれているような気がした。
エレベーターが一階につき、晶は受付へと向かう途中で後ろから誰かに抱きつかれる。
驚いて払い除けようとするも、力が強すぎて動けない。
声を出すか迷っていると、聞き覚えのある声が耳元でした。
「顔色が悪いよ。今日はもう帰って寝よう」
晶は固まった。
昨日、晶が拾った男の声だったから。
ゆっくり振り返ると、昨日と同じ笑みを浮かべたルナがいた。
「どうしてここにいるの?」
「君を迎えに来た」
「なんで?」
「具合悪そうだったから」
「私、今日アナタと初めて会うのよ?なんで私が具合悪いってわかるの?」
「僕は神様だからね」
「またそれ?なんでもいいけど、私はまだ仕事が残ってるの。だから帰るわけにはいかない」
ルナは思いついたような顔でいう。
「僕が手伝おうか?」
「アナタ、資格持ってる?」
「資料を片付けるくらいなら資格なんていらないだろ?」
「必要よ。気持ちは嬉しいけど、今日はもう帰って」
「嫌だよ。晶がどんなところで働いてるのか見たい」
「見ても面白くもなんともないわよ?」
「君は面白くもなんともない仕事をしてるの?」
「そういう意味じゃない。素人が見ても退屈なだけって言ってるの」
「構わないさ、君と一緒にいられるなら」
全く帰る気がなさそうなルナに降参して、晶は自分のオフィスへと彼を連れていく。
オフィスに入って早々、ルナは周囲を見て回る。
ルナは昨夜見たファンシーな晶の家を思い出した。
「へえー、君の職場、だいぶシンプルだね。家とは全然違う感じ?」
「あれは凛太郎の趣味」
「じゃあこっちが君の趣味?無駄なく洗練されてて、モノトーンで…まるで男の部屋のようだ」
「……物がたくさんあるのは苦手なの、ピンクとかそういう可愛らしいセンスは私にはないし」
「ふーん……写真とか飾らないんだ?みんなよくデスクに家族や恋人の写真を置いてるけど、君はやらないの?」
「……」
「もしかして、家族とは不仲?ニーナ・シモンが好きなお祖父さんとも?」
「……尊敬するのと仲が良いのは違うでしょ」
「なら、君のルームメイトの写真はどう?オカマの割にホットな男だから君のデスクも華やかになる」
オフィスに来てからずっとしゃべりっぱなしのルナ。
晶は気にせず仕事に集中しようとするが、ルナの喧しさにだんだんイライラしてきた晶。
「ねえ、あんまり喋られると気が散るんだけど?」
「気にしないで」
(気になるから言ってるんだけど)
嫌味も何も通用しないルナ。
晶は完全にルナのペースに飲み込まれ、仕事が手につかない。
気のせいか、晶はだんだんぼーっとしてきている気がした。
意識が遠のくのを感じたが、抗えず、そのまま世界は暗転した。




