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仕事が消えて


 晶が翌日出勤すると、仕事は全て片付いていた。


 と言うより、依頼人が全て消えた。

 意思を撤回して取り下げた者もいれば、この世から消えた者もいる。

 一夜にして何があったと言うのか。


 唖然としている晶にジェイクが話しかけてくる。


「ま、よかったんじゃないか?ちょっと不思議だけど。君が無理する必要は無くなった」


「そうだけど…こんな偶然あり得る?」


「さあ?どっかで神様が見ていて、晶を助けてくれたんじゃないか?どうせ、もう依頼料をもらってるし、返金できないことにサインしてるし。事務所的には儲け物でしょ。亡くなった依頼人たちには、申し訳ないけど」


 事務所には一切損失が出ていない。

 不幸中の幸いか。

 亡くなった依頼人たちは、交通事故に巻き込まれていたり、病死だったり、自殺だったり。

 誰かに殺されたわけではない。

 依頼を取り下げた人たちも、諦めがついた、もうどうでもよくなった、仕事に支障がある、などの自己都合によるもの。

 こちらも誰かに無理強いされたようなものではなかった。


 結果オーライというのか。


 腑に落ちなかったが、晶は今抱えている仕事が終わったら長期休暇に入る、と社長と部長と約束をしてしまった。

 もう晶はこの事務所でやることがないのだ。


「ま、休めってことだよ。ゆっくりしてきな」


「…そうする」


「お土産よろしく〜」


 ジェイクはそう言って裁判所へと出かけて行った。

 


 晶はすることがなくなり、家に帰ることにした。

 途中で食材を買って。

 今日からはしばらく、みんなの分の食事を作ろう。

 いつもは凛太郎に任せっきりの分、恩返しをしようとスーパーに寄った。


 晶が精肉コーナーで牛肉を選んでいると見覚えのある人が目の前を歩いていた。

 気のせいかと思いそのまま肉選びに戻ると、前を歩いていた人物は振り返って声をかけてきた。


「なんで見なかったフリするわけ?」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、ルナがいた。

 晶はルナを避けているわけではないため、そのままルナに尋ねる。


「ちょうどよかった。何食べたい?」


「何の話?」


「今日の夜ご飯」


 ルナは晶の顔をじっと見つめる。

 ルナが見つめてくる意味がわからず首を傾げる晶に失礼な言葉が返ってきた。


「いや、料理できたんだ、と思って」


「できるわよ!」


「でもいつも凛ちゃんが作ってるよね?」


「…私が、帰る時間が遅いから」


「なーんだ、料理できないのを隠してるわけじゃなかったのか」


 ルナは晶をなんだと思っているのだろうか。

 晶はルナの意地悪な物言いにムッとしつつも、言い返さずに肉選びを続けていると目の前に突然どでかいステーキ肉のパックが現れた。


「あとこれ。これも。そっちのやつも」


 ルナは次々と肉のパックをカゴに入れていく。

 いろんな肉料理が食べたいのかと思い晶はそれぞれ何料理が食べたいのか問うと、ルナはあっけらかんとして答える。


「バーベキューならいろんな肉が必要でしょ?」


「いつ誰がバーベキューするって言ったの?」


「違うの?今まだ昼間だよ?いつも夜まで仕事なのに、こんな早くから買い物って。もう仕事が片付いて、今からバカンスってことでしょ?」


 なぜ仕事が片付いたことを知っているのだろうか。

 なぜ長期休暇になったことを知っているのか。

 これは晶の職場の人間しか知らない情報だ。

 凛太郎にもまだ伝えていない。

 なぜなら、今夜はサプライズで凛太郎にご馳走を用意しようと思っていたからだ。


「そうだけど…」


 ただ昼間から買い物をしていただけで、そこまで見抜かれると思わなかった晶はルナの洞察力に感服するしかなかった。


「ちょっとの情報でそこまで分かっちゃうなんて、あなた、刑事や探偵に向いてるんじゃない?凛太郎の仕事、手伝ってあげたら?」


「何で僕がわざわざ凛ちゃんを手伝わなきゃいけないの?」


「何でって…あなた凛太郎のお世話になってるでしょ?」


「?あの家って晶の家でしょ?僕がお世話になってるのは晶であって、凛ちゃんじゃないから」


 事実ではあるが、凛太郎に全くお世話になっていないわけではないだろう。

 ルナがやってきてから、ルナがどう過ごしているのかは晶は把握していないが、少なくとも家で食事をしているなら凛太郎に作ってもらったものを食べているはず。


「あなたが普段食べている食事は凛太郎が用意しているのよ?」


「僕、君ん家で料理食べたことない」


「…今までどうしてたの?」


「んー、あちこち歩いてると、みんなが食べ物くれたり奢ってくれる」


 ルナがそう言うと、精肉コーナーの量り売りの友人レジから声がかかる。


「そこのお兄ちゃん、これ、新しい味付けの肉なんだけど、どう?」


「んー、どんな味付け?」


「にんにくと胡椒が効いた、グリル焼きにはもってこいの味だよ」


「偶然!僕たちこれからバーベキューしようと思ってたんだ〜。ねえ、晶、これも買おうよ」


「じゃあどれかカゴに入れたお肉戻して」


「何で?これも買えばいいじゃん。別に金に困ってるわけじゃないでしょ?」


「三人でこれ食べ切れると思ってるの?」


「えー、食べれるよ!僕、肉大好き!ほら、これ見てよ!ガーリックペッパーなんてもうショーケース越しでも美味しい匂いがするよ?」


 晶とルナが言い合っていると、声をかけてきた店員はおすすめしてきた肉を包装してルナに差し出した。


「バーベキューするならぜひ試してみて!味付けは試作中だから、これあげるよ」


「いや、悪いです、売り物なのに」


 晶の常識的な言葉を無視してルナは包装された肉を受け取った。


「嬉しい!お姉さんありがとう!これ絶対美味しいよ!また買いにくるから、おすすめあったらその時は教えてね!」


「おばちゃんにお姉さんだなんて、アンタ口がうまいね〜!いいよ!またとっておきのを用意しとくよ!」


 おばちゃんとルナは手を振ってその場を離れた。

 何が起きたのか、理解できない晶。


「もしかして、アナタ、いつもそうやって人からものを貰ってるの?」


「そうだよ?みんな親切にしてくれるんだ」


「バーでも?」


「そうだね、必ず誰かが奢ってくれる」


 現金なしでどう生きてきたのか。

 出会った当初は不思議だったが、今のを見ると嘘でもないらしい。

 ただ、施されてそのままでいられる神経が、晶には理解できなかった。 


「お礼はしてるの?」


「お礼?ありがとうって言ってるよ?」


「それは当然だけど、何かお返しはしてるの?」


「なんで?みんな善意でやってくれてるんだよ?お礼なんてしたら、それこそ失礼でしょ」


「そりゃ、みんなが見返りを求めてるわけじゃないと思うけど…行動で感謝を示すのも大事よ?」


「僕は優しくしてくれる人を楽しませる。みんなの望みを叶えてる」


 まるで自分の存在自体がみんなにとって良いことだと言うようなルナ。

 自分にはない揺るぎない自己肯定感を持ったルナを、晶は羨ましいと思った。


「君だって僕に会えて嬉しいだろ?仕事が全部片付いて、これから羽を伸ばそうって時にバーベキューする相手を見つけられたんだから」


 ルナはウインクして野菜コーナーへと向かった。

 胡散臭い、と言われればそうだが。

 ウインクをしても、誰かにものを貰っても、奢られても。

 それが当たり前のように思える。

 きっとそんなふうに思える人間はルナ以外にはなかなかいないだろう。

 晶はそう思った。

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