3 護衛騎士の重すぎる気持ち
「エリシア様!」
翌日。バンッ!とエリシアの部屋のドアが大きく開かれる。エリシアの部屋に入ったゼインの目の前には、エリシアとその隣に見知らぬ騎士が立っていた。
「ゼイン」
「どういうことですか!?俺を専属護衛騎士から外したって!?この男が新しい護衛騎士ですか?どうして!?」
「ゼイン、ごめんなさい。でも、これがあなたのためだと思ったの」
「は?俺のため?……ふざけるな」
ゼインは怒りをあらわにしながらエリシアの横にいる若い騎士の腕を掴み、ドアの外に放り投げた。
「俺はエリシア様と二人きりで話がある。お前は元いた場所に帰れ。ここはお前のいる場所じゃない」
「え、あ、あの!?」
驚いている若い騎士を睨みつけ、バタン!と大きな音をたててドアを閉めると、ゼインはエリシアの目の前に来てエリシアを睨みつける。
「説明してください。俺はもう用済みですか。エリシア様には必要ない男ですか」
「……ごめんなさい。でも、あなたに言ったら絶対に納得してくれないと思って」
「当たり前だ。納得なんてできるわけないでしょう。昨日の貴族たちの話のせいですか?言いましたよね、俺はあなたの側を離れるつもりはない、あなたを一生かけて守ると。こんなことされてむしろ不愉快だ」
ゼインの言葉に、エリシアの瞳は悲し気に揺れる。
(怒るだろうとは思ったけど、こんなに怒るなんて……でも、ちゃんとわかってほしい)
「……あなたは私の元にいるべきじゃないわ。私なんかの側にいても、幸せになれない。あなたには、もっとふさわしい素敵なご令嬢がいるはずよ。騎士としてだって、こんなどうしようもない聖女の護衛をするより、もっとふさわしい任務があるはずだもの。あなたをこんなところに縛り付けておきたくない」
エリシアの言葉に、ゼインは両目を大きく見開いた。そして、すぐに目が据わり、エリシアの両肩を掴んでエリシアを壁に抑えつける。
「ゼイン!?」
「俺の幸せを勝手に決めつけないでいただきたい。俺の幸せはあなたの側にいることだ。俺がどんな思いで今まであなたの側にい続けたと思っているんですか。ああ、もう、貴族たちの話はぜったいにエリシア様の耳には入れたくないと思っていたのに、案の定こうなった。だから嫌だったんだ」
ぎり、とエリシアの肩を掴む指が肩に食い込む。
「もうこの際だから言いますが、俺はずっとずっとあなたのことを慕っていました。騎士と聖女、報われない恋だと思っていたし、あなたを困らせるだけだと思ってずっとしまい込んでいた。でも、貴族たちが最近やたらと縁談を持ち掛けてきて、うっとおしかったんですよ。まるで俺とあなたを引き裂かんといわんばかりだ。だったら、あなたの耳に話が入ってしまう前に、あなたに手を出して既成事実を作ってしまおうと思った。そうしてしまえば、聖女に手を出した最低な騎士だと貴族たちに思われるでしょう。もう、そうするしか手はないと思った」
いつもは爽やかな美しい若草色のゼイン瞳が、今日はドロリと熱い欲をはらんでいる。
「でも、あなたに無理矢理手を出すなんてことは絶対にしたくない。そんなこと、俺自身が許せない。だから、あなたとの距離を近くして、あなたに俺を意識してもらおうと思いました。少しずつ、確実にそれができていると思ったのに……もう、それも必要なくなってしまった」
クククッと自嘲的に笑うと、ゼインは悲しそうな目でエリシアを見る。そして、エリシアの後頭部にそっと片手を添えると、一気にエリシアの唇にかぶりついた。
「!?」
そのまま、ゼインはエリシアに熱烈なキスを浴びせ、唇を離すと辛そうな表情でエリシアを見つめた。
「エリシア様、俺を、受け入れてくれませんか。俺はあなたの側を離れる気はありません。あなたが俺を拒んでも、俺を手放そうとしても、俺は絶対にあなたから離れない。だからお願いだ、俺を受け入れて」
悲しそうにそう言って、ゼインはまたエリシアの唇へ自分の唇を重ねようとする。
「……き、よ」
「え?」
「私だって、あなたのこと好き、よ」
唇が重なる直前、エリシアからぽつり、と言葉が発せられる。それを聞いて、ゼインは唖然としてエリシアを見つめた。
「私だって、ずっとずっとあなたのことが好きだった!でも、きっとあなたにとっては迷惑だろうし、こんな気持ちは持っていてはいけないと思ってずっと封印してきたの。なのに、あなたは突然距離が近くなっていつもドキドキして振り回されて、どうしていいかわからなかったのに!それでも、あなたには幸せになってほしくて、だから護衛騎士の任務を解こうと思ったの、に……」
そう一気に言うエリシアの両目はうるうると潤み、頬も赤く染まっている。
「ほん、とう、ですか……?」
信じられないと言わんばかりのゼインに、エリシアはうつ向いて小さく頷く。そんなエリシアを見て、ゼインの心臓は大きく跳ね上がり、全身の血が一気に激しく流れ出す。
「エリシア様、俺のことが本当に好きなら、俺を手放すなんて言わないでください。俺のためだなんて、まるっきり逆ですよ。俺はあなたの側にいられるからこそ幸せなのに。騎士としてだって、聖女の護衛が騎士としてどれほど誇らしいことかわかっていない。騎士の中では一番の名誉ある任務なんですよ。ばかな貴族たちがそれを知らないだけだ」
そう言って、エリシアの片手を掴み、手や腕に小さくキスを落していく。
(うっ、くすぐったい……!それに、ゼインの唇の感触がわかって、はずかしい!)
「ゼイン、く、くすぐったいからやめて」
「だめです。俺を手放さないって約束してくれたらやめますよ」
「わ、わかったから!約束するから」
エリシアの言葉に、ゼインは満足気な顔でエリシアの手を離す。そして、エリシアを優しく抱きしめた。
「まさか両想いだったとは思いませんでした。嬉しくてどうにかなってしまいそうだ」
ぎゅううっと嬉しそうに抱きしめてくるゼインに、エリシアは戸惑いを隠せない。
(私だって、まだ信じられない。ゼインが、私を好きでいてくれたなんて……でも、私も嬉しすぎる)
ゼインの温もりを感じながら、エリシアは嬉しそうにゼインの背中へ手を回した。