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2 ぐうたら聖女の理由

「聖女様、今日は遅刻せずにいらっしゃいましたな」


 王城にある大会議室にエリシアとゼインが到着すると、すでに着席していた有力貴族の一人から嫌みのような言葉が向けられた。エリシアは聖女の力を酷使した翌日、よく寝坊して会議に遅刻しているのだ。


「いつも申し訳ありません」


 エリシアが申し訳なさそうに謝ると、ゼインがエリシアを庇うように口を開く。


「エリシア様は聖女としてのお力を使うことで体力を大きく消耗し、身動きさえ取れないこともあるのです。皆様もご存じのはずかと」

「だが、力を使うといっても聖女の祈りを行ったり、戦地で浄化や回復魔法をつかったりするだけなのでしょう?その程度のことで体力を消耗してしまうのだとしたら、聖女として半人前としか言えませんな。そんなだから、巷ではぐうたら聖女などと言われてしまうのですぞ」


 一人の貴族がそう言うと、他の貴族たちもそうだそうだと言いながらへらへらとあざけ笑っている。それを見てゼインは反論しようとするが、エリシアが小さく首を振りそれを制した。

 それを見て気を良くしたのか、別の貴族が嬉々として口を開く。


「そういえばゼインよ、お前はまだ聖女様の護衛騎士でいるつもりなのか?いい加減、そんなぐうたら聖女の護衛などやめてしまえばよいものを。そうすれば、騎士としての地位ももっと各段にあがるのだぞ」

「おまえの実力は皆わかっている。聖女の護衛などでくすぶっているなどもったいないとあれほど言っているではないか。せっかくの縁談話も断っていると聞くぞ。まだ聖女様に話していなかったのか?」


(え?どういうこと?)


 エリシアは初めて聞く話に驚いてゼインを見上げる。だが、ゼインは渋い顔をしたまま貴族たちを睨みつけたままだ。


「聖女様、そろそろゼインを解放してあげてくださいませんか?あなたのようなぐうたらな聖女様の護衛をしているせいで、ゼインは一人の男として幸せになれないのです。良い縁談話もたくさんあるのに、聖女様の護衛騎士だからという理由ですべて断っているのですよ。ゼインが一生独り身になってしまうとしたら、それはあなたのせいだ。どうか、ゼインを解放し――」

「いい加減にしてください!」


 貴族の話を遮るように、ゼインの怒号が会議室内に鳴り響いた。エリシアも貴族たちも、驚いた顔でゼインを見つめている。


「俺はエリシア様の専属護衛騎士を国王から任命されたときから、一生をエリシア様に捧げると誓ったのです。それは何があっても揺るがぬこと。誰が何と言おうとです。……わかったらこの話はもうやめてください」


 ゼインの地を這うような恐ろしい声が静かに響いた。ゼインからはまるで禍々しく恐ろしい殺気めいたものが発せられ、その場にいた貴族はゼインを恐れ視線をそらし、全員黙り込む。エリシアだけは、不安そうな悲しそうな瞳をゼインへ向けていた。





「ねえ、ゼイン、あれはいったいどういうことなの?」


 あれから会議が始まったがなんとか無事に終わり、エリシアが王城内にある自分の部屋に戻ってくると、すぐにゼインに詰め寄った。だが、ゼインはエリシアを見ず、何も言わない。


「前から護衛騎士を辞めるように言われていたの?縁談話も来ていたって……どうして何も言ってくれなかったの?どうして相談してくれなかったの?言ってくれたなら私――」


 エリシアがそう言った瞬間、ゼインはエリシアの両肩をぐっと掴んでエリシアを見つめる。それは不安と怒りが入り混じった瞳で、エリシアは絶句した。


「相談したら、エリシア様は俺を護衛騎士から外すんですか?俺を、手放すのですか?」


 ギュッとエリシアの肩を掴む力が強くなる。何も言えないエリシアに、ゼインは目を細めると、両手を離してエリシアに背中を向けた。


「俺はエリシア様に全てを捧げています。それはこれからも変わりません。誰が何と言おうと絶対にです。ですので、この話はこれで終わりです」

「でも……」

「それにしてもあの貴族たち、聖女の力を使うことがどれだけ聖女の体に負担をかけるのか知りもしないで……!エリシア様の体は回復が追い付かないほどボロボロなのに、任務の翌日にやれ会議だ、懇親会だとどうでもいいことで呼び出しやがって、許せない」


 そう言ってゼインは振り返ると、エリシアの両手を掴んでエリシアの顔を覗き込む。ゼインの若草色の瞳は、ユラユラと熱い何かが揺らめいていて、怖いほどなのになぜか視線を逸らせない。


「エリシア様を一番理解しているのは俺だけです。誰がどう言おうと、エリシア様が聖女としていつも頑張ってらっしゃることを知っています。そんなエリシア様を、俺は何があってもこれからもずっとお守りします。この命にかけて」


 そう言って、エリシアの手の甲に小さくキスを落す。そして、優しく微笑んだ。




 夜になり、寝る支度を済ませたエリシアはベッドの中で昼間のことを思い出していた。


(ゼインはこれからも護衛騎士としてそばにいると言ってくれたけれど、でも、きっとそれはゼインのためにならない。私は、それでいいの?)


 聖女になってすぐ、専属の護衛騎士となったゼインが挨拶に来た日のことを今でも覚えている。三つ年上の、強い意思をもった瞳にサラサラの艶やかな黒髪、細身そうなのに騎士として鍛え抜かれた体をもつその騎士は、エリシアの前に跪き、この身を一生捧げますと言ってくれた。そうは言っても、護衛騎士もある程度の年数で交代するのだろうとばかり思っていたけれど、ゼインはずっとエリシアの護衛騎士のままだった。


 ゼインはエリシアにいつも寄り添い、任務の最中にはどんな危険からも命をはって守ってくれていた。自分は、そんなゼインに甘えすぎていたのではないか?ゼインにはゼインの人生がある。たとえゼインが護衛騎士という仕事に誇りを持っていたとしても、ゼインの人生をそれだけで終わらせてほしいとは思わない。


 何よりも、ゼインのことを心から大事に思い、幸せになってほしいと思っているからこそだ。


(私じゃゼインを幸せになんてできないもの。このままじゃ、ゼインを縛り付けてしまっているようなものだわ。ゼインには、ふさわしい素敵なご令嬢と一緒になって幸せに暮らしてほしい)


 そう思いながらも、胸がずきりと痛む。それでも、その痛みには気づかないふりをしてエリシアは両目を静かに瞑った。



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