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コード005

ep4 コード005


そこには手書きでこう記されていた:

 「Reboot:Mは記号ではない。あれは、生きている」

警視庁・地下対策本部室。午後9時。

 数日ぶりに、主要関係者が全員そろった。

 公安部の速水、捜査一課の矢島と木村、NSAからカーラとジョシュア。

 長く不安定だった情報経路と出動態勢がようやく整い、重苦しかった空気にわずかだが“人間らしい温度”が戻っていた。

 「やっと……集まったな」

 速水が、少し肩の力を抜いて椅子に身を沈めた。

 「今夜ばかりは、奇跡に近い再集合かもしれませんね」

 カーラが珍しく微笑む。

 ホワイトボードには、コード005の暗号系列、設置場所候補、元職員の接触記録が網の目のように並んでいた。

 ジョシュアは缶コーヒーを両手で包み込むように握りながら言った。

 「でも……こうして顔を合わせると、なぜか落ち着きます。不思議ですよね」

 木村が笑った。

 「なんだ。おまえらだって人間だったんだな」

 その冗談に、小さく笑い声が交差する。

 どこかに漂っていた“終わらない緊張”が、一瞬だけ和らいだ。

 矢島が低く、しかしはっきり言った。

 「……ただし、これは嵐の前の静けさだ。敵も、こっちの“再集合”を感じてるかもしれん」

 静寂が戻る。だが今の静けさは、無力さによるものではなかった。

 ——それぞれが、備えている静けさだった。

 カーラが言った。

 「Phase005はまだ、発動していない。だが、もう“条件”は整いつつある。……だからこそ今、こちらの態勢も完全にしなければならない」

 速水は頷いた。

 「なら、やるしかないな。やっと“正面”に立った気がする」

午前2時16分——その瞬間、東京の空が赤く染まった。

 最初の報告は、警視庁上空を旋回していた自衛隊の早期警戒機からだった。

 「識別不明の飛翔体、3……いや、4つ。ステルス性能極高、国産レーダーに映らず——!」

 警視庁地下・対策本部に響く警報音。

 その数秒後、映像回線が途絶えると同時に、地上に衝撃が走った。

 第一報——港区・矢ケ部長官私邸、1発着弾。

 第二報——霞が関・警察庁庁舎、3発直撃。

 「……長官邸、炎上。現在の生存確認、取れていません!」

 「警察庁庁舎、地下設備壊滅。応答なし!」

 木村が叫ぶように言った。

 「何だよこれ……戦争かよッ!?」

 カーラはすでにNSA本部と緊急リンクを結んでいた。

 「日本の国内通信、全域で暗号帯の波形異常!

 これは単なる攻撃じゃない、“データごと、制度を焼き潰してる”……!」

 速水が無線を握る。

 「全員、地下システム維持! 警視庁への攻撃は想定範囲内だ!

 ……やつらは“矢ケ部”という個人じゃなく、“警察制度”そのものを再構築しようとしてる!」

午前2時29分。

 ミサイルの轟音が過ぎ去り、燃えさかる音だけが、霞が関の上空にじわじわと立ち上っていた。

 警察庁——その威容の象徴だった建物の一部は、完全に崩落していた。

 だが、不思議なことに、空は静かだった。

 警報は止まり、ヘリの音もない。救急車も遅れていた。

 まるで都市そのものが一瞬、**「言葉を失った」**かのようだった。

 警視庁地下・対策本部。

 誰も声を発さなかった。

 ディスプレイには、炎上する庁舎のライブ映像。光と煙がゆっくりと流れ、文字だけが無機質に更新されていく。

 〈システム切替モード:STANDBY〉

 〈中央政府通信ライン:沈黙〉

 〈官邸よりの公式声明:未定〉

 矢島課長が椅子にもたれながら、呟いた。

 「……こんな静かな東京、初めて見た気がするな」

 ジョシュアは両手を机に置き、ゆっくりと首を横に振った。

 「“静か”なのは、沈黙を選んだんじゃない。“選ばされた”んです。

 この静寂は……次の命令を待ってるんです。あのコードが」

 カーラが背筋を伸ばして立ち上がった。

 「“Phase005”は終わっていない。……今はまだ、“命令待ちの状態”にすぎない」

 速水は黙って、手帳にひとつだけメモを書き込んだ。

 『静寂は、破壊よりも深い』


午前3時42分。

 東京・永田町。

 “矢ケ部順三郎”の安否が未確認のまま、政府は公式発表を避けていた。だが、事態はすでに動いていた。

 「また一人、連絡が取れなくなりました」

 警視庁地下・対策本部。公安情報官が差し出したリストには、こう記されていた。

 - 内閣官房副長官・石橋宏隆:自宅に不在。私設警護官含め行方不明

 - 国家安全保障局・川村忠昭:オフィスからの通信遮断。直前に「コード:H-REWRITE」送信記録

 - 総務省電子戦略局長・日比野七瀬:昨夜21時以降、行動ログ断絶

 「すべて“記録上は存在する”が、物理的に確認できない。……まるで、“静かに消された”ようだ」

 と、木村が吐き捨てた。

 速水は黙って、ホワイトボードに「対象候補:Phase005/結果→Phase006?」と書き加えた。


 NSA本部からは、カーラに向けて一通の極秘電報が届いていた。

 > 【CLASSIFIED LEVEL BLACK】

 > “リブート系列のコード対象、単一指名型から連続指定型へ移行中”

 > “Phase005は終了せず、Phase006準備中。複数国家指導層を同時処理可能な段階に進化”

 カーラは読み終わると、そっと紙を燃やした。

 「……Phase005は、“リブートの予告編”だった。

 本番はこれから。“国家ごと、塗り替えようとしてる”」


 午前4時00分。

 総理官邸、沈黙。

 首相の定例会見は“延期”とだけ発表され、それ以降、何の発信もなかった。

 政府が、自ら沈黙を選んだのか——それとも、“喋れなくなった”のか。

 東京の夜は、まだ静かだった。

午前4時35分

 警視庁地下対策本部、作戦室。

 速水が静かにファイルをテーブルに広げた。

 「この人物だ。

 防衛省・サイバー防衛推進局長——赤羽根 明義あかばね・あきよし。現在の“サイバー領域における国家制御”の最終責任者」

 カーラが頷く。

 「直近72時間の通信履歴に不自然な消失がある。

 しかも、昨夜“自宅にいた”という証言は、隣人からしか得られていない」

 木村が身を乗り出す。

 「じゃあ、まだ“消えてない”可能性は?」

 ジョシュアが端末を操作しながら言った。

 「高い。むしろ、まだ“移送待ち”の状態。Phase006の“次の行”に並ばされているだけだ」

 速水は短く指示を出した。

 「特別対策班、コード名“桜雨さくらあめ”を発動。

 即時、赤羽根局長の身柄確保に動く。……生存しているなら、今がギリギリだ」

 午前4時50分

 都内・中野区某所——赤羽根局長の仮住居(公表されていない緊急退避用施設)。

 静まり返ったビルの一角。公安の対策班が突入のタイミングを計っていた。

 「建物の通信系統、全滅……監視カメラのデータも全削除。誰かが先に入った可能性があります」

 と、前線班員が無線で伝える。

 「ドアの電子ロック、開錠記録なし……でも、内側から開いた形跡がある」

 「誰かが、“中から出た”か、“連れて行かれた”」

 速水が静かに言った。

 「……急げ。まだ“間に合う”可能性があるうちに」

午前4時59分。

 部屋の奥から、かすかな物音——そして、手首に軽度の圧迫痕を残したまま、赤羽根 明義本人が発見された。

 意識は朦朧としていたが、明確に言葉を発した。

 「……おまえたち……来たのか……」

 「間に合った……んだな……」

 木村が駆け寄って、何かを確認する。

 「……USB端子が、首の後ろに……何か、差されてた……?」

 ジョシュアが即座に分析機器を取り出し、局長の首筋を確認した。

 「これは……自己書換型の“短期挿入記憶操作デバイス”。

 ——完全に書き換わる数分前に、止められた」

 カーラが小さく息を漏らした。

 「間に合った。……Phase006、“最初の対象”は阻止できた」

午前5時04分。

 都内・仮住居施設内、臨時医療ベッド。

 応急処置が施された赤羽根局長は、酸素マスク越しにかすかに息をしていた。

 呼吸は浅く、脈は不規則。

 NSAのジョシュアが回収したデバイスを解析している横で、木村が局長の手を取った。

 「赤羽根さん……聞こえますか?」

 局長のまぶたがわずかに動いた。

 その目に、明確な意志が宿る。

 「……まだ……いる……」

 木村が身を乗り出す。

 「誰が……“まだいる”んですか?」

 「……ターゲット……次の……フェイズ……」

 酸素マスク越しに漏れる声は、消えそうな風のようだった。

 「“もう一人の対象”……上条……」

 「……上条宗一郎かみじょう・そういちろう……」

 室内の空気が凍った。

 その名は、すぐさまカーラの端末に照合された。

 「一致——日本経済再設計委員会、非常任主席顧問。元内閣特命経済戦略室長。

 民間から政官に跨って影響力を持つ、“構造改革屋”の象徴的人物」

 速水が、低く呟いた。

 「つまり……“制度”の次は、“通貨と経済”を“リブート”する気か……」

 その瞬間、ジョシュアのモニターに赤色のフラッシュ通知が走った。

 〈Target Profile: K-006 Accepted〉

 〈Trigger Signal Initiated - Estimated Execution: T-23:57〉

 ——あと24時間を切っている。

午前5時25分。

 警視庁・地下特別作戦会議室。

 ジョシュアのモニターに新たなデータが浮かび上がる。

 「上条宗一郎、昨夜から“動いていない”。……現在位置、特定成功」

 「港区・芝公園近くの高層マンション“スカイヒル・レジデンス”最上階——ペントハウス」

 速水がすぐさま端末に手を伸ばす。

 「周囲の通信状況は?」

 「異常なし。ただし、通信が“常時完全暗号化”されている。

 NSAレベルのスキャンですら突破できないレベルの防壁が張られている」

 「……つまり“何かを隠している”ってことだ」

 カーラが言った。

 「我々が接触した瞬間、トリガーが発動する可能性もある。だが、時間はない」

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