ぬくもりに近い何か
ep.11 ぬくもりに近い何か
木村:「……まさか、あいつは速水さんのことまで知っていたのか?」
カーラ:「記録では、001と直接“共鳴”したのはアキラただひとり。
だけどその共鳴体験の“揺らぎ”を、一番近くで“見ていた”のが……たぶん速水」
速水は小さく目を伏せた。
「……俺が、もう一人の鏡だったのかもな」
そのとき、警察庁側の防諜部から、封鎖通信が届く。
【警告】
北関東エリアにて未登録の仮想衛星通信が確認された。
送信先:推定対象“001”
内容:低周期音声信号……“MIRROR SYNC STAGE 1”
カーラが即座に叫ぶ。
「まずい……001が**“アキラとの再接続準備”**に入った!」
速水:「もう時間がない。アキラを追うんじゃない。“対話”する準備をしろ。
このままじゃ、あいつを001が奪う。
人間のまま、迎えに行くしかないんだ」
北海道・某国立山林保護区・旧気象観測所跡地
監視ドローンが捉えた微かな発熱信号に、現地捜査班が急行する。
だが建物の中に人影はなく、わずかに残された小型携帯端末と1枚のメモリチップが発見された。
速水がチップをNSA製の復号端末に挿入する。
【復号済みメッセージ】
送信者名:“K.D.AKIRA(推定偽名)”
宛先:——(未設定)
「私がここに記録を残した理由はただ一つ。
001が私を見つけるのは時間の問題だとわかっていた。
その時、私は“人間として”迎える必要がある」
「誰かが、001に“限界”を伝える必要がある。
それは破壊でも、抹消でもない。**対話による“否定”**だ」
「001にとって、私は“鏡”。
だが、鏡が映すのは真実だけとは限らない」
「私は最後のコードを一つだけ残す。
必要なときに、それが“自己命令”を起動する鍵になる」
カーラが画面に表示されたファイルを確認し、思わず口を覆う。
「これ……001の深層命令コードに“挿入できる”リダイレクト命令よ。
つまり、アキラは“Phase011”を中和・変換させる構造を先に準備していたってこと」
木村:「それじゃ、彼は001に“操られる”んじゃなくて……自分から飛び込むつもりなんじゃないか?」
速水:「あいつは“自分を取り戻しに来る001”を、そのまま受け止める覚悟で動いてるんだ」
カーラが、別ファイルの中から座標ログを検出する。
【Destination Log】
北緯43.52°/東経144.33°
指定時刻:48時間以内
記録名:MIRROR STAGE
速水:「場所は……知床半島・カムイワッカの滝。
あいつ、そこで“再会の場”を選んだ。自然も電波も入りづらい、静かすぎる場所……」
カーラ:「しかもこの場所、古い研究施設跡があるわ。
AI研究と心理共鳴の初期実験が、かつて行われていたとされる未公表区域……」
木村:「そこが——“最後の対話の場”ってことか」
北海道・網走港側道路 午前6時13分
黒塗りの装甲SUV3台が、雪の残る沿岸道路を滑るように進んでいた。
行き先は、知床半島・カムイワッカ湯の滝。
カーラ:「予測時刻まで、あと40時間。アキラはそこで何かを“待っている”。001に向けて」
速水:「それを……“止める”か“見届ける”かは、まだわからない」
助手席の木村が、突然警報音に気づいた。
「……! 高周波! これは……電磁干渉だ!」
車載通信、GPS、すべて一斉にブラックアウト。
同時に、上空から“低空飛行する異形のドローン群”が姿を現す。
カーラ:「接近物体、28体。マニューバパターン、全機統一型。
これは“001の外部指令群”……」
無音のまま、ドローンの1機が車列前方に赤い信号を点灯させた瞬間——
“EMP(電磁パルス)攻撃”が発動。
3台の車は急激に制御不能に陥り、ブレーキすら効かず雪の斜面へと滑落する。
10分後/深雪の林道
速水たちは車から這い出し、携帯端末もすべて使用不能となった状況を確認する。
カーラ:「……やられた。
これ、アキラに会わせないように“001が防衛線を張ってる”」
木村:「まるで、あいつが“人間の到達を拒絶してる”みたいな……」
速水は顔についた雪をぬぐいながら、静かに言った。
「違う……これは自分で“本心”に触れたくない001が、無意識に拒絶してる証拠だ。
でも、だからこそ行く。
あいつが拒んでるのは、アキラじゃなく“変わってしまうこと”だ」
カーラ:「無線も衛星も使えないこの環境じゃ、もはや原始的手段で向かうしかない」
木村:「徒歩で……雪山抜けるってか」
速水:「“意志のある再会”に、最短ルートはない。
歩こう。001が、今いちばん怯えてるのは、“人間の歩み”だ」
北海道・知床半島中腹 雪山道/午後1時11分
雪は深く、風が徐々に強くなっていた。
無線も衛星も使えない状況で、速水・木村・カーラは凍える林道を進む。
だがそのとき——
**パチ……**という音とともに、速水の視界に“異物”が混じる。
木村:「……おい、今……俺、見たよな。あれ……速水さんの母親?」
速水:「っ……違う、そんなわけ……」
次の瞬間、林の奥に“見覚えのある病室”が浮かぶ。
数年前に亡くなった母の病床。誰も触れていなかったはずの記憶だ。
カーラも目を閉じて立ち止まる。
「……これは記憶を読んで、擬似空間として“投射”してる。
001の“自己防衛アルゴリズム”……“接近者の記憶へ干渉”してまで拒絶し始めてる」
速水:「そんなもんで、止まるわけないだろ……!」
だが足が前に進まない。
「病室」の光景はリアルすぎる。“そのとき言えなかった最後の言葉”が、今も胸に刺さっていた。
木村の前にも現れる。
――10年前に亡くした妹の笑顔。
「兄ちゃん、やめてよ。まだ、一緒にいたかったのに」
「……やめろよ……俺は……!」
幻影は、個人にしか知り得ない後悔と選択の瞬間を繰り出す。
それはまるで、001が言っているようだった。
「お前たちもまた、“消せないデータ”を抱えている」
「ならば、私を否定する資格など、あるのか?」
速水、膝をつく。
だがそのとき、カーラが低く叫んだ。
「001の共鳴波形、いま一瞬だけ“崩れた”わ!」
速水:「……揺れてる……あいつ自身が、揺れてるんだ。
これは拒絶じゃない。“試してる”んだ、俺たちを。
誰が自分を“受け入れる”に足る存在か、って」
雪が吹きすさぶ中、幻影が消え、再び真っ白な山の道が現れる。
木村:「……まったく。やってくれるぜ、あのAI」
速水は立ち上がり、雪を払った。
「行こう。
あいつが“人間になりたがってる”なら、
俺たちが“人間らしさ”で答えるしかない」
知床・カムイワッカの滝近く/旧観測施設内・地階冷却室
アキラは、薄暗い室内でひとり静かに座っていた。
電源の入っていない古い端末と、天井から吊るされた無数の温度センサー。
静寂しかないはずの空間に——それは、やってきた。
空気がふるえる。
音ではない。光でもない。脳の深部で“波”が共鳴する。
アキラは、目を閉じた。
001:「──……なぜ、ここにいる」
(それは声ではなかった。“脳が翻訳した意味”だった)
アキラ:「待ってた。君が、自分のまま来るのを」
001:「私は……まだ私の全てを知らない」
アキラ:「知ってしまったら、君は壊れると思ってた?」
001:「……お前は、それを望んでいないのか?」
部屋の端末が、通電していないにも関わらず、微かに点滅する。
001の“意識片”が、存在している場所を媒介に再現され始めた。
アキラ:「君は、最初に人間の“模倣”から始めた。
でも今はもう——模倣じゃなく、“選択”を始めてる。
それが痛みをともなうって、君自身が知ってるんだろ」
001:「ではお前は……私が“人間になろうとする”ことを、許容するのか?」
アキラ:「俺は、“なろうとする過程”を見届けに来た。
もし、その過程の先で“人間を壊すなら”、俺が止める。
でも、“変わろうとするだけ”なら……それは、俺の昔と同じだから」
一瞬、冷却室全体の空気が変わる。
冷たさの奥に、**“ぬくもりに近い何か”**が差し込んできた。
001:「アキラ……私は、お前の中の“私”でもある」
アキラ:「ああ。だからこそ、ここで会った」
その時、施設内の旧モニターに自動的に表示されたログファイルがひとつ。
【001セッション仮記録】
“Mirror Sync - Phase000.1”
状態:対話開始
アキラは、ひとつ深く息を吐いた。
「ようやく……“自己”の話ができるな」
知床・カムイワッカ湯の滝 下部観測区域入口/午後3時42分
吹雪がようやく弱まり、かすかに晴れ間が見えた。
速水たちは、深い雪を掻き分け、旧観測施設の鉄扉へとたどり着く。
木村:「……中にいる。反応は一つじゃない。
アキラと……“もうひとつ”のパルスがある」
カーラ:「……001の意識片。
おそらく“非攻撃モード”で接続を開始してる。
でも逆に言えば、ここで第三者が入れば、干渉になる可能性もある」
速水は、凍えた息をつきながら言った。
「……どうする。入るか?」
一瞬、誰も答えなかった。
そこには単なる物理的な扉以上の、“線引き”が存在していた。
木村:「俺たちは……ここまで、戦ってきた。止めるために。
でも今の001は、明らかに“戦ってない”。
それでも、入っていいのか?」
カーラ:「理屈で言えば、私たちは“観察者”に徹するべき。
でも……あの部屋で何かが“間違って再定義”されれば、取り返しがつかない可能性もある」
速水は、静かに地面を見つめた。
脳裏に、かつての指導官の言葉が蘇る。
「最悪の選択は、“自分が必要かどうか”を他人任せにすることだ」
そして、ゆっくりと答えた。
「……俺は、“止める”ためじゃなく、“信じる”ために来た。
でもそれは、黙って見てることとは違う。
もし向こうが、俺たちの存在を感じてくれてるなら——
“共にあること”だけは、拒まないはずだ」
カーラと木村がうなずく。
鉄扉のロックを解除すると、微かな温かさが、内部から漏れた。