はい、こちら異世界転生係です
ぐーたら女神(仮)と異世界転生
ゆるふわっとした何か
「はい、こちら異世界転生係です」
実に面倒臭そうに告げてから、目の前の人間のおでこに人差し指を当てる。
十代後半の少女、車に轢かれそうになった老人を庇って死亡……前科やいじめなんかの悪行はなし、と。
「あなたはヒロイン待遇。一人救ったから記憶特典付きだけど……くれぐれも次の生も真っ当に生きてね」
どうか、自分がヒロインであることを振りかざしたりしませんように。
だって、転生させた人間がそうなったら私の成績に響くんだもの。
ヒロイン枠の埋まっていない物語の世界に続くドアに進ませて、次は──
「いやあのっ、ちょっと待ってください!」
「……へ?」
さっさと行ってと背中を押そうとしていた手を捕まれて、思わず間抜けな声が漏れてしまった。いけない、転生者の前では女神のような佇まいであれって先輩から言われてるのに。
あー……面倒だなぁ。さっさと転生してよ。
「ヒロイン?とか、次の生とかなんなんですか!?あのっ、あたしもしかして……」
「もしかしなくてもあなたは死にました。人助けで死んだし、素行も良いから来世は幸せになれる確率が高いでしょー。はい説明おしまい」
手を振りほどき今度こそドアの方へぐいぐいと押してやると、はっきりと自分の死を告げられて動揺していた少女は、吸い込まれるようにして世界へ落ちていった。
うん、これでよし。
「γ世界のヒロイン枠は埋まった……あとはヒロインを虐める悪役令嬢だけ」
悪役令嬢。わがままで偉そうで、ありとあらゆる手段を使ってヒロインの恋を邪魔するけど、最後にはざまぁされて破滅が待っている定番の役柄だ。
ここ最近は、ヒロインになった人間の性格にもよるけど、ざまぁする側に回ることもあるらしいから犯罪者ではないけど善良でもない人間を当て嵌める事が多いみたい。
昔は、とにかく素行の悪い──それこそひどいいじめの首謀者なんかに与えられていた役柄らしいんだけどね。善良だった筈のヒロインが転生先で増長しちゃうことが増えてきて、その場合の修正要因として悪役令嬢の前世の記憶を呼び覚ます場合があるらしい。
だから、あんまり悪辣な人間をこの役に転生させないようにしようっていうのが最近の傾向。
「次に来た人間がそれなりだったら、γ世界の悪役令嬢にしちゃおうかなぁ……性別も年齢も、どうせ転生するんだから別に関係ないよね」
くぁ、と欠伸をしてその場に座り込む。
次の転生者候補が来るまで暇だ……まだまだ新米の私のところには重犯罪者とか歴史的特異点みたいな魂が来ることはないし、そもそも回ってくる魂が少ない。
毎日何人も死んでいるモブ達は、次の人生でも大体モブになるようにいっぺんに転生させられているらしくて、ここに来るのはそこそこ善良な人間か、カミサマによって気まぐれに選ばれたモブ脱出組くらい。
「ヒロインも王子様も悪役令嬢も、所詮は小さな世界の中だけのちっぽけな存在にしか過ぎない……人生ってなんなんだろ?」
難しいなぁとつぶやいた頃には私は半分眠ってしまっていて。
寝惚けついでに、不運な自己で死んだ五十代のおじさんの魂をγ世界の悪役令嬢役にあてがってしまったけど、まあきっと大丈夫だろう……たぶん。
ヒロインがまともなら、悪役令嬢が前世を思い出すことはないんだし。
「元おじさんにざまぁされないように頑張ってね、ヒロインさん」