実行編
彼を勝手にこう呼んだ。
「不遇の天才打者」
と。
それは、佐賀県に生まれた天才打者、佐賀東高校、背番号51。
末永真史のことである。
2009年9月10日、彼は天賦の勝負強さで、カープファンの夢を叶える勝利のアーチを、あの神宮の夜空に描いてみせたのである。
カッコいいと思った。
凄いと思った。
嬉しいなって思った。
2009年の末永真史の打率は.279ながら、得点圏打率はなんと脅威の.487。
ほぼ二回に一回は、得点圏でヒットを打つのである。
そんな末永選手は、自分にとって、スーパースターの天才的存在であった。
おまけにイケメンの色男。
好きにならずには、いられない。
ずっと自分にとって、夢の存在。
夢のプロ野球選手。
理想の人間であった。
そして、時は過ぎていき。
末永選手はカープのスカウトに。
ワトソンは、目下組織と戦っていた。
組織は、ワトソンを集合会食に招待すべく……動き出していた。
ワトソンは、組織を警戒しながら、今日もパチ屋へ。
パチンコ店の中へと入っていった。
正直もう、パチンコを悠長に楽しんでいられるメンタルどころではなかった。
組織に追われる日々。
女の子に狙われているんじゃないかって妄想。
様々な妄想や、周りに動きに、恐怖と、それでも負けるか、という正義感で彼は動いていた。
なぜかいつも行かない、T店へ行ってみた。
自分は、組織を意識しながら、店内を歩いていると。
ふと店員を見た。
ぷっくりした、少し太った女の子。
あまり、顔はこのみではなかったが、なぜか。
そう、なぜか。
その子とすれ違った瞬間。
胸が高鳴った。
だめだ、何してんだおれ。
なに思ってるんだ俺。
恋愛やどきどきにうつつを抜かしている場合ではない。
自分の得意のDT(童貞)フィールドを張らないと。
俺は、T店の店員の少し太った女の子にドキドキしてしまったが、すぐに、組織の罠だときずき、店を出た。
ハニートラップだ。
間違いない。
しかし、なぜだ。
なぜか。
なぜか、すごいドキドキする。
そういう年頃なのだろうか。
現在当時26歳。
逃げるように、その後、G店へ行く。
しかし、G店でも。
あれ……
1パチを打っている若い女の子に目がいった。
その子は、痩せていて、背が低くて、ロリっぽくて。
でも、なんだか、口を膨らませて怖い形相でハンドルを握っていて。
しかし、なぜか、その怖そうな表情が、とても魅力的見えてしまい……
う……どうしてだ……可愛い。
素直に可愛いと思ってしまったし、それに、このみのタイプの女の子だ。
だが、これもきっと組織に罠に違いない。
そう思った。
だったら、避けないと、逃げないと……
逃げようとしたその時だった。
これは、妄想であるが、
その可愛い小柄な女の子と、学生時代の同級生のAが、その子と一緒に、俺に近づいてくる。
そして、同級生のAが、俺のもとに来て、こう言った。
「この子がお前のこと、好きになっちゃったんだって。つきあいたいんだって」
そう言われると、俺は、すなおに嬉しい気持ちになるが……しかし。
だめだだめだ。
感じる。
オーラが。
ダメに決まってる。
きっと。
外見はよくても、相手のことを良く知らない。
どうせ、うまくいかないに決まっている。
というか、間違いなくハニ-トラップで、この子もトリカブトのオーラするはずだ。
そんな気がしてしまった。
俺は、視線をそらし、無視しようとするが。
そこで。
組織が用意したと思わしき、秘密兵器と良く似た人を目にする。
このAと女の子とのやり取りはパチ屋の妄想であるが。
俺のそらした視線の先に。
いる。
あの男。
組織が用意した秘密兵器。
秘密兵器が。
表情はまさしく、現役時代のそれととてもよく似ていた。
俺の幻覚の可能性もあるが。
背番号51はつけていなかったが、間違いなく、あの男。
末永真史であった。
嘘だろ。
なぜここにいる。
カープのスカウトになって、九州地区の担当だったはず。
なのに。
なのに、なぜ、この北海道にいるんだ。
そんなに暇なんですか?
末永さん。
ってか、こんな俺を追跡するような、仕事。
断りなさい、末永さん。
組織がきっと末永さんを雇って、俺を説得させにきたのだろう。
今は、ちょっとずつ距離をつめて、俺を追いこもうと、このパチ屋の4パチガロ打って、遠くから監視。
相手のリーダーからの指示をまっている頃だろうか。
うう……
こんなくだらない仕事。
させるなよ組織。
末永さんをこんなくだらない鬼ごっこや追跡に使うんじゃない。
若干の憤りと不思議な気持ちと、末永さんっぽい人に会えて素直にちょっと嬉しい気持ちになるが。
しかし、組織の罠にハマらぬよう、俺は、諦め、川釣りをすることにした。
パチンコは諦めた。
集団追跡、尾行、スト―キング。
それに、ハニ-トラップ。
極めつけが、俺にとっての神、末永真史さまを操りコントロールし、追い詰めるという作戦。
許せん。
俺は、怒りに震え、しかし、必死にそれを抑えながら、車に乗り込んだ。
地元の川へと向かった。
車にのって運転している最中、車のなかが、なんだかくさい。
無理もなかった。
餌釣りに使う、ミミズが入ったタッパがあったからだ。
く……くせぇ。
だが、これは、逆にチャンスかもしれない。
これだけ、臭ければ、組織は安易に俺の車の中に入りこんで、車のなかの情報を調べたりすることはできない。
今になって考えてみれば、その車の中にいったいそんな大事な極秘情報など、入っているようには、とても思えないのだが、そんなのは考えもせず、ただただ、くさい車に、最強のディフェンス効果だと思った。
俺は、あえて、そのミミズをそのまま車のなかに放置し、もし車の中に組織が入ってきたら、その臭さで組織を攻撃してやろうとも考えながら、ルアーフィッシングをすることにした。
上流から、川に入り、そのまま下流へ。
釣りを続ける。
山ごもりはとてもいい。
だれも、自分を邪魔しにこない。
人が少ない。
今、邪魔があっても、せいぜい組織の少数兵隊だけだろう。
たいした、戦力ある人間もこないはずだ。
おだやかな時間がすぎる。
怒りに燃えていた心は、落ちつき、平穏を感じる。
しかし、その時だった。
これは、妄想だが。
川辺の木々の茂みが揺れ、中年の男が一人。
なんとナイフをもって現われた。
まぁ、気がしただけだが。
ナイフをもった人間は。
あの男だった。
ガンダム00監督。
水島清二だった。
俺をしつこく、何度も陰湿な妨害繰り返す、男。
ナイフをもった水島に俺は言う。
現われた瞬間の込み上げてくる怒りを悟られないように。
「なにしにきた?」
「うん、用があってきた」
「おれは、ないね」
「そう言うと思ったから、こうする」
すると、水島はなんと、俺が家で探してもなかった、背番号1の前田智徳ユニフォームをてにもっていた。
そして、それにナイフをかざす。
水島は言う。
「状況をわかっているな。これは、俺の家から、借りてきた、お前のユニフォームだ。今から俺の言うとおりにしろ、じゃなかったら、このユニフォーム……」
ナイフの切っ先が、俺の前田智徳のユニフォームへ向けられ、刃が煌めく。
日の光の大陽が、ナイフの刃をより一層キレ味よく見え、
「なにが、目的だてめぇ」
俺らしくない、荒々しい口調。
水島は答える。
「今すぐ……とりあえず泌尿器科へ行け。そうすれば、このユニフォームは助けてやる」
「ふん……そんな汚いことしたって、無駄だ。前田智徳のユニフォームは、大切なユニフォームだが、それはレプリカに過ぎない、大量生産されたものだ。限定品でもない。また買えばいいという発想は口にしないが、俺は、お前を一生許さない気持ちを持ちづけることで、そのユニフォームは弔うとしよう」
そんな風に言うと、水島は笑いながら。
「どうせ、そんな風に言うと思ったよ。これくらいのことでは、お前のDTフィールドは打ち破れないな、どうしても、泌尿器科へ行かないというのなら……これならどうだ」
と。
水島の後ろから、なぜか、自分の意思で、水島の両脇へ移動する女の子が二人。
その女の子は、T店とG店にいた太った女の子と、小柄の可愛い女の子。
二人とも、俺をドキドキさせた、女の子である。
女の子たちは、水島の両脇へ行き、抱え込まれ、そして水島が言う。
「おまえが、泌尿器科にいかないなら、こいつらがどうなるかわかってるんだろうな」
俺は、その女の子たちの動きに相当の違和感を感じたが、素直に人質をとってくる水島に対して。
「やっぱてめぇは汚ねぇやろうだ。こんな方法でしか、俺を泌尿器科へ行かせる説得をできねぇのか」
そして、女の子ふたりが、なぜか、何か期待するかの表情で言う。
太った女の子が。
「わたなべくん、どうか泌尿器科行ってください。組織はわからないけど、あなたが泌尿器科へ行けば、救われる女の子たちはきっとたくさんいる。おねがいします、性病の検査受けてください」
可愛い小柄の女の子が、
「えへへ、童貞喰いたいから……お願い、ワトソン、泌尿器科行って」
そして水島が、
「どうだ、これで、泌尿器科へ行きたくなっただろう。羨ましいやつめ。おとなしく、泌尿器科へ行って性病の検査を受け、お前もワンナイトの性の兵器になるんだ」
しかし、そう言われても、この今までの動き。
こいつら三人の口先だけの覚悟のなさ。
行動の矛盾。
女の子は逃げればいいものの、自分から、人質になろうというこの行為。
どう考えたって、こいつら、三人。
ナイフ持って、なんか言ってるだけで、何もしないだろう……
そんなことが、お見通しであった。
だから俺は、こう言ってやった。
「揃いもそろって、酷い演技力だ。もっと脅すなら、まじめにやれ。水島さん、人一人あやめるくらいしてから、俺に最大限の恐怖を与え、それから交渉しろ。何をどうしたって、お前の陰謀にのるわけねぇだろ」
水島は言う。
「そう簡単にお前のDTフィールドを敗れるだなんておもってもいないぞ。だが、おまえには、感じたことないくらいの新しい恐怖を与えてやるぞっ!」
そんなことを水島いい。
「なんだとっ」
水島は、指をパチンっとならす。
すると、釣り竿もった一人の男が、遠くから。
「わたなべくーん、釣り教えてくれなーい?」
大きな、それでいて、聞き覚えのある声が、俺を呼んだ。
この声。
この声の主は。
たしか。
テレビで聞いたことある声だ。
釣り竿をもって現われた男は。
そう。
あの不遇の天才打者末永真史選手だった。
「す……す……すえながさん……」
えーっと言っておく。
これは妄想だからね。
続ける。
末永真史選手は、俺のところまで近寄り。
「わたなべくんだ。君の事すごい僕は、知ってるよ、盗聴でw」
笑顔でそんなことを言ってくる。
おれは、あたふた困惑しながら、正真正銘の末永選手にとまどう。
そこで、水島が。
「どうだ、これで、泌尿器科へ行きたくなったか?」
「どういうことだ」
「まだわからないようだな、あとあと、これは、ボディーブローのように効いてくる。もうちょっと様子を見てようか……」
ルアー釣りをする俺のすぐ近くで、餌竿をもって、末永選手が釣りをしようとするが……末永さんが、
「あ、餌ないんだった……どうしよう」
俺は、とっさに、
「あ、餌なら、僕、もってますよ……」
ついつい言ってしまって後悔する。
内心そこでやばいと思う。
やばい、餌は、あの車に放置した臭いミミズだ。
あれを、神様末永さんに触らせてはいけない。
末永様を汚してはならない。
絶対に。
俺は、そこで、
「ちょっと待っててください、餌すぐ取って来ますから……」
末永さんにそう言い、その場を離れようと考え、なんとか、どこかでいくらを買うかなど考えていると……
神末永さんが、
「あ、盗撮とか盗聴で知ってるよ、今そう言えば、餌がわたなべくんの車のなかにあるんだってね」
俺は、戸惑いながらも、水島に弱みを見せないようにと、
「あ……ありますが、えーっと、車も、どうせ近くに止めてありますし、ちょっと一瞬とってきます」
そんなことを言う。
もう俺の弱みに気づいたのではないか、と思いつつも、水島はそこではなにも言わない。
しかし、そこで神が。
「あ、いいよ、じゃあ、一緒にとりに行こうっ! ってかさっき地元の人に聞いたんだけど、万年橋ってところの橋のしたで、よく魚釣れるみたいなんだって。一緒に車にのって行ってみない? 俺車で来てないから、よかったら乗せてって欲しいんだけど」
そこで、俺はさらに、困りめちゃくちゃテンぱりまくる。
「あ、えーっと、実は、今、車のなかが……」
脳内で思った。
あの臭い車のしかも、助手席の足元に置いてあるミミズがあるところに、神様をのせる訳にはいかない。
そんなバチ当たりなことをしたら、俺は、カープファンとして失格だ。
絶対、神に臭い匂いを与えてはならない。
神を臭くしてはならない。
俺は、いくら臭くなったっていい。
水島も、組織の連中も、勝手に車を調べて、匂いでやられればいい。
でも。
でも。
カープの英雄。
カープのヒーロー。
2009年に幾度となく、チームを救い勝利に導いてきたこの天才を。
天才を。
決してぞんざいに扱ってはならない。
くそぉ、どうこの窮地を切り抜ければいいんだ。
そんな苦しみに困惑するなか、とうとう天才が。
「あ、においなら、大丈夫だよ……」
「あ……大丈夫なんですか!?」
「うん、ミミズかなんかがいるんでしょ、そんなの知ってるよ」
「いやいや、あれは、あなたのような天才であっても、いえ、あなたのような天才だからこそ、嗅がせてはならない匂いなんですよ」
「天才? はて?」
「あ、末永さんのことです」
と、俺は、そこで思った。
水島がやけにおとなしいのがおかしい。
普通だったら、この状況。
やつらにとって千載一遇のチャンスである。
この臭い車に、末永真史選手を乗せ、臭いミミズを使わせるぞ、と脅しをかけてくるところなのだが……それをしてこない……なぜだ……俺に新しい恐怖を与えると言っていたが……
ただただこの神と俺のやりとりをみているだけで。
その後神との会話がだんだんと弾みだしてくる。
「まぁ、いいや、おれそのへんのバッタとか餌にするから、ところで、わたなべくんは、兄弟は何人兄弟?」
「えっと、3人兄弟の末っ子です」
「そうなんだ。僕は長男だよ」
「そうなんですか、神は長男だったん、じゃなかった、末永さんは長男だったんですね」
「おっと、釣れたっ!」
「あ、俺もっ!」
同時に魚を釣り上げる二人。
神だと思っていた存在。
手の届かない雲のような存在。
そんな人と、会話をし、釣りを楽しみ、夢のような時間。
もしかしたら、恐怖ではなく、水島はこの末永神サプライズをつかって、素直に、末永さんに。
「泌尿器科へいってくれない」
って、お願いしてくるのだろうか?
もし、そうだと、したら。
もし、そうだと、したら。
ここまでの施しをしてくれた、神の要望を聴かない訳にはいかない。
しかし、一向にそうの要望を提示してくることはなく。
会話は、はずみつづけ。
末永さんが。
「今度、一緒に、カラオケいかない? あと、ボーリングとか、あ、そうそう麻雀できる?」
それを言われた瞬間。
「あ……え……いいんですか?」
俺は、困惑してしまった。
末永さんのお誘いなので、断ることは出来ない。
しかし、これらをもし、実行したあかつきには……
神、天才、末永さん、末永先輩、末先輩……
うん?(はてな)
なんだか、このまま距離を縮めていくと……
我々は、
平民カープファンと、神との関係図式から、
たんなる友達関係になってしまう。
そう。
これが、組織の狙い。
最大の狙いであった。
おれは、気づいてしまった。
この手口。
この卑劣際なりない行為。
やはり、水島は酷い手段を使ってくる。
アイドルはうんこしないという幻想を抱く、ファンがいるとする。
アイドルもなるべく、うんこをしないように、人前でトイレに行かないように努める。
そして、この世界は理想という現実が成り立っている。
声優の世界でもそう。
可愛いキャラクター。
可愛い女の子の声。
そのアフレコしている人の顔面を。
虚像や幻想を抱く、DTフィールドを張り巡らす、オタク男子にとっては、声優の顔をみることは、まるで、人によっては地雷そのものなのである。
夢の理想は、自分にとっては、夢の理想のまま、綺麗な記憶のまま保管しておきたい。
そう思うことが、人には誰しもある。
俺の末永真史さまだってそう。
神だと思っていた、存在のカッコいい男が。
まるで、友達のような、学校の先輩みたいな存在に変わったら。
それは、もう夢を破壊してしまう。
そこで、俺の脳内で、悪魔の神が囁く。
「やい、ワトソン! 泌尿器科へ行かなかったら……末永真史である、この俺が……お前と……友達になるぞーーーーー!」
く……くそぉ……
世の中には、夏のこの時期。
俺のようなDTで、暇をもてあまし、組織と戦う連中は、多数いる。
そんなさまよう者のとりみだすこの季節では、
そいつの理想の芸能人や、アイドルや、スポーツ選手、OB、現役、問わず、それらをつかった組織からの脅しが横行しているということ俺が妄想してしまって……
そして、末永さんのトドメの一言が
「あ、そうそう、俺んちの実家くる? 佐賀にあるんだけど。家族紹介するよ。家出パワプロやんない?」
いやいや。
もうこりゃ友達になっちゃうわ。
ここらで、神との関係性に戻しておかねば……
そう思って俺は、白旗を上げた。
「水島さん、あんたの事は許せないが、この勝負……あなたの勝ちだ。もう泌尿器科だろうが、集合会食だろうが、どこへでもつれてきやがれ」
水島にそれを言った瞬間。
「じゃあ、泌尿器科へ、今から行ってください。そして今日の夜、ウエスタンバイキングで全てを語りましょう、お待ちしてます」
その瞬間、川辺で様子をみていた二人の女の子は喜びガッツポーズ。
水島も安堵の表情。
そして、かけがえのない思い出の末永真史さんが。
ちょっと、ただの中年オヤジに見えたのだった。