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復習編

それは、俺が夜パチンコ打っている時に。


帰り際、囁く知り合いの声がする。


『ウエスタン来なさい、ウエスタン来なさい』


それは、俺が寝ている夢の中でも。


『ウエスタン来なさい、ウエスタン』


それは、何度も、何度も日常的に繰り返される。


『今日こそ、ウエスタン!』


その知り合いは、学生時代の友達であったり、先輩の親であったり、職場の人であったりと。


さまざまだが。


口ぐちに彼が言うのは、いつも同じ、


『ウエスタンきなさい!』


この言葉である。


ウエスタンとは、俺が住んでいる地域のバイキングのお店の名前のことだ。


毎日のように、妄想だったり、幻聴でその声を感じるので、これも妄想か、夢の記憶か何かだが、ついにウエスタンに行くことをこころに決めた。


俺は、ウエスタンに、オシャレな私服を着ていった。


そこには、今まで会った関わってきた全ての人、妄想する人物。


これらの人がほぼ全ていた。


この妄想には様々なパターンがある。


パターン①は、会社の上司との関わりの妄想だ。


訳もなく、バイキングの席につき、俺は人を待った。


すると、元埼玉の上司の面々が、水中ゴーグルをしながら、全員やってきた。


俺にはそのゴーグルの意味がすぐ理解出来、笑った。


そのゴーグルの意味は、ワトソンという人間を怒らせ、もし殴りあいになったら、相手を怪我させ、殺しかねない。


だから、せめて、大切な目は守らないといけないので、ゴーグルをつける必要があるのだ。


これは、のちに、やくみつるも、俺と喧嘩したら、それはゴーグルが必要!


と語っている妄想もある。


元会社の上司はわざと、俺にパワハラで病気にしたため、その復習に備えて、殴られてもいいように、全員ゴーグルを着用しているのである。


そのゴーグルを見て、俺は、怒るどころか、笑いをこらえそうになるが、すんでのところで、その表情をださないようにこらえる。


すると、元会社の俺の指導係のパワハラ上司藤田が我が物顔で現われる。


部長の星野が言う。


『渡邊、喜怒哀楽は戻ったか? 喜怒哀楽の努は思い出したか?』


おれは、


『さぁ』


とだけ、答える。


星野部長が、


『お前の、大切なものは預かっている。わたなべ。今ここで、怒るか、泣くかしろ、そうしたら、お前の

大切なものは、消さずに許してやる』


部長がそういうと、行方不明になっていた、俺のカープの前田智徳のユニフォームをニコニコ顔で藤田が持ち、チャッカマンで燃やそうとする。


チャッカマンに火がつく。


こちらを、ニコニコした顔で俺の方を見る。


ユニフォームには一瞥もくれない。


そのユニフォーム。


カープへの思い。


俺の大事なもの。


それが、その思いの何の事情も知らない、コイツらが汚そうとしている。


その光景を見ていた、同じくカープファンの実の兄が。


『こいつら最低だな』


そんなことを言う。


怒りが込み上げてきた。


コイツを許せない。


でも、俺がキレたら、コイツらに、ホラキレた、体調良くなったね、それが怒りの感情だよ、思い出せてよかったねと。


バカにされてしまう。


でも、そんな理性は、上回るはずなかった。


カープへの思い。


大切な宝物。


もう殴り殺すしかないと。


俺は、藤田に全力で走って近づき、顔を思いっきり容赦なく、殴り続け、言った。


『こんなやつは、死なないとダメなんだ。こんな人を人だと思っていないこんな人間』


藤田も、応戦しようするが無理だった。


心が違う。


気持ちが違う。


コイツをどうにしかしてやりたいという心の差が。


パワハラ上司は、俺の事をストレス解消のはけ口として、いじめていただけの存在。


どうでもいい存在。


殴られてイラッとしたところで、たいした力で応援することは出来ない。


でも、俺は違う。


被害を被った身。


ここ6年止まっていた時間を、再び動かすかのように、自分の怒りの感情が動きだした。


その瞬間、藤田という部下を殴られ笑う、上司の失笑。


俺は思った。


こいつら、全員クズだ。


絶対許さない。


許すわけない。


殴り続ける俺に、お父さんと、お母さんが必死に止めに入った。


『祐樹、それ以上やったら、この人死んじゃう』


しかし、俺は拳を止めようとしなかった。


殺すつもりで、殴っているのだから、死ぬまで、殴り続けるだろう。


お父さんが、


『ゆうき!』


と大声で叫びながら、必死に俺の体を掴んで、藤田の元から、離した。


部長は言った。


『ワタナベ! 喜怒哀楽の努が思い出せたね~~~~! ワタナベ、人に生きてる生きてる資格ないみたいに言うってことは、お前は死ぬ覚悟があるんだろ』


そう言って、なぜか、バイキングの天井に、ロープが吊るしてあった。


部長が言う。


『さぁ、みんな、注目! わたなべが今から、死にます。死ぬ瞬間をみんなで見ましょう』


そう言った。


俺は、もうすべてがこりごりだった。


こんな汚い人間しかいない世界。


人は一人では生きて行けない。


これは勿論のことだ。


綺麗な人間もちゃんといることは知っている。


でも、こんな汚い人間達が世のなかにはびこっているのは、もうどうにもならない。


俺は、今、人を殺した。


心の中で殺した。


藤田は現実生きてはいるが。


親が止めなかったら、おそらく死んでいただろう。


でも、どんな汚い人間だって、殺した時点それは罪だ。


罰を受ける必要がある。


俺は、ゆっくりと、何も言わず、ロープへと歩いた。


ロープのしたの台に登り、ロープに首をかけた。


俺は、無表情の顔で、お父さんとお母さんをみた。


お父さんが、心配そうな表情で。


お母さんが、口もとに手をあて、泣きだしそうな、表情でこちらを見ている。


俺は、二人に言った。


『お父さん、おかあさん。ごめん。俺人ころしちゃったから、殺すつもりだったから。しぬわ』


そう言った瞬間だった。


お母さんが、声を震わしながら、泣きながら、少し遠慮がちにも見えたが、やはりその抑えれぬ怒りを、藤田に向かってぶつけた。


『あんたのせいだ』


泣いていた。


『あんたのせいだ』


お母さんが、藤田にびんたした。


『おまえがなぁ、うちのこをここまでおいつめたんだ』


おとうさんが、大声をあげながら、藤田を蹴り飛ばした。


その光景をみて、俺は、ロープから首を外し、驚きの表情を浮かべた。


こんなにも必死になって、親が怒っている姿、それも手を出している光景を見るのは初めてだ。


自分に対してや、家族に対して、怒ったところは見たことはある。


でも、それ以外の社会人の立場の人に、こうして自分の怒りをぶつけているのをみたの初めてであり、唖然とした。


しかし、そこで。


お父さん、お母さんが、そこまでして怒るほどに、自分のことを愛してくれていることにが、心から伝わった。


『お父さん、お母さん……』


俺が、小声でそう言うと、涙があふれてきた。


泣いたのはいつ以来だろう。


涙の数を数えたことはないが。


ゲームセンターで泣いた時以来か?


あの空港で母親の顔を見た時以来か?


そうだ。


家族は強い絆なんだ。


家族は強い運命共同体なんだ。


無償の愛なんだ。


自分の息子が、自分の意思で死のうとしているところを見て、何も思わない親なんていない。


どうして、そうなったのか。


どうして、そうする必要があるのか。


考えれば、考えるほど、この汚い社会人が許せないんだ。


だから、おとうさんと、お母さんは、こんなにも怒っているんだ。


俺も、お母さん同様、人前でみっともなく、どんどん涙があふれてくる。


ロープから首をはずし、その場で俺は、ばたっと、力を失い脱力した。


すると、すぐお父さんと、お母さんが駆けつけてきて。


お父さん、お母さんも、俺を抱きしめてくれた。


泣いていた。


三人とも。


その光景に、部長の星野が言う。


『なんと美しい家族愛なんでしょう』


あざ笑うかのように、小馬鹿にするように言った。


でも、そんなことなんてどうでもよかった。


すべてがこの三人にとってどうでもよかった。


ここまで、お父さん、お母さんに愛されていたこと、それが確認出来て、嬉しかった。


お父さん、おかあさん、ゆうきが無事で、安心し、嬉しかった。


そんな思いを共有しながら、


お母さんが、聞こえるか、聞こえないかの、とても小さな囁き声で。


『ゆうき、強くなったね。かえろっか』


お母さんのその声が胸に強く響いた。

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