表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/26

ブドウ Viteto

「物語とは形式を与えられた夢である。」

――中村眞一郎





 叔父の書斎を訪ねることは好きだ。

 そこには鉢植えの、とても小さな葡萄の木がある。

 亡くなった叔父が大切にしていたそれを、書斎のフランス窓を開け,露台に据えたテーブルに置く。

 わたしは椅子に腰掛けて待つ。晴れた空から届く風が心地よい。

 そのうちに軽い足音が近づいてくる。

 露台に幼い男の子の姿が現れる。

 彼は葡萄の木にお話をひとつ持ってきたのだ。

 つかえながら、時にはもどってやり直しながら、夢中で男の子は葡萄に物語る。

 彼にわたしの姿は見えていないらしい。たぶんテーブルと鉢植えの葡萄だけが見えているのではなかろうか。

 わたしも自分が日差しの光にふわふわと漂っているような気分になって物語を聴く。

 男の子が語り終え、期待する目で葡萄の木を見つめる。

 すると葡萄の木に実が一房だけ現れる。そして、ほらどうぞ、という感じにふるりと揺れるのだ。

 男の子はその一房をもぎ取り、さっそく実をひとつ口に入れる。彼の唇が左右に大きく引っぱられて笑顔となる。

 彼が去っていく足音と重なり、次の子が近づく足音が聞こえる……。

 こんなふうに、入れ替わりながら次々に子どもたちが、小さな葡萄の木に小さなお話を聞かせにやってくる。いろんな服装、いろんな顔立ち、いろんな言葉。

 わたしは次第にまどろみの中に溶けていく。

 わたしに最近起こった悲しいこと、ずいぶん前の出来事なのにいまだにわたしの心を乱暴に握り締めるような記憶、すべて子どもたちがお話にして甘い葡萄の粒に変えてくれればいいのにとぼんやり思う。

 ふと目を覚ますと、すでに陽が落ちかけていた。

 わたしは鉢植えを叔父の書斎にそっと戻し、窓を閉める。




 Fino




投稿サイトへの作品投稿はひさしぶりで、やりかたを調べ直しなんとか実行しました。

気がむいた日の、うしみつどきに更新します。


※作品の無断使用は、禁止です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ