16 最初の相手
俺たちはチームを組んだ後、すぐに森の中へ進んだ。
「ピィィィィィィ!!」
試験の開始を告げる甲高い笛の音が、静かな森のなかで響く。
その音は風に乗り、森の奥深くまで届いていた。
「は、始まったね!」
隣にいるキアラが緊張した声音で呟く。
今からは油断できない。
俺はすぐに索敵を始めた。
止まっていても仕方ないので、俺たちは当てもなく歩き出す。
「そういえばキアラはどんな魔法が使えるんだ?」
「私、草魔法が得意なの」
「へーそうなんだ。すごいね、珍しい」
草魔法は、いろんな植物を操ったり、生み出したりする魔法だ。
「……馬鹿にしないの?」
おずおずとそう聞いてくる。
「しないよ」
そう伝えると、キアラは嬉しそうに口角を少し上げた。
確かに草魔法はあまり実戦的な魔法ではない。
植物の成長や変化には時間がかかり、即座に効果を発揮するのが難しい。
戦闘などの瞬時の状況にはあまり適してはいない。
また、気候や土壌条件に左右されやすく、魔法が安定して機能する環境が整わない場合、効果が制限されることがある。
だからといってそれが馬鹿にする理由にはならないだろう。
まぁ、魔法が一つも使えない俺にとってみれば、魔法が使えるだけでも尊敬ものだ。
「やっぱり私、ルカ君とチームを組んでよかった。みんな、私が草魔法を使えるって言ったら組んでくれなくて……」
あはは、とキアラは自虐気味にほほ笑んだ。
キアラの気持ちはとても分かる。
俺も魔法が使えないって言ったら散々馬鹿にされたからな…………
「でも、私は自分の魔法が好き」
そう話すキアラの瞳には、しっかりと強い意志が込められていた。
「私、昔からお花とか、植物がすごい好きなの。だからこの草魔法は私に、とっても合ってるっていうか……私自身っていうか…………だからっ」
隣で歩いていたキアラは急に俺より一歩分進み、こちらを振り返る。
俺たちは向かい合うようにして立ち止った。
沈黙が流れる。
静かな森の中を吹き抜ける風が、きっちり結んだ彼女のポニーテールをなびかせた。
キアラは言葉に重さを加えるために、そこでたっぷりとためて、それから俺に言った。
「だから、ありがとねっ」
あまりにも純粋で信頼に満ちた笑顔で、そしてあまりにきれいだったので俺は照れてしまった。
俺はその笑顔を直視できずに顔を背ける。
「ぁ、ああ……」
まるで照れているかのように、か細い声がでるだけだった。
仕方ないだろう。
こんなことを言われるのは初めてだ。
どう返せばいいのかわからない。
戸惑いを隠しきれていない俺には目もくれず、キアラは
「ふふんっ」
と上機嫌にスキップをした。
俺はその後を静かに追った。
―――――――――――――
「キアラ!」
「うぇ!?ど、どうしたの?」
森を歩いている途中、俺が急に張り詰めた声を出したのでキアラが驚いた。
「前に2人、俺たちの方に歩いてくる奴らがいる」
「そ、そうなの!うーーーん」
目を凝らすキアラだったが、『わかんないや』と直ぐに諦めた。
「どうする? 向こうはおそらくまだ俺達には気づいていないようだが…戦うか?」
「う、うん! やろう!」
「よし、決まりだ」
俺たちは覚悟を決める。
「まずは俺が仕掛けるから、キアラはその援護を頼む」
「任せて!」
簡単な作戦を打ち合わせた後、俺たちは前方に意識を飛ばす。
即興でどこまでのチームワークを出せるのかわからない。
だが、それは相手も同じ条件だ。
ドサッドサッっとこちらに近づいてくる足音は大きくなっていく。
やがて、その姿をあらわした。
「ん?おー、いたいた。やっぱりお前たちと同じ方向に進んだ甲斐があったぜ」
姿をあらわしたそいつは、俺が最初にチームを組もうと話しかけた銀髪銀目の男だった。隣にいるのは、どこか弱弱しい少年だ。
後をつけられたわけではない。
俺らと同じ方向に進んできて、偶然出会ったのだろう。
銀髪銀目の男は話し出す。
「お前が魔法を使えないと聞いてから、逆の意味で目をつけていたんだよ。こいつからなら簡単にプレートを奪えるってなぁ~」
嫌味たらしい口調が俺を腹立たせる。
しかし作戦としては悪くない。
「俺の名は、リゴドー・アイナス様だ! 痛い目に合いたくなかったら、大人しくプレートを渡せ!」
「…………」
「おい! 聞いているのか!」
「誰だ?」
「うっ…、まさか俺の名前を知らないとは、とんだ田舎者もいたものだ」
まさか、そんな有名な人物なのか?
とりあえずキアラにも聞いてみる。
「知ってるか?」
「いや、全然わかんない」
「グッ…」
それを聞いたリゴドーが一人で傷ついている。
「多分どこかの地方貴族だよ。少なくとも王都にアイナス家なんて名前の貴族はいないはず…………」
「…………」
キアラの言ったことが合っていたのか何も言い返してこない。
「と、とにかく早くプレートをわたせ! 俺は気が長いほうではない。さっさとしろ!」
「なんで、お前に渡さなければならないんだ?」
「お前は頭が悪いのか? どうやら、まだ自分の状況が分からないようだな。魔法が使えないお前と見るからに弱そうな女、対して、こちらは最強の俺と、優秀な魔法を使うこいつ。どちらが勝つかなんてもう目に見えているだろう?」
「全然理解できないな。そんなの戦ってみないとわからないじゃないか!」
「ふんっ、とんだ馬鹿どものようだ」
俺を馬鹿にするのは構わないが、キアラも侮辱したのは許せない。
そして、リゴドーは多分、キアラの草魔法も侮辱するだろう。
それだけは、寛容できない。
「キアラ、作戦変更だ。魔法は使うな。こいつ等は俺が片付ける」
「え!? ちょっ……大丈夫なの!?」
「問題ない」
そんな俺達の会話を、リゴドーは豪快に笑った。
「あーはっはっはっ! こいつは俺が思っていた以上の馬鹿だ! 手加減はしないぞ!」
その言葉をきっかけに、俺は戦闘態勢に入った。
「喰らえ!」
そう叫ぶとリゴドーの手に炎が集まりだした。
「ファイヤボーーーール!!」
瞬間、飛んできた。
燃え盛る炎が宙に舞い、赤色に燃えたぎる炎が踊りながら剛速球で俺の下に飛んで―――――――――は来なかった。
実際には、とても小さな炎が穏やかな軌道を描いて飛んでくる。
あまりにも……
あまりにも、遅すぎた。
逆に遅くする方が難しいんじゃないのか! と思えるほどゆっくりと俺の下へ向かっている。
その微弱な火の塊を、俺は右にステップして簡単にかわす。
「な、何!?」
凄い驚きようだなおい。
こいつ、俳優とかやったほうがいいんじゃないのか。
「ま、まあいい。こっちには秘密兵器があるんだ!」
そう言って隣を指さした。
「驚け! こいつは爆発魔法を使えるんだ!おい、やれ!」
リゴドーがそう命令する。
爆発魔法だと……
それは……
「で……でも……」
「さっさとやれ!」
リゴドーはあろうことが、自分のペヤに手を出す。
「わ、分かったよ。でも、魔法を出すまでに5分はかかるんだ……」
「はぁ!? おい! 何なんだよそれ! 俺を騙したのか!!」
「さ、最初に言ったよっ」
まったく。
魔法だけでペアを決めるからこうなるんだよ。
はぁ。
何だかもう見てられないな。
俺はリゴドーに向かって走り出す。
「ちょっ……ちょっとまて!! くっ来るな!」
容赦はしない。
俺はリゴドーに強力な腹パンを繰り出した。
「グァッ!?」
唖然となり激しい痛みが彼の腹部に走り、もがき苦しんでいる。
気絶しない、ギリギリの力加減で殴ったつもりだ。
せいぜい苦しむといい。
「じゃ、プレートはもらってくから」
地面に倒れ込むリゴドーからプレートを奪い取る。
隣を見ると『ヒィィィ!』とおびえだし、自らプレートを差し出した。
とりあえず、これで2つのプレートを獲得したのだった。
この調子で頑張っていこう。
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