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「ただの」幼馴染「だから」〜だから何?

作者: 夏月 海桜

よく言う「ただの幼馴染だから〜」から、だから何?と思った女の子が主人公。

 私はつい最近婚約者が出来た。


 別に欲しかったわけじゃない。

 向こうから頭を下げて頼みこまれた縁組で、あちらは商会を経営しているのだが、最近品物が売れなくなって経営が落ち込んで来ている、とか。つまりまぁ売り上げが落ちて行き詰まりそうってやつ。そんなの知ったことではないのだけど、同業であることで気持ちは分かる、と父が勝手に婚約を承諾してしまった。

 あちらは元々とある貴族様の領地で商売を始め、それが運良く儲かって段々と店が大きくなり、やがて別の領地にも店を出すくらい羽振りが良くなったわけだけど。まぁ似たような物を売る競争相手の品物の方が安い、とそっちへ客が流れ込んでしまい、客を取り戻そうと躍起になって安く売りに出してしまって赤字になる月が多くなった、と。それで客が戻って来たのも半分くらいで期待した程ではなかったとか。


 まぁそんなわけで、赤字経営を何とかすべく考えたのが、商会という部分では同業ではあるものの、あちらと我が商会では取り扱う品物がまるで違うので、流通経路を一緒にして販路拡大を狙うために手っ取り早く私とあちらの跡取り息子を婚約させた、と。尚、この婚約で我が商会の旨みは少ない。我が父ながらお人好しというかもう少し利益を考えて、と思って、つい口出ししたが聞く耳は持たなかった。

 まぁ利益より家族の方が大事な父だから仕方ない。弟を産んでから病弱になり私が七歳、弟が五歳の時に亡くなった母を未だに愛している父は、当然後妻は娶らず、私と弟を不器用ながら育ててくれている。父の両親……つまり私から見て祖父母の手を借りながら、だけど。それでも父は凄いと思う。そんな父なので、婚約するに辺り、契約書には明記したのは。


 一、私を蔑ろにしない。私の意見は必ず聞いて己の意見と擦り合わせて尊重するべし。


 二、浮気・不倫は許さない。発覚した時点で慰謝料をお相手の女性からも、もらう。それが過去の相手だろうと関係ない。


 三、私に手を挙げない。というかか弱い女に暴力・暴言を振るう男は男の風上にも置けない。結婚して子どもが生まれたら子どもにも手を挙げない。


 四、結婚後は金の苦労をさせない。私と子どもに金の苦労はさせないように。


 五、以上四点のうち一つでも違えたら即刻婚約破棄或いは結婚後は離婚で慰謝料を払うこと。


 というものだった。尚、これは私にも言えることで、私がお相手を蔑ろにしたり浮気したり暴力を振るったり……などとすれば、こちらが契約違反で慰謝料を払って別れる。

 正直なところ、勝手に婚約させられた私としては、とっとと別れたいので婚約破棄をしてもらうのでも、するのでもどちらでもいいのだけど。契約書の内容は、至極当然なことなので私から婚約破棄に持ち込めない。


 意見の食い違いはあろうが、互いに話し合って妥協点を見つけるのは人間関係を良くするのに当然だし。話し合う気がなかったら、その時点で蔑ろになるわけで、私はそんな人間にはなりたくないので一つ目の条件でこちらから婚約破棄は出来ない。

 二つ目の条件は抑々、未だに亡き母を愛してる父を見ている所為か、浮気も不倫も自分はしたくない。まぁこんなことを言っていても、未来でどうなるか分からないのは確かだけど、今は私自身が嫌悪するのでこの条件での婚約破棄も可能性は無いはず。

 三つ目の条件だが、痛いのが嫌なので、暴力はない。平手打ちでも痛い(弟とケンカして痛かった)から、この可能性も低い。暴言に関しては……何を以て暴言か、というところか。こちらはそんなつもりがなくても、相手が暴言と受け取ってしまえば暴言だろう。それが日常的になれば婚約破棄に持ち込めるだろうが、そこは一つ目の条件である意見の擦り合わせである。私にそのつもりがなくても、相手が暴言だと思って話し合い、その後に私が言わなくなれば日常的な暴言にはならないだろうから、これも婚約破棄にはならなそう。

 四つ目の条件に関しては、結婚してからのことだし、私の方がお相手より稼ぐのか、お相手の方が稼ぐのか分からない現状では、婚約破棄の条件にはならない。

 五つ目の条件は言わずもがな。


 そんなわけで、今のところ婚約破棄をこちらからは出来そうもない。


 溜め息を吐き出しつつ、本日はその婚約者サマとの初顔合わせである。婚約が成立してから初めて名前も知らされたわけで、私はどこぞのお貴族様の政略の駒か? と父にちょっとだけ恨みがましい目を向けた。父とお相手の父親がどれだけ仲良しだろうと、お相手の父が出来た人だろうと、その息子も良い人かどうかは決まってないというのに。

 ましてや、父が決めてきた婚約者の方は、情報命の商家では有名人だ。父も知らないはずがないのに。


「はじめまして、ピオネーと申します」


「はじめましてぇ、ピオネーさぁん。これからよろしくねぇ。ほらぁ、ジオルも名乗らないとぉ、ジオルの婚約者なんでしょぉ?」


 やっぱり居たか。

 父が勝手に決めた婚約者。ウチと同じ商家の平民で、ジオル。彼にはいつもいつもいつも一緒の幼馴染・マリンがいて彼がどこに行くにも何をするにも常に側にいる。……まさかの婚約者同士の初顔合わせにも居るとは思わなかったが。名乗っていない人なので、私は彼女に挨拶もせず、ジッとジオルを見ていた。


「あ、あの、あの、ジオル、です」


 気弱だとは噂を聞いていた。事実らしい。私と視線も合わせられず、申し訳程度に頭を下げて、直ぐにジオルの腕に腕を絡ませているマリンを見た。

 鳥の巣頭のようなちょっとボサボサして寝癖があるような焦茶色の髪に髪より薄い目の色が、腕を絡ませる淡い緑色の目とかちあった相手を見て安心して目元を和らげている。

 ふぅん、精神依存ね。これは厄介だわ。なんでこんなのと婚約したのよ、父。


「よく名乗れました! いい子ね、ジオル」


 ニコニコとしながら緩やかなウェーブの茶色い髪を風に靡かせつつ、ジオルに屈んでもらって頭を撫でている。ジオルも安心したように更に目を細めた。……何を見せられているのかしらね。


「あ、ピオネーさぁん、私はただの幼馴染のマリンって言います。ただの幼馴染だから私のことは気にしないでねぇ」


「ただの幼馴染だから、ですか。だから何です? ただの幼馴染なら、この場に居る意味が分かりません。いくらここがあなたの幼馴染であるジオル殿の家だからと言って、私がジオル殿と婚約したことはご存知でしょう? その初顔合わせに、“ただの”幼馴染さんが腕を絡ませて登場する意味が分かりません。愛人志望ですか?」


 私にも異性の幼馴染はいる。黒い髪と同じ色の目で見つめられると、心の奥を見透かされそうな気がする。そんな背の高い幼馴染。だけど、婚約者の初顔合わせに幼馴染を連れて来ようなんて思わない。仮に幼馴染を紹介するとしても、婚約者として打ち解けてからにするわよ。


「ヤァダァ。ピオネーさん、こわぁい。私とジオルはただの幼馴染だからぁ、愛人とか、そんなことはありません〜」


「ああそうですか。ただの幼馴染だから、ですか。だから何でしょうね? とっとと帰ってくれません? ただの幼馴染なんでしょ? 婚約者同士の話し合いに無関係な人が立ち会うなんて有り得ない。愛人志望ならこの場に居るのも構いませんけどね。愛人契約でも結ぶんです?」


「もぉおお。ピオネーさんってばぁ、私、愛人じゃないって言っているのにぃ」


 話が噛み合わない。埒が開かない。


「ただの幼馴染なら、とっとと帰れって言ってるんですよ。婚約者同士の話し合いなんです。愛人じゃないならこの場に居る意味はないでしょ」


「それはぁ、無理ぃ。ジオルはぁ、私が居ないと喋れないって言うからぁ」


「そうなんですか?」


 いつまでも愛人だか幼馴染だか知らない女と話していても仕方ないので、ジオル本人に視線を向ける。ビクッと肩を震わせたジオルはコクコクと首を縦に振った。


「ほぉらぁ」


「婚約破棄します。自分の意見を他人に伝えてもらわないと主張出来ない人と結婚する気は無いので」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 あら。焦って普通の喋り方になってますよ、マリンさんとやら。でもこんな茶番に時間を費やすのは無駄です。


「失礼」


「だから待ってって言ってるでしょ! 人の話を聞きなさいよ! ジオルと会話出来ないことに嫉妬しないで!」


「嫉妬? 初顔合わせで? あなた、私を馬鹿にしてますか? 私はあなたが愛人志望なら、愛人契約を結んでもらおうと思っただけ。ただの幼馴染だから、と強調するのならとっとと帰れって言いましたよね? 人の話を聞かないのはそちらでしょ? この婚約の契約書には、私を蔑ろにしないって書かれているんですよ。で? ジオル様は、私との会話をマリンさん経由じゃないと出来ない? 蔑ろと何が違うんです?」


「だからそれは、ジオルが私が居ないと喋れないからで」


「そのマリンさんとは自分の意思で話せるんでしょ。ということはマリンさんとジオル様とは会話が成立する。それで私とはマリンさんが立ち会わないと会話出来ない。それが依存なのかマリンさん以外には会話出来ない程赤面するとか、何か理由があるのでしょうが、私と直接話せない時点で私を蔑ろにしている証です。いいですか? どれだけ時間が掛かっても、ジオル様が無口なことが多くても、今の私は、ジオル様と二人で会話をしたかった。それが私の意思です。それを無視したのなら蔑ろですよね? 契約書の一番目に私を蔑ろにしないってあるんですよ。まぁ契約書の内容のどれか一つでも破れば婚約は取り消せます。つまり破棄。ということでさようなら。慰謝料をもらいますし、我が商会の手助けは無いと思って下さいね。それじゃ」


 私はいつまでも此処に居る時間が惜しい、とさっさと歩き出す。


「待って、待ちなさい!」


 とか、叫ばれてますが無視です、無視。


「ジオルっ! あんたも彼女を止めてっ! 彼女と結婚出来ないとあんたの家の商会、潰れちゃうよっ!」


 あら、なんで“ただの”幼馴染さんがそんな内情をご存知なんですかねぇ。まぁどうでもいいですね。大きな声で叫んでいるから聞こえて来ますけど、既に私は案内されていたジオルの家の応接室を出て玄関に居ます。扉を開けようとしたところで、私を応接室に案内してくれたメイドさんが慌てて出て来ました。


「お仕えする方にお伝え下さい。ただの幼馴染さんが立ち会わないと会話も出来ないような人は、私を蔑ろにしていると見做して婚約破棄します。今後のことは商会の長同士で話し合うということで」


 笑顔を浮かべつつイヤミを述べてとっとと帰りました。

 帰宅後、父に私がジオル家に到着してから帰るまでの出来事を余すことなく伝えると、父は「分かった」 と感情が乗っていない口振りで了承する。もしや……。


「ジオル様との婚約はマリンという幼馴染が居ることを分かっていた上で結んだわけですか」


「まぁな。お前も知っていたんだろう?」


「有名でしたからね」


 商人なのに情報を父が知らないわけがない、か。おまけに真実かどうか調べてあったに違いない。商人仲間どころかこの辺り一帯の富裕層の平民には、あの二人は有名だった。何しろマリンの家は貧乏とまではいかないが、贅沢は出来ないはずなのに、身の丈に合わない服や持ち物ばかりだったからだ。それをまた「お金持ちの幼馴染がぁ」 とあの口調で自慢していたのだから、ジオルが買い与えていたのは明白。

 ジオルは気が弱いと聞いていたからマリンに逆らえなくて買わされていたのかと思ったが、あれは依存し合っているだけだ。つまり自信を持たせてくれるマリンに買い与えていたのが真相だろう。買わされていたのなら二人を引き離してもいいか、とは思ったが……引き離すことは難しいと判断したからとっとと立ち去った。


 マリンに買い与えていたのも赤字経営のジオル家を少しは圧迫していたのだろう。マリンはおそらくそんなことは考えていないが、赤字なのはジオルから聞かされたはず。だから私との婚約がきちんと成立し、結婚してもジオルから色々買ってもらえるとでも考えた……と見るべきでしょうね。

 あらあら。今度は我が家に金を出させようとしたんですか。でも、そこまで私は優しくもないし、穏和でもないし、甘くもないわよ。父は私のそんな性格を知っていて、敢えてこの婚約を取り付けた……?


「もしかして、最初からあの商会を潰すか傘下に入れるおつもりでしたか」


「ばれたか」


 やはりそういう意図が。多分、お人好しな父だから同情したのは事実。ジオルとマリンの噂は耳にしていたから、それが単なる噂というか、私が思ったようにジオルがマリンの言いなりであったならば……ジオルの家の商会を再興する手助けはしたのでしょう。

 でも調べてみて、ジオルとマリンは依存し合っている関係だと気付いた。それならば、再興したとして、ジオルがマリンに貢ぐことを辞めないのなら……意味を為さない。だから父は契約書に私を蔑ろにしない、と明記したのですか。親心もあるでしょうけど、あの商会をどうにかするためには、ジオルを切り離さないとならないって考えたのでしょうね。


 ジオルは跡取り。いくらなんでも他所の跡取りを廃嫡しろ、と婚約者の家が口出しは出来ない。だから私を蔑ろにした、ということで婚約破棄からの慰謝料を払ってもらう流れで慰謝料は払えないだろうから商会をもらう、という流れにしたわけですか。お人好しでもやっぱり父は商人。損得勘定はお手のもの、か。

 まぁジオルが商会長になってもマリンに貢ぐことを辞めないのなら、商会が立ち行かなくなるわけで。商会で働く従業員達の生活が支えられないなんて、それこそ父は見逃せないでしょう。上に立つ者として下を守るのは当たり前ですからね。つまりまぁ、あの商会をジオルから取り上げるのが目的だったわけですね。納得です。


「私の役目は終わりでしょう。後はお任せします。失礼します」


「まぁ待て待て」


 父に暇の挨拶をして自室で着替えた後はのんびりお茶を飲もうと思っていたのだが、止められたので首を傾げました。


「ピオネーに無理をさせたのは分かっていたからな。お前が会いたいだろう人間を呼んでおいた」


 私への褒美という事でしょうが、会いたいと思う人? 父に庭へ向かうように言われて足を向ける。そこに佇んでいたのはーー


「シャルド?」


「やぁピオネー。ただいま」


「お帰りなさい、いつ?」


「帰国の知らせはだいぶ前に会長に出したけど?」


 シャルドは私の年上の幼馴染。シャルドのお父さんが私の父の右腕として父の商会を盛り立てていて、シャルドも自分の父親と私の父の働く姿を見て商人になると決めて十三歳の時からこの商会の下働きとして雇われた。それから七年。他国への買い付け商談をシャルド一人が任せられる程の頭角を表していた。


「知らなかったわ。シャルドが今日此処に来ることを知っていたから父が私に声をかけたのね」


「帰国したのは昨日だけどね。前から会長に頼んでいたことがあったのさ」


「父に?」


 私が驚いた顔をすればイタズラが成功したように戯けた笑みを浮かべながらシャルドが父に頼み事をしていた、という。その頼みは気になるけれど、それよりも、その戯けた笑みが子どもの頃から変わっていなくて胸が疼く。


 シャルドは私の初恋で。


 父に構ってもらいたいのに、いつも仕事ばかりであまり遊んでもらえず、不貞腐れていた頃のこともシャルドは知っている。シャルドは不貞腐れた私の頭を撫でながら、父の代わりに遊び相手になると戯けた笑みを浮かべて追いかけっこをしたり絵本を読んでくれたり一緒にお菓子を頬張ったり……と常に居てくれた。

 今思えばシャルドのお父さんが私の父と仕事ばかりだったのだから、シャルドだってお父さんと遊びたかったはずなのに。私と遊んでくれていた。ある日、庭で駆け回っていた私が転んで泣いた時は、すっ飛んで来て慰めてくれて擦りむいて痛い膝に更に泣いている私の手を握って、使用人のところに連れて行ってくれて手当をしてもらう時も側にいてくれた。その後で。


「ピオネーはすぐ泣くから僕がピオネーを守るよ。泣かないようにずっと側にいる」


 と力強く笑ってくれた。その時から彼は私の初恋になったけれど。シャルドの夢が商人で、あちこちの国に買い付けに行くことだと分かって。私は彼を諦めた。父の跡取りとして私には兄がいるし、大きくなるにつれて、あちこち買い付けに行くシャルドを家で一人待つのは寂しくて出来そうにない、と思ったから。行かないで、とは言えない。

 でも。

 幼い頃、父に仕事で遊んでもらえなかった時以上に、家でシャルドの帰りを一人で待ち続ける生活が出来る程、私は強くないから。


 幼い頃の初恋を私は思い出として蓋をした。

 それなのに……


「ピオネー」


「なに」


「結婚して欲しい」


「……は?」


 プロポーズされてしまった。

 思わず何を言ってるの? とマジマジとシャルドを見てしまう。


「結婚しよう」


「えっ? は? なぜ?」


「僕はピオネーが好きだし、ピオネーだって僕が好きだろ。あの時ピオネーはすぐ泣くからずっと側にいるって言ったじゃないか」


 私がどういうこと? と首を捻ればシャルドが当たり前のように私を好きだという。そして私の気持ちも知っている、と。幼い頃の約束まで持ち出して。


「で、でも」


「今日のことは会長から聞いてたし、ピオネーが婚約を無かったことにするって分かっていたし。僕があちこち他国に商談に出かける事は、問題無いよ。会長にはピオネーと結婚して、ピオネーを連れて行きますからって言ったし」


「えっ? 私、一緒に行っていいの?」


「いいって。……それで? 返事は? 僕と離れて生活しないんだし寂しくないでしょ。結婚するでしょ」


「……はい」


 なんだろう。私がずっとシャルドを忘れようと無理に気持ちに蓋をしたことも見抜かれているみたいだし、寂しく思うことも解決されてたし。今日のことだって断って当然だと思っているみたいだし。……プロポーズを私が断らないって思っているみたいだし。シャルドってこんなに強引だったかしら。

 でも。

 悔しいけど、私はシャルドのプロポーズを断れない。

 結局頷く以外、結論なんてないのだから。


 シャルドはにこっと笑って「素直なピオネーが大好きだよ」 なんて言ってきて。私のことは何でもお見通しとばかりなシャルドにちょっとムッとしながら。それでもやっぱり大好きなシャルドに笑いかけた。


「じゃあ僕の父と会長に、ピオネーと結婚することを報告して。結婚式とかこれからの生活のこととか話し合おうか」


 なんて、急なことを言ってる。


「えっ、急じゃない?」


「大丈夫。言っただろ。会長には前から頼んでいたことがあるって。今回の買い付けが成功したらピオネーに求婚させて下さいって頼んでいたんだ。そしたら会長は、ピオネーには婚約者が居るとか言うからさ。色々調べたんだよ。で。調査の結果、初顔合わせでピオネーは婚約破棄を告げるだろうから、初顔合わせの日が決まって教えてもらって。買い付けが成功して帰国した後の顔合わせだったから。ピオネーに求婚しようって思っていたんだよね」


 どうやら私の知らない間に色んなことが父とシャルドの間で決まっていたらしい。周囲の許可を得てから私に話をするシャルドは、さすがは商人と言うべきところ?


 まぁ、初恋が叶ったわけだし、まぁいっか。


「それにさ。君の金が混じった銀色の髪を撫でるのも茶と混じり合った金の目と見つめ合うのも、僕だけにしておきたいからね」


「何か言った?」


 シャルドが何か呟いていたから尋ね返したけれど「なんでもないよ」 なんてはぐらかされてしまった。気になるわ。でも他愛ないことで笑い合える相手で初恋のシャルドと結婚出来るのなら、大したことないって思うべきかしらね。



(了)

お読み頂きまして、ありがとうございました。


この後、シャルドと一緒にプロポーズを受け入れたことを父に報告したピオネーは、父がいそいそとシャルドにも婚約契約書(ジオル家に提出したものと同じもの)を提示して、シャルドから「えっ、条件はこれだけでいいんですか? もちろん守りますよ。当然でしょう?」 と満面の笑みを浮かべてサラサラとサインをされ、そのまま目の前でピオネーとイチャイチャしようと喜ぶシャルドに「結婚前に手を出すなよ」 と釘を刺すけれど「えっ? 契約書に書いてなかったですよね?」 と真顔で言われて歯噛みをする父を初めて見るという経験をします。


(おしまい)

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