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二、三島神社

 仮屋湾に浮かぶ三島は、その名の通り、もとは三つの島から形成された島だった。今は十メートルほどの橋と陸地が繋がり、行き来が可能となっている。

 このうち「三島公園」は玄海町が景観や環境を壊さないように整備した自然公園である。日本において国立公園に準じる景勝地として、自然公園法に基づき、環境大臣が指定した国定公園の一つである。そのため、三島国定公園の管理は玄海町が担っており、整備された遊歩道を通って約一時間で島を一周できる。

 青海高校の前を出発したちゆるたちは、国道を道なりに北上し、民宿を過ぎた辺りで三島と陸地を結ぶ橋を渡った。そのまま真っ直ぐ進むと玄海海上温泉パレアの建物が見えてくる。

「ねぇ、せっかくだから少し寄り道してもいい?」

「寄り道?」

 樹希の提案に、ちゆるは首を傾げた。

「ああ、三島神社ね」

 海咲の方は樹希の意図を察したようだ。

「当たり! せっかくなら願掛けしてから臨もうよ!」

「賛成!」

「異議なし」

 ちゆると海咲も、樹希の後に続く。

 玄海海上温泉パレアの駐車場に入ってしばらく行くと、右手に真っ白な鳥居が立っているのが見えて来た。

「わぁ、綺麗!」

 ちゆるが鳥居を見上げながら興奮した声を上げる。

「一の鳥居だね。奥が二の鳥居……鳥居は全部で三つあるよ。それにほら、ちゆるん。これ見てみなよ。石灯籠の上」

 一の鳥居をくぐってすぐ、樹希がちゆるを振り返った。

「上? うわぁ、狛犬が逆立ちしてる!」

 樹希に促され、ちゆるは視線を上げた。参道の脇に設えられた石灯籠の上には狛犬が乗っている。しかもその姿がなかなかユーモアにあふれていた。どっしりと威嚇するようなもの、ちゆるが見惚れているような逆立ちした姿のもの、なかなかあまり見かけない躍動感に満ちた姿だった。

「面白〜い!」

 ちゆるは持っていた携帯電話で写真を撮る。

「こういうちょっとした面白いものって、見つけると嬉しくなるよね」

「うんうん」

 脇から画面に映った写真を覗き込んだ樹希に、ちゆるは何度も頷いた。

「ところで、この三島神社って何の神様を祀っているの? 釣りの神様?」

 ちゆるがそう尋ねれば、海咲が難しい顔になった。

「うーん……祀られている神さまは基本的に五穀豊穣のご利益、かな?」

 三島神社は普恩寺集落の東の字門前にある値賀神社の分霊である。値賀神社の祭神は天忍(あめのおし)穂耳尊(ほほみみのみこと)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)須佐之男命(すさのおのみこと)の三柱。

 天忍穂耳尊は五穀豊穣、伊邪那岐命は子孫繁栄や長寿繁栄などご利益の幅は多岐に渡り、須佐之男命に関しては海原を治めるエピソードが日本書紀や古事記で記されていることで有名だ。そのため「海」と関連深い神様と知られているが、実際は水難除去だけでなく、五穀豊穣や商売繁盛などのご利益があるとされている神さまだ。

「なんかイメージと違う。てっきり、海に関わるご利益だけかと思ったけど……」

 ちゆるの感想に、樹希は笑った。

「まぁ、ちゆるんの言い分もわかるけどね。でもそれだけ、玄海町の人々は昔から海産だけでなく農業や商業にも力を入れていたってことなんだと思う」

 樹希は歩を進めながら、続けた。

「昔から玄界灘は良港として栄えていた。当時としては舶来品や外国の技術の一端に触れる機会もあっただろうし、山や川にも恵まれた土地柄だから農作物も育てやすい」

 それに……、と樹希は二の鳥居をくぐり、石段を上る。彼女の後を、ちゆる、海咲の順で続いた。

「海を守るためには、山の環境を守ることも大事なんだよね。昔、山林の過剰な伐採によって、海に赤潮が度々起こるようになったって話……聞いたことない?」

「赤潮……なんとなく、聞いたことあるような……」

「赤潮って言うのは、プランクトンの異常増殖によって、海などの水域が変色する現象だよ。水が赤く染まることが多いから『赤潮』って呼ばれているけど、実際の水の色は、原因となるプランクトンの色素によってオレンジ色だったり、茶褐色だったりする。魚介類を死なせてしまうから、養殖や漁業は大打撃を受けるんだ」

 わずかに首を捻ったちゆるに、海咲がすかさず解説した。

「その赤潮のせいで、当時、被害のあった県では養殖していた牡蠣の身が赤くなる『血牡蠣(ちがき)』って現象が起こって、売り物にならなくなってしまった。だから地元の漁師さんたちが山に登って植林を始めたの。おかげで山の土に含まれた豊富な栄養が、また海へ流れてくることができるようになって海の異変も落ち着いたって話だよ。つまり、その土地を繁栄させるためには海産だけ、とか農業あるいは酪農だけっていう風に視点を狭めるんじゃなくて、幅広い分野でそれぞれが最適な環境を整えていくことが、結果として地方の地場産業を全体的に押し上げることに繋がるんだと思う」

 三人は参道を過ぎ、三の鳥居をくぐって再び石段を上る。

「だから、こうして神社で祀られる神様のご利益が一見関連がなさそうに見えても、実際はどれも必要なことなんだって後世の人に代々伝えているんじゃないかな!」

「なるほど! 樹希ちゃん、物知りだね!」

 ちゆるが樹希の背に熱い視線を送る。振り返った樹希がどこかはにかむように笑った。

「私さ、将来はこの町の観光を支えたいって思ってるから、今から色々勉強してるんだ! 釣りをするようになったのも、みさきんに『まずは海に学べ』って付き合わされたのがきっかけだったし」

「いや、何で釣りをしているのかって聞かれたからその理由を話しただけだし」

 ちゆるの後ろで、海咲がぶすっと唇を尖らせ抗議した。

「樹希ちゃん、かっこいい……!」

「ふふん、ゆくゆくは玄海町の観光界にその人ありとうたわれるくらいになりたいなぁ。『玄海の観光女王(クィーン)』なんてどう? 大物感あるじゃない?」

 ちゆるに褒められ、まんざらでもない様子の樹希が胸を張った。

「いや、その呼び名恥ずかしくないのか?」

 海咲が真顔でツッコんだ。

「あ、本殿が見えてきたよ」

 参道脇の狛犬たちに見送られ、ちゆるたちは境内にたどり着く。正面に現れた拝殿は白んだ空の下、厳かな雰囲気の中に佇んでいた。

「あ、五円玉ない……」

 財布を漁っていたちゆるが、しゅんっと項垂れた。落ち込むちゆるに、樹希がカラカラと笑う。

「別にそこはこだわらなくていいんじゃない? 十円とか……最悪、一円でも神様は怒らないよ」

「おいそこ、ケチるなよ」

 樹希の物言いに、海咲が呆れ顔でツッコミを入れる。

 三人は十円玉を放り、パンパンッと手を打ち合わせた。

「十円入れたから、今日の釣果は一人十尾で!」

 満面の笑みで強請る樹希。

「がっつきやめい。欲望だだ洩れして、一尾も釣れなくなったらどうする」

 ため息をついて注意する海咲。

「さすがに一人十尾も釣れたら、食べきれないかな……」

 苦笑を浮かべて現実的な問題を指摘するちゆる。

「さ、そろそろ釣り場へ行こうか」

「だね」

「ご利益あるといいなぁ」

 三人は口々に言い合いながら、通って来た参道を引き返した。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2023

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