第2話 異変
いつもと変わらない日常。プライベートなので詳細は伏せる。いや、それってどうなのよ、って? 知るか。言いたくないものは言いたくないのだ。とにかく、こんな日常なんて滅んでしまっても良い、くらいには思っていた。最近は世の中が壊れてきているような予感はしていたものの、いきなり滅ぶとか、そこまではさすがに現実味が無かったので、たいして背徳感なくストレス発散の一環として、そんな空想をなんとなくしていたものだ。
静かな朝だった。低血圧っぽくて寝起きは悪い方なのに、なぜか目が覚めた。今から思えば、静かすぎるあまりに、ふとした瞬間、夢うつつの状態が解除されたのかもしれない。そういう生理系には詳しくないので、ただの素人の感想である。
「……子供の声が聞こえないな」
独り言を言う癖については勘弁してほしい。普段からあまり人と喋る機会が無いので、意識して口を動かしていないと、口が回らなくなってしまうのだ。自分の声を耳で聞き、言っている内容がちゃんと聞き取れるかどうかの確認は必要なのだ。ちなみに、キーボードをたたいて文章を書くのは日常そのもので、テキストチャットで問い合わせたり、SNS等で崇高なる戦いを繰り広げたりもしてきたから、頭そのものが回らなくなる心配はない……はずである。
「そもそも車が走る音とか、外から音そのものが聞こえてこない」
自分の声は聞こえているから、耳がおかしくなったわけではない。何かあったのだろうか? みんな避難してどこかに行った? 寝ている間に、また変なウイルスでも広がって、みんな中で閉じこもってる? スマホでちょっとチェックしてみるか……全国的には特に何も無いようだな。この地域のニュースとかは普段は気にしていないから、どう調べたものか……とりあえず窓から様子でも見てみるか?
外を見ても、特に異常は感じられない。いや、人の気配が全くないのは異常なのかもしれない。この時間帯は普段はどうなっているんだろう……これも気にしたことが無かったな。ただ、朝は子供の声とかは聞こえてきていたはずだ。ウルサイなあと思いながら起きるのが日課だった。自然の目覚ましとでも言うのだろうか、人の声なんだから自然ではないか。まあ自分で設定する必要が無いのだから便利と言えば便利だ。でも今日は声なんかなくても起きられたのだから、やっぱりウルサイだけだったというオチなのかな?
「とりあえず今日は、外に出るのはやめておこうか。気味が悪い」
避難の指示みたいなのが聞こえてこない限りは、差し迫った脅威みたいな雰囲気は微塵も感じられないことだし、家の中でじっとしていよう。こんな時にテレビがあれば、つけっぱなしにすることで何が起きているのか確認しやすかったかもしれない。生憎そういう生活スタイルをしてこなかった。テレビが家にあるだけでいろいろ面倒だとか聞いてたから、そんなモノとは無縁な生活をしてきたのだ。文句を言う向きもあるかもしれないが、そのくらいの自由は許してくれ。
とにかく、ネットは普通に使えるようなので、テキトーに今日何が起こっているのかを緩く調べながら、いつもの日課をこなすとしようか。そうしているうちに、いつものように外の事など気にならなくなって、いつの間にか普段通りになっていくんだろう。それでいい。リアルの世界の事なんてネット越しになんとなく眺めていれば、それで充分だ。私には関係ない。静かなのは良いことだ。集中できて作業が捗るだろう。
うーん。もう夜になっちゃったけど、結局なにも起きなかった。外も、ずっと何も音がしないままだった。私だけを置いて、この世から人がいなくなったとでもいうのか? いや、ネット越しでは、いつものバカどもが相変わらずバカをやっていた。そいつらに外の様子を聞いても取り付く島が無かった。私以上にリアルと縁を切っている奴らだから仕方がない。他にまともな知り合いはいないのか……こんな自分に文句を言うのも仕方がない。今日の事は忘れて、さっさと寝よう。明日になれば案外あっさりと、いつもと変わらない日常が戻ってくるかもしれない。
「……戻ってきて欲しいのかな。どうでもいいような気もする」