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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

掴めなかったもの

作者: 猫宮蒼



 幼馴染でもあるリゼに呼び出されたのが二週間前。

 その時に聞かされた話は、その更に一週間程前に起きた事件についてだった。


 何の罪もないご令嬢を悪役令嬢に仕立て上げ、婚約破棄からの処刑。

 しかしその結果、悪役令嬢に仕立て上げたご令嬢も死亡。


 仕立てた側は処刑されたわけでもなく、処刑が成立した直後の死亡であったために一体どういう事か、と世間では様々な推測が出回ったらしい。

 そしてその場に居合わせてしまったリゼは、わけがわからなくて怖い、とのたまいホントかどうかはどうでもいいから納得できるオチが欲しいと自分を呼び出したわけだ。


 リゼから聞いた話だけを合わせて考えれば、単純に因果律が逆転した結果、と言えない事もないような出来事だった。


 つまり、仮初の悪役令嬢を処刑さえしなければ死ななかった。殺した結果、罪を犯していないのに罰を負わされたため、罪になるはずだった事象もまた起きてしまった。

 魔法の扱いをミスった結果の自業自得といえばそれまでだ。


 予知魔法だと思われたそれは、聞けば聞く程予知ではなく願いを叶えるだけの魔法に思えた。

 使い方次第ではとても便利だろうけれど、願いの規模によってはとんでもない事になるので間違いなくその魔法は世の中に出回る事はないだろう。そもそもその魔法を生み出してしまったらしき令嬢は既に死んでいる。新たな魔法の生成に成功した、という申請を出していたならもしかしたら……とは思うが、リゼの話から考えてきっとそのご令嬢は生み出した魔法を申請していなかっただろう。

 仮に申請していても危険だと判断されてその魔法は世に出る事なく封印指定されていたに違いないが。


 自分の考察というか、想像を聞いていた者があの時周囲にいたのだろう。

 どうやらそれは噂となって街中を巡って、さも真実のようになってしまった。証拠なんてどこにもないのに。


 ついでにその日から三日後には魔法開発に関する新たな法が作られていた。こういう時ばかり国は仕事が早いものだな……


 とはいえ、その法がどこまで役に立つかはわからんが。


 大体、作ったとしても申請しないで使えばいいだけの話だし、下手に世の中に出回るような事をしなければ、誰かにそれを知られなければそんなものは無かったことと同義にされる。

 実際自分も……いや、やめておこう。ちょっとした好奇心が暴走した結果ではあったが、それを表に出してはいけない。


 リゼと別れて二週間。

 たった二週間だ。


 まさかまた会いたいなんて連絡が来るとは思っていなかった。

 リゼの事は幼馴染であって付き合いも長く嫌いではない。そもそも嫌いであったりどうでもよければ自分の記憶からは抹消されているので、長い間彼女の事を把握できているという点で好ましい相手だというのは言うまでもない。

 だが、自分からは別にわざわざ用もないので会おうと言う事もなく、リゼもまた用がなければこんな風に誘ってきたりはしなかった。


 そう。

 つまりこういう呼び出しがあるというのは、何かがあったという事だ。


 リゼは昔からちょくちょく面倒ごとに巻き込まれたりしているのだが、基本的に殺しても死にそうにないタイプなので自分としても正直心配はしていない。

 とはいえ、前回からたった二週間でまた連絡が来るとか今度は一体何に巻き込まれたんだろうか。

 連絡が来たのは三日前。

 ただの手紙ではなく音声を録音する事のできる魔法紙による手紙、それも特急便でどうしても会って聞いて欲しい話がある、なんて言われたので、何かがあったとしてそれよりも前。

 下手したら前回別れてから次の週くらいに何かあったと考えてもいいだろう。


 前回とは違うカフェで待ち合わせることとなった。



 いつもなら。

 いつもなら自分が来た時には既にリゼが待っているというのが大抵のパターンだ。自分が遅く来るからと言っても別に待ち合わせの時間に遅れる事はない。だが今回は自分が待ち合わせ場所に赴いて、ざっと店内を見回してもリゼの姿は見えなかった。


 仕方なく店員に話を通して席に案内してもらう。


 そうして待つ事しばし。

 予想していた時間よりも少し遅れて、リゼはやってきた。


 その足取りは店に入ってきた時点で重く、何というか表情にも生気がない。げっそりとしている。あからさまにやつれてはいないが、なんて言うかこの世の全ての幸運から見放されたらああなるんだろうな、みたいな不幸オーラが漂っていた。


「ごめぇん、途中で変なセールスに捕まっちゃってさぁ」

 しょんもりとした様子でやって来て、最初にまずは遅れた事に対する謝罪が出てきた。


「何だ? 幸運を呼ぶ壷だとか運気を上げる絵画とかでも売りつけられるところだったか?」

「もしかして見てた?」

「いや。雰囲気からしてそんな感じがしただけだ」


 適当に言っただけだがどうやら当たったらしい。

 なるほどな。そういう連中からしても見た目からしていいカモにしか見えない。自分でもわかるのだから、そりゃ普段からそういった連中をカモにしている奴らからすればまさしく、といった感じだっただろう。


 今日はまだ食事をとっていなかったので、メニューからがっつりめのやつを注文する事にする。

 リゼはメニューを見ながら、あまり食欲がなかったのかスープとサラダだけを注文した。もっとしっかり食べた方がいいのではないだろうか、とは思うが無理に食べても身体が受け付けない事もあるからな。仕方ない。


 運ばれてきたサラダをちまちまと食べているリゼを、同じく自分の頼んだハンバーグステーキ特盛セットを食べつつちらっと観察する。


 一体何があったらここまで凹むんだろう、というくらいしょぼ~んとした雰囲気が周囲を漂っている。

 給料日に財布落として挙句借りてたアパートが火事になって衣食住の大半が一日で消失した時だってここまで凹んでなかったリゼが、ここまでなってるとなると……なんだ、あとは何がどうなればこうなる?

 友人とか身内が亡くなった……? いや有り得るけれどもそういう話ではなさそうだ。そもそもリゼと自分の知り合いは割とかぶっている。とりわけリゼが親しい間柄の人物となれば。だがこちらにそういった訃報は届いていない。


 普段研究でロクに世間の話に耳を傾けないとはいえ、届けられた手紙は目を通しているしそういった情報がないのは確かだ。


「実はさぁ、少し前に監禁されて」

「まて」


 二週間前に別れた後で、何がどうしてそうなった?


「幸いすぐに助け出されたから、まぁ、何事もないっちゃないんだけど」

「何事も、というのは生命の危機という点とあとは貞操か?」

「ぶっちゃけるとそう。でもさ、何か、その」

 リゼは視線を落ち着かないように彷徨わせている。先が気になるがここで急かしても意味がない。だからこそじっとリゼの言葉の続きを待った。



 リゼを監禁した相手というのが、何とまさかの自分の知り合いであった。


 ホムンクルス研究の権威。自分よりは年上だが、それでもまだそういった界隈では若者扱いされる年齢だ。というかこっちの世界は基本的に生涯現役だという連中が多いので世間一般から見れば間違いなくおじさん扱いされるのは確実なのだが。


「いやまて、確かその人は数日前に死んだという連絡が……」

「うん、そうだね。私が脱出した直後だと思う」

「お前が殺したわけではないんだろう? 何故そこまで落ち込んでいる」

「お前が殺したのか? って聞かないんだね」

「殺す理由がない。お前の事をロクに知らんやつは疑うだろうけれど、そもそもお前は生かしてその分生き地獄を味わえ、っていうタイプだろう」

「それはうん、そうなんだけど」



 監禁されたリゼ曰く。


 てっきり殺されるかと思いきや、そうはならなかったそうだ。まぁそりゃ生きてるわけだしそうなんだろう。

 監禁された、といっても何もない地下牢みたいなところに突っ込まれたわけじゃない。一見すると本屋に見えなくもないような、本がたくさんある部屋に閉じ込められたのだとか。


 本か……一体どんな書物があったのか気になるところだが、それをリゼに聞いたところでわかるはずもないだろう。本のタイトルの一つ二つはもしかしたら記憶にあるかもしれないが、それだって余程印象に残るタイトルじゃなければ……といったところか。


 書斎、というよりは本屋のようだった、とリゼは本がね、こんな感じに陳列されてたの。なんて言いながら身振り手振りで説明し始める。


 棚の中に本が詰められているだけならともかく、いくつかの本は表紙が見えるように平積みされていたりしたようで、確かにそういう並べ方をされると本屋っぽいなと思えなくもない。しかも同じタイトルの本が何冊か詰まれていたらしく、余計に本屋のようだったそうだ。


 同じ本を何冊も……?


 何故、そんな事を……?


 ともあれ、リゼはその部屋に閉じ込められて、何がなんだかわからないままその部屋の中をうろうろしていたらしい。部屋はかなりの広さだったらしく、ぐるりと一周するだけでもかなりの時間がかかったとか。


 そうこうしているうちに、リゼを閉じ込めた張本人である彼――博士と呼ぶべきか――がやって来て、四年前と同じことをしてほしいと言ったのだとか。


「四年前……?」

「うん、四年前って確かに言われた」


 四年前……?

 確か好きな人ができたかもしれない、とかのたまってたのが四年前だったと思うがそいつは確か結婚詐欺師で早々にお縄になってたし、そいつと出会ったのは本屋ではなかったはずだ。他に何か目ぼしいネタがあっただろうか。


「わけがわからない、って顔してたら一冊の日記を出されて、何がなんだかさっぱりだけどその日記を読んだらね? 多分あの人の娘さんの日記だったと思う。で、後ろの方に本屋で出会ったお姉さんに親切にしてもらったっていうのがあって、それが私、らしい」

「覚えてないのか?」

「四年前でしょ? しかも本屋で? 覚えてないよそんなの。ここに書かれてるのが貴方です、って言われてもピンとこなかったし、親切がどういう感じだったかも書かれてないから思い出すにも思い出せないし」


 まぁそうだろうな。

 考えられるのは落とした何かを拾うとか、上の方の本が届かなかったのをかわりにとってやるだとかか?

 リゼもそれくらいしか思いつかなかったらしく、博士にそう伝えたようだ。本人全く心当たりも何もないままだが、ともあれ博士はではそのように行動してほしいと言って部屋を出て――かわりに入ってきたのは少女だった。


 少女は虚ろな目をしていたものの、本屋に似せた室内を移動し――特に何か困ってる様子もなく、何かを落としたわけでもなければ上の方にある本をとろうとしたわけでもないので結局リゼは何もできないまま彼女の動きを見送って……そうして彼女は出ていったらしい。


 勿論その後博士からはどうしてしなかったのか、と叱責されたらしいが、そもそも物を落としたわけでもないので何を拾うのだという話だし、本だって上にあるやつをとろうとしたわけじゃない。であれば代わりにも何もあったものじゃない。

 そう伝えれば、次はきちんとやってほしいと言われ――


 また、少女が部屋に入ってきた。けれど結局少女は何をするでもなく店内に似せた部屋を一周し、何もないままに終わる。


 博士は少女にも叱責したらしいが、何度やり直しても結果は同じだった。


 何度やっても少女とリゼが関わるような展開にならない。それに苛立った博士は二人にどうしてだと詰め寄って――何だか殴り掛かられそうな勢いだったこともあって、リゼは咄嗟に少女を庇おうとしたらしい。こいつ考えるより先に動く事多いからなぁ……


 リゼも殴られる! と思ったらしく、少女の頭を庇うように抱きかかえつつ自分も殴られる衝撃に備えて目を閉じて歯を食いしばったらしいのだが。

 少女が隠し持っていたナイフを博士に突き立てて、彼は倒れた。


 刺されたナイフを信じられない物を見るような目で見て、次に少女にどうしてだ……と博士は問うたらしい。


「これが終われば次はワタシの番だから」


 虚ろな声で少女はそう返した。

 そしてリゼを連れ、外に出て、少女は警察に通報した上で屋敷に火を放った。そのまま少女は屋敷の中に。リゼはその場にぽつんと取り残されて――そして警察に回収され事情を聞かれ解放されたのだとか。

 ちなみにリゼはこの屋敷に二日滞在していたらしい。


 てっきり一日程度なら監禁とは大げさな、と思ったが二日なら確かにそうだな。事態が進展しなければさらに数日外に出られないままだっただろう。


「一応私が火をつけたわけじゃないってのはわかってもらえたし、解放されたけど、事情聴取とか色んな諸々終わったのが三日前。何がなんだかわからないからとにかくグレンに何となくでもどういう事か聞きたくてその場の勢いで連絡入れちゃったよね」


「前回会ってから今回までの間のたった二週間を随分濃く過ごしたようだな」

「ドギツイ日々だったよ。でもさ、私悪くないって言われても人死んでるじゃない。なのに詳しい事情はわからないままとかさぁ、精神がバキバキなんだわ」


 あぁ、事件の被害者としてはそうだが、別に直接関係ないのであれば詳細は伝えられないだろう。伝えるべき相手である、となった場合はともかく。


「屋敷が燃えたとはいえ復元魔法とかで証拠とかが出たわけだろう? だからお前は無実扱い。それでいいと思うんだがなぁ」

「でもすっきりしない。このままこの出来事を引きずり続けるのは日常生活に支障が出るから困る。真実じゃなくてもいいから、せめてそれっぽい感じの話でつじつま合わせて私を納得させてほしい。頼むよグレン」


「…………」


 あの博士の事情を知ってるから、まぁ確かにそれっぽい、というか大分正解に近いだろう話を想像する事は可能だ。でも間違いなく楽しい話にはならない。


 けど幼馴染の頼みだ。こいつがいつまでもしょんぼりしたままというのも何となくこちらの寝覚めも悪く感じられる。こいつは普段からあまり深く物事考えないで生きてるくらいで丁度いい。


 あの博士に関してはホムンクルス研究の権威だとは言われているが、詳しく知る者はそういないだろう。いや、研究してるこっち側界隈ならそれなりに知られているだろうけれど、世間一般だとそう詳しくはないはず。


 ……既に死んでる相手を悪く言うような事になるのもどうだかなぁ、と思いつつも、幼馴染のリゼとあの博士を天秤にかけるのであればどちらに傾くかなんて決まりきってる。

 だからこそ、楽しい結末はどこにもないぞ、と前置いて話を始める事にした。



「博士がリゼを攫った理由は単純だ。思い出のなぞり直しをしたに過ぎない」

「なぞり直し……?」

「お前が見た少女っていうのは間違いなくホムンクルスだ。それも、博士の娘に似せた外見の」

「えっと……?」


「あの博士な、結婚して子供生まれた時に丁度自分の研究で注目浴びたのもあって、そっちに掛かりきりになったんだけどな。

 元々あいつの奥さん、身体が丈夫じゃなかったらしい」

「え、それじゃ子育ては」

「旦那が研究研究でこもってるんだから、身体の弱い奥さん一人だったんじゃないか? あの博士のご両親は遠い田舎に住んでるって話だったし手伝おうにもそもそも年齢が年齢だ。難しいだろう。妻のご両親はどうだか知らん」

「えっ……せめてお手伝いさんとか」

「難しかったんじゃないか? 研究で注目浴びて次はどうなるか、って状況だ。そこに余計な人間入れて、そいつが研究成果を盗むためにやってきた奴の手の者じゃないと言えるか?」

「うーん……でもさぁ」

「そうだな。実際研究関連の物は家にはなかっただろうさ。だが、それでも警戒していた。当時は本当に色々あったようだから」


 研究関連の物が家になくても、妻からそれっぽい話を聞けないか……? なんて考えで近づく者もいたと聞く。明らかな研究のあれこれであれば警戒しようもあるけれど、普段の何気ない世間話から発展したちょっとしたヒントのようなものでもいい、と情報を求める者はいた。いやこれ全部当時の話を聞かせてくれた奴からの話だけど。


 この世界には様々な魔法が存在しているけれど、だからといって何でもできるわけじゃない。

 だからこそ、失ってから初めてそれが大切なものだと気付く……なんてどこぞの三文芝居にありがちな事を、博士は今更のように体験したのだろう。


「聞いた話だが、そもそも博士とその奥方の結婚は見合いで、お互い別に好きあってしたわけではなかったらしい。病弱なのを心配した妻の両親がそれなりに将来性のありそうな奴とくっつけて娘を頼むと押し付けた、なんて噂も当時はあったらしい。ここら辺はえーと、何か他にも噂があったような気がするが正直あまり覚えてないな……妻の一目惚れだとかってのも聞いた気はするが……」


 そもそも博士の事は知っているけれど、別段親しい間柄ではない。研究分野が異なっているので関わる機会も少なかった。それに……その噂を聞いた時は王立魔法研究院に入ったばかりだったから、お前にはまだ早い話かもなぁ、なんてにやにやしながら揶揄われたくらいだ。そこで更に詳細を求めるような状況ではないのは言うまでもないだろう。



「真相はわからん。あくまでも噂だ。だが、博士は妻をそれほど愛してはいなかったと思う。比率はあくまでもホムンクルスに偏っていた。

 だが、生まれた娘は溺愛していたようだ。妻が育てていたものの、結局色々な無理が祟った後亡くなって、その後残された娘を見てようやく……といった感じだったのかもしれない。ともあれ、研究一筋だった博士は徐々に緩やかに生活面にも時間をかけるようにして娘の面倒を見ていたとかどうとか」


「……うぇえ……それ娘の立場からしたら何かこう……微妙な気持ちになりそぉ……」


 リゼが何とも言えない表情を浮かべているが、言いたい事は何となく伝わる。

 確かになぁ……娘からすればもっと早くに手を差し伸べてくれていれば、母だって死ななかったのではないか? なんて考えただろうし。母が苦労していたのを見ていた分、父の手の平返しをどう思ったかは微妙なところだ。どう足掻いても研究で生活に時間を割けない、というのであれば諦めもついただろう。けれど博士は娘のために時間を捻出した。


「だが、その娘が事故で死んだ。確か四年前だな」

「四年前……」


 さっき似たやり取りをしたな、と思いつつもとりあえず頷いておく。


「そこからまた博士は研究にのめり込むようになった、とは聞いていたが研究院ではなく実家に移ったはずだ。荷物を纏めて出ていくのを見た覚えがあるからそこは間違いない」


 そうだ。あの時自分はそれを見て、研究院の方が設備も整っているのに何故わざわざ家に……? と疑問に思ったくらいだ。博士の事だから、家にもそれなりの設備があるからそちらでも問題ない、と結論が出たのかもしれないと無理に納得させたけれど。

 しかしリゼの話を聞けば、そうじゃなかったのだと思える。



「最愛の娘が死んだ事に耐えらえなかったんじゃないか? 博士はホムンクルスで娘を代用しようとした」

「代用って……そんな簡単な話じゃないでしょうに」

「そうだな。それができたら誰も何も苦労はしない。失ったものはどうにもならない。勿論、店で売ってる物であればまだしも、替えの利かない存在であればなおの事。

 そもそも、言っちゃなんだがそれは法律で禁止されている。ホムンクルスで既存の存在を作るのは禁忌とされている」


 そもそもあいつらに自我を植え付けるような行為も基本禁止なんだがな……事情があって必要性もあって、それらを申請して許可が下りればまだしも、それだって余程の事がなければ許可なんて下りない。だからこそ、博士は自宅で研究を行う事にしたのだろう。研究院でやらかせば即座に知れ渡るだろうけれど、自宅であればバレるまでの時間も稼げる。


「でもさ、その、そんな簡単に代わりを作れるの……?」


 リゼの言う簡単に、は製造過程ではないのだろう。

 気持ちの問題だろうか。ともあれどちらにしても簡単なはずがない。


「姿形を似せて作るだけなら可能だろうさ。だが、中身まで、となれば無理じゃないか?」


 考えてもみろ、と指を一つ立ててみせる。


 そもそも双子や三つ子といった外見が似通った兄弟でも中身は別だ。見た目が似ている事を利用して入れ替わって遊ぶ事はあっても、兄弟の振りをしている時点でそれは別の人物だ。入れ替わってもなお自分の言動を変える必要がないのであればともかく、そうでもない。


 それを言えばリゼは素直に頷いた。


「中身まで同じに育てるとなれば、それこそ同じように育てるしかない。だがそれでも全く同じになるか、と言われれば答はノーだ。何故って全部を全部同じように育てるにしたって限度がある」


 二つ目の指を立てる。


「生まれて間もないうちはともかく、ある程度大きくなるまでを本来の娘と同じように育てるとなれば情報が足りない。

 生活のルーティンはどうにかなるかもしれない。だが、外部からの刺激はどうだ? 全く同じにするのは無理がある」

「外部……あ、それって」

「お前が攫われた原因だろうな」


 とりあえず立てていた指を戻す。


 娘の日記が残っていた。だからこそそれを見てある程度必要そうな出来事は再現しようと試みた。

 同じような人生を歩ませれば、娘により近いホムンクルスができると思ったのかもしれない。


 とはいえ、全部を用意できるはずもない。

 幼い頃の面倒を見てくれていた母はとうに死んでいる。ではどうするか。

 恐らく母のホムンクルスも作ったんだろうと思う。とはいえこちらは大分ざっくり雑に作った可能性が高い。

 元々のオリジナルが病弱だった。だから、ある程度のところで死なせる必要があった。

 それを言えばリゼは露骨に表情を歪めた。


「とんでもねぇ冒涜ってやつだな」

「そうだな。だからホムンクルス関連の法律も結構面倒なのが多い」


 興味はあるんだけどなー。けど魔法そのものからちょっと逸れるから学ぶとなると必要な資格をいくつかとらなきゃだし、そこまで手広くは無理っぽいんだよなー。

 あと、倫理テストが厄介。あれ倫理っていうか哲学テストって揶揄されてる。つまり、どう答えても正解かどうかがハッキリしない。それテストか? と突っ込んではいけない。更に面倒な事になるから。


「ホムンクルスは成長速度もいじれるから、何度かは失敗してるんだと思う。娘を育てるために関わった存在を他のホムンクルスで作って何度かは試したはずだ。でも失敗した。ホムンクルスで代用した結果、娘が実際に体験したのとは異なる状況になった可能性がある、と思った博士はでは実際に本人を用意しようと考えた。

 とはいえ、日記に書かれているのが友人だとかの親しい相手ならまだ調べようはあるが、そうじゃなければお手上げだ。娘本人が生きていたなら直接話を聞く事もできたかもしれない。だが既に死んでいる。

 死霊術の中の降霊関係が得意なら死者の魂を呼び戻して話を聞けたかもしれんが……そこまで思いついていたかは微妙だな」


「そもそも死霊術って存在は知られてるけど実際使える人今いないんじゃなかったっけ?」

「そうだな」


 あれも使うためにはとんでもなく面倒な試験受けて、資格もとらないといけない。

 あと、必ずしも魂を呼び戻せるとは限らないので、使ってもそれに至るまでの労力に見合う感じがしない。

 あれ今から覚えようとか考える奴多分いないと思う。

 死体を操るとか全く使えないわけじゃないんだけど、使いどころが限られてるのもあってあんなもん一部の変人しか習得していないカテゴリダントツ一位の術と言われている。


 ちなみにそのくっそ使いどころが難しい術を、自分は使える。

 使えるが使いどころはマジでない。研究院内部で使う事もまずない。というか死体をうろつかせるとか常識で考えろ。迷惑だろう。交霊も降霊も魂があればともかく、とっくに消滅してるとか成仏してるとかだと目当ての魂を呼び寄せられない。だがしかし魂がまだあるかどうかを確認できる方法が今のところない。


 精々あれだな。部屋の片隅で死んでた虫の死骸とか直接触りたくない時とかに使って自らゴミ箱に入ってもらうとかくらいの使い道しか今のところないんだよな。なんという魔力の無駄遣い。


 もし、降霊術が使えるのであれば、博士もきっとホムンクルスに死者の魂ぶちこんで第二の娘育成計画に利用していた可能性はある。だが使えなかったので地道に日記にあった展開に似せた日常を代理娘に疑似体験させていたに違いない。

 だが結果は思わしくない。

 やはり偽物ではだめなのか……そう考えて、せめてできる限りご本人を用意して娘に体験させよう、とか考えたんじゃないだろうか。

 多分博士の精神面を考えるともうマトモな思考回路じゃなくなってる可能性はあっただろうな。


 そして何の因果か、四年前娘が本屋で出会った女の存在を知ってしまった。そしてそれがまだ生きててしかも身近なところにいたとなって、恐らく攫ったのだろう。それが、リゼが博士の屋敷で体験した出来事なわけか。



 だがリゼはその出来事を覚えていなかった。そもそも、ホムンクルスの娘も本当の娘じゃないしオリジナルが本屋でどういう行動をしたかまで書かれてるわけじゃない。その通りに、四年前の行動をなぞれるはずがない。というか、娘であれと思われ育てられても、その時点で娘とは異なる育て方になっているのだから、同じになるはずがないだろうに。


 食事だって成長速度いじってるなら摂取する回数は少なくなっているだろうし、であれば摂取できた栄養も異なる。そも、生まれた直後の赤子であったオリジナルは母乳で育ったはずだ。母が病弱であったとしても、一滴も飲まなかったというわけではないだろう。

 だがホムンクルスはその時点で同じではありえない。


「えっと……じゃあ、その博士がした事って最初から最後まで……」

「失敗だった。そうだろう? お前はホムンクルスが博士を殺したあとの言葉を聞いているな?」

「うん、これが終われば次はワタシ、そう言ってた」

「恐らく、幼少期の母と二人きりだった頃を追体験させて、用が済んだら母役のホムンクルスは処分されていたのだと思われる。そしてそれを少女ホムンクルスは見てしまった。

 娘と同じように育てて、娘になったとしても最後には死ぬ。その死ぬまでが刻々と近づいているのに娘として振舞え、とホムンクルスは言われたも同然だ。

 だが、ホムンクルスは主の命をこなそうとしていた。本来であればそれで良かったのかもしれないが、博士は少女に自分の娘と同じである事を願った。結果芽生えた反抗心。

 最初から、失敗が見えている研究結果だった。それだけの話だ」

「えぇぇ……」


 さっきからリゼの表情が何それ意味わかんない、と訴えたまま戻らない。無理もないな。


「少女が燃えた屋敷に戻っていったのは恐らく先が長くないと感じていたからだろう。博士は死んだ娘の代わりを用意した。けれど、同じような人生を短縮させつつとはいえ追体験させたとして。

 その先は? その先の事を博士は考えられなかったんじゃないか? 娘に好きに生きろと言うにしても、今まできっちりこういう風に行動しろと指示を出していた。ある一定の時期に辿り着けば自由になれる。

 だがそれは同時に恐れるものだったのではないか、と考えられる。

 今までは成功と失敗が明確にわかる状態だった。だが、この先は何をしても正解でも不正解でもなくなると言ってもいい。少女はそれを無意識か意識していたかはわからないが理解していただろうし、博士もまた無意識のうちに理解していたんじゃないか?

 ホムンクルスの寿命をきっとそこで終わるように設定していた可能性はとても高い」

「え、じゃあ一体何のために……」


 死んだ娘の代わりに新たな娘にその先を生きてもらおうと思っているはずなのに、娘と全く同じ行動をさせて同じような存在にしようとした結果、最後の時までなぞろうとした可能性はある。


 何のためにって言われてもな。知らんよ。

 ただ、家族がいなくなって喪失感を埋めるためだとか、それっぽい理由はいくらでもつけられる。

 けれどもう博士は死んでるのだから、正解がどれかなんてわかるはずがない。


「あまりにも報われないのでは……?」

「そうだな。博士も割り切って前を向けばよかっただろうに」

「いや、博士もそうかもしれないけど、ホムンクルスのあの子とかさ……」

「どうだろうな」

「えっ?」


「その場に居合わせていないから断言はしないが、それでもジェネリック娘は理解していた可能性があるぞ」

「ジェネリックって……」

「本物の娘の残した日記が嘘八百だという事を」

「……んっ? ど、どういうこと?」


 なんだこいつ、まだ気づいていないというか、思い出していないのか。


「四年前。本屋。この時点でおかしい」

「そうなの? なんで」

「四年前のお前の経済状況を思い出せ。本を買いに行く余裕なかっただろうが。

 というか、知り合いから金借りて生活基盤を整えるのがやっとで本を読むにしても基本図書館通いだっただろう」


 その言葉に、リゼは呼吸三回分くらいの間をあけてから、あっ、と声を上げた。

「え、えええ、じゃ、なんでそんな日記を……?」


 嘘を書き連ねる必要があったか? という疑問が浮かぶのはまぁ、そうだろうなぁ。


「娘なりの嫌がらせだろう」

「嫌がらせって……」


「娘が死んだ原因はわからんが、まぁ母が病弱ならその遺伝があったのかもしれない。そうじゃなくても、博士の溺愛具合から自分が死んだらそれなりに悲しむだろうな、と予想はできた。

 だからこそ、もし父より先に自分が死んだら、を想像した。

 父はホムンクルス研究の権威で、ホムンクルスを作る事を娘は知っていたのだろう。

 もし自分が死んでそのことに耐えられなかったら、きっと自分そっくりのホムンクルスを作って自分そっくりに育てようとするかもしれない……そう考えた可能性はあるぞ」

「でも、何でそこで嘘の日記を……?」

「絶対に成功させたくなかったんだろ。だから嘘の内容を書き連ねて、思い出をなぞらせようとしたとして、それが無意味な事であるようにした」


 一見すると必要な事に見えてもその実全く何の意味もない、なんて事は研究してるとよくある事だ。順調に無駄な努力をしていた、と気付いた時の虚無感はホント……最初の頃はよく絶望感に見舞われたものだ。今は一周回って逆に面白くなってくるけどな。


「それに……娘なりの抗議だった可能性があるぞ」

「抗議?」

「あぁ。日記に書いてあることが本当かどうか、父親なら見抜きなさい、そう思っていたかもしれない」

 本物の娘は溺愛されていた。会話だってそれなりにしていただろう。その内容全てを覚えていろとまでは言わないかもしれないが、それでももしかしたら。

 日記はよく読めば今までの会話と矛盾している部分があったかもしれない。それに気付いてくれればそれで良し、そうじゃなかったら、所詮その程度だったのかとがっかりしたかもしれない。死んでしまった娘の魂が本当にそう思うかどうかは知った事ではないが。


 もしくは、ひねくれた愛情表現でそんな嘘よりきちんと今までの思い出を振り返ってほしい、という願いがあった可能性はある。


 何にせよ、ホムンクルスは娘として取るべき行動の指針としてその日記を見せられた可能性がある。

 日記の真偽に気付いたとしても、気付かなくとも、どちらであっても少女が変わる事はなかっただろう。どちらに転んでも同じなのだから。


 日記を本当の事としてその通りにしても博士の望む娘にはなれない。

 しかし日記を偽りの事としてその通りに振舞ってもやはり望む娘にはなれない。

 娘が日記に潜ませた真意に気付いていたとしてもいなくても、どちらにしても結果は――行きつく先は同じだと判断したに違いないのだ。


 ただ、問題ができた。それがリゼだ。

 嘘日記に適当に書いた人物と一致する実在の人間がいてしまった。そしてそれを博士は巻き込んだ。

 それはきっと、娘であれと望まれた少女には望まぬ展開だったのだろう。


 いずれ自分は死ぬ。ホムンクルスとしての寿命か、はたまた博士の思うままの娘になれないと判断されての処分かはわからないが。だが、創造主と創造物の間の事だ。少女はそれを良しとしていた可能性もある。

 けれどそれは、創造主と創造物だけの関係だ。それ以外が入った事で、しかも誘拐なんてしてきた相手だ。どう考えても穏便に事が運ぶはずがない。

 だからこそ、ホムンクルスは博士という存在を終わらせることでこの事態に終止符を打った。


 これが……自分が想像した一連の出来事なのだが。


 流石にお前の存在が博士を殺すに至った原因だと思う、とは言えない。

 ある程度持ち直してきたリゼにこんなことを告げてみろ。来た当初以上に凹むのが目に見えている。


 だからこそその部分は伝えなかった。


 けれどそれでもある程度、どうしてこんな事になってしまったのか、という事には何となく辻褄とやらが合ったのだろう。


 ともあれこの話は単純に、家族を失った男がそれを取り戻そうとして結局失敗してしまっただけだ。そこに巻き込まれたリゼに関してはご愁傷様というしかない。

 しかしこいつホントわけのわからない事に巻き込まれるな……


 思えば先祖に魔女がいるらしいし、何かおかしな因果律でも持ってるんじゃないだろうか。

 魔法に絡んでいるなら是非研究してみたいとは思うわけだが……


「ところでリゼ」

「ん? なに?」

「ちょっとしたバイトに興味はないか? そこそこ稼げる」

「一体どんな?」

「なに、大した事じゃない。ちょっと実験体になってほしい」

「ふざけんな人権ってご存じ?」


「あぁ、さっきよりかはマシな表情になったな」

「え……」


 ふっ、とかすかな微笑を浮かべてみせれば、リゼは面食らったような表情になった。


「……グレン、もうちょっとマシな言葉選ぼ? 誤解しか生まないよそれ」

「あぁ、すまない」


 ちょっと気遣った振りをすれば、リゼはあっさりと騙されてくれた。どうやらリゼを元気づけようとしたための質の悪い冗談だと思ったらしい。本気なんだが。


「仕方ない。お詫びに近々飲みに行くか。奢ってやろう」

「えっ、どうしたのグレン。想像の千倍くらい優しさに溢れてるよ!?」

「まぁこんなんでも幼馴染だからそれなりにな」

「でもセリフが優しくない。いや優しくされても困るけど」


 大分いつもの調子を取り戻してきたリゼは、ちゃんと奢れよ、なんて言っている。そうだな、健康状態を把握しておきたいから定期的に様子を確認できる機会があるのはこちらにとっても都合がいい。


 ともあれ、これ以上話す事もないだろうと席を立つ。

 頼んだメニューはとっくに食べ終えてしまっていたし、これ以上の長居はよくない。


 いずれ。



 いずれ、リゼの事を掻っ捌ける日が来るといいなぁ、なんて思いながら店を出た。

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― 新着の感想 ―
[一言] グレン君、神山樹みたいな子だなwww
[良い点] ミステリーかと思いきやホラーでした。 こういう不意打ち大好きwww [気になる点] しかし、掻っ捌いても因果律は見つからないんじゃ? それともあれか、遺伝子までこの世界の魔法や呪いは影響す…
[良い点] この距離感いいなぁ、恋愛タグがつかないギリギリの気安さと残念さを受け入れてる具合が絶妙なバランスで、最後に「いずれ、リゼの事を……」とか王道では…… [気になる点] あれ?……掻っ捌ける?…
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