悪役令嬢として転生した先の乙女ゲームがクソゲーすぎる。後日談
詳しくは前作
https://ncode.syosetu.com/n6981gz/
をご覧ください。
例えばお気に入りのタオルケットのような。擦り切れてボロボロなんだけど、自分にとっては手放せない、安心する心地の良い存在。
他の人の使い古しだったら全然いらないんだけど、わたしだけのひだまりのような存在。
わたしにとってセドリック・ドゥ・ヴィゴー様(アプデ前)は、そんな存在だったーー。
のに!
「えー!ここでも売り切れちゃったんですか!セドリック様(アプデ前)のグッズ!」
「そうなのよー。ごめんないね~。この間在庫があることをお店のアカウントでつぶやいたら一瞬で完売しちゃって……」
「そんなぁ!」
わたしの大好きな王子キャラ、セドリック・ドゥ・ヴィゴー様が生きている世界、『アウトリーチ・アイデンティティ(通称・チンティ)』は、2020年代最大の問題作と言っても過言ではないくらいのクソゲーだった。
「だった」、とわざわざ過去形で語るのは、現代はクソゲーとしてこの世に生を受けたゲームでも、逆転できる可能性があるからだ。
そう、「大型アップデート」と言う魔法によって。
『アウトリーチ・アイデンティティ』は昨年、その魔法により、評価を大逆転することに成功した。
グラフィックからシナリオ、音楽、ゲームデザインまで一新されたその世界は、まるで自分がクソゲーあったことなど忘れているかのような勢いで人気を獲得し、豪華声優陣によるアニメ化、キャラソンリリース、ライブ、コラボカフェ、そして様々なキャラクターグッズやスマホゲーム化など、現代で人気作品と呼ばれるものが一通り経験しそうな商業展開を次々と行っていった。
別にそれ自体に不満はない。
新しく入ってきたファンに対して古参ぶりたいわけじゃない。
ただ……。
(どうして新規ファンまでアプデ前のセドリック様のグッズの争奪戦に参加してるのよーーー!!!)
いらないでしょ、思い入れないでしょ、アプデ前のセドリック様に!
わたしがどれだけ心の中で文句を垂れても仕方がない。
今や『アウトリーチ・アイデンティティ』という言葉はアップデート後の豪華絢爛なゲームを指すが、ここまで人気が出ると、「逆にアプデ前はどんなゲームだったんだ?」と興味を示す人たちも現れる。
そして数少ないアプデ前のセドリック様のグラフィックを利用したグッズは、大体の場合数量限定で、今回のようにあっさり売り切れてしまう。
開発陣も、できれば掘り起こしたくない黒歴史のグラフィックをわざわざ大量に生産したくないだろうし、それでもたまにこうやってグッズを出すのは、アプデ前のグラフィッカーが社長の奥さんであることが関係しているような気がする。
(はあ……わざわざ池袋まで来て何やってんだか……。帰ろう……)
狭い路地裏を歩きながらため息を吐く。
ふと、
ーーブー。ブー。
バッグに入れていたスマホが短く振動した。
(なんだろう、ゲームの通知音かな)
スマホ版・チンティのスタミナが回復するタイミングだったかもしれない。
わたしは道の端に避けて歩みを止め、スマホを取り出す。
ゲームの通知音、という発想は半分正解だった。
だが、その通知メッセージは、今まで見たことがない。
『ミキさん、助けて』
「……えっ!?」
わたしは驚いてそのメッセージをタップする。
スマホ版・チンティ、こと『アウトリーチ・アイデンティティ ~騎士道×恋物語 豪華3D版~』が通常通り起動した。
そこには、
「弟、くん……!?」
わたし達がかつて、ゲームの世界で『弟』と呼んでいた彼が、3Dで表示されていた。
ちなみにこのゲームはその名前の通り、『アウトリーチ・アイデンティティ』に出演していたキャラクターとスマホ版オリジナルキャラクターたちと恋ができるゲームだが、わたしがプレイしている限り登場キャラクターに誰も騎士はいない。
違う、そんなことは今はどうでもいいのだ。別に2D版なんか存在しないのにいきなり『豪華3D版』って名前がついていたこと並みにどうでもいい。
問題は、3D表示されるのはガチャで当てたキャラクターのみであり、人気キャラクターである彼はドロップ率が極めて低く、わたしはまだ3D表示される彼を入手していない、ということである。
だがわたしには、この奇妙な現象に覚えがあった。
『ミキさん!よかった!本名でプレイしてたからすぐわかったよ!』
「弟くん!?本当に弟くんなの?わー久しぶりー!」
そう、わたしは1年前、『アウトリーチ・アイデンティティ』がアップデートされる直前、この世界に迷い込み、彼とゲームの中を走り回った記憶がある。
彼と、その姉。ーー悪役令嬢として君臨した、天才乙女ゲーマー『ビッチ・パーフェクト』様と共に。
だが、彼がわざわざゲームを介してわたしに話しかけてくるなんて、この1年間一度もなかった。
彼の雰囲気から察するに、再会を喜んでいる暇はなさそうだ。
案の定、彼は
『ミキさん、悪いんだけど、姉さんの連絡先を知らない?このゲームがまたピンチなんだ!』
とても切羽詰まった様子で、なにやら窮状を訴えてくる。
でも、残念だけどわたしはビッチ様のことを何も知らない。
あのゲームの世界の冒険の後も、わたし達が連絡を取り合うことはなかった。
だが、
「わかるよ!きっと!ビッチ様のことならすぐに分かる!弟くん、またわたしをゲームの世界に連れて行って!」
『ありがとうミキさん!恩に着るよ!』
あの冒険の後も、わたしはずっとビッチ様を追いかけていた。
ツリッターで、ブログで、配信で。
彼女のことを見なかった日はない。
「教えるね、ビッチ様のユーザーIDは……」
何度か見かけたフレンド募集のツリート。わたしが申請しても、きっと気づいてもらえないだろうなって。実力の差があって、迷惑だろうなって。記憶するくらい見ていたのに、一度も申請できなかった。
でも。
「OK、ミキさん、行こう!」
冒険が、また始まる。
悪役令嬢として転生した先の乙女ゲームがクソゲーすぎる。スマホゲーム編!
次回、「メンテ失敗でサービス終了」!ご期待ください!