第八話
学生の本分は勉強である。
なので、中間試験や期末試験など、それらをクリアするのは
当然の行為と言えよう。
だが、昨今の学生達はそれを嫌がる傾向にある。
まあ嫌々ながらも試験は受けるのだから、百歩譲って
それは良しとしよう。
それに、学生達は何も勉強だけが全てではないのだから。
エンジェルレッスン 第八話
『期末試験終了』
最初に言っておくと、この麗翼高校の期末試験は一日で
全教科を終わらせるため、苦難の日は一日で終わることに
なっている。
「それじゃあ、はじめ」
チャイムの音と同時に担当教師が合図を送り、一斉に
学生達が試験の答案を表へとひっくり返す。
ここからが勝負だ。
ちなみに佐々木エリスことエリスだが、現段階で既に
疲労困憊といった状態である。
無理もないだろう。
いきなり圭太郎に捕まったかと思うと、それからは食事と
睡眠時以外は、勉強漬けだったのだから。
さすがに小学生レベルの学力があったのが、唯一の
幸いと言えよう。
とにかく圭太郎は、自分の中学時代の教科書を
引っ張り出してきては、その中身をエリスに叩きこむ
という講義を続けていた。
そしてその後は、今回の期末試験の範囲を猛勉強。
このあたりまで来ると圭太郎でもわからない部分が
多々出てきたのだが、そこは根性と気力と気合で
なんとか乗り切った。
とにかく、圭太郎もエリスもできる限りの事はやったのである。
あとは試験で結果を残すのみ。
「(……なんだけどなぁ)」
やはり中学時代から一気に高校一年生の期末までの範囲を、
しかも二日間で習得するには無理があったらしい。
教えられたエリスもうんうん唸っており、教授していた
圭太郎も苦戦をしいられた今回の戦い。
「(だが、負けるわけにはいかない!)」
そにかく、わかるところだけでも素早く埋めてしまおうと、
パッと見てわからないと思った問題は即刻飛ばして
解答用紙を埋めていく圭太郎だった。
それから昼休みを挟んで、六時間目の終了のチャイムが鳴り響く。
「終わったよ〜♪」
圭太郎の真正面、修一の席からそんな声が聞こえてきた。
「今回もやけに難しかったわねぇ。ねえケイ、数学の最後わかった?」
「わかるわけないだろ」
愛の言葉を軽く流すと、チラリと最後尾にあるエリスの席へと
目をやる圭太郎。
「ふぅ〜……」
疲れた様子ではあったが、どうやら絶望的な程では
ないようだった。
これなら、少しは役に立てたかなと頬が緩む圭太郎。
「む? 圭太郎なんか嬉しそうだね?」
「そんなに今回の試験、自信があったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどな」
お茶を濁す圭太郎の言葉に、はてなと首を傾げる二人。
そして担任の男性教師が入ってくると、帰りの
ホームルームが始まった。
そのホームルーム終了直後の事である。
「は? 貸切?」
愛が言った単語をおうむ返しに喋る圭太郎がいた。
「そ、貸切。今日でいやぁな期末試験も終わったんだから、
喫茶店でパーっと憂さ晴らしでもしない?」
「でも、貸切って難しいんじゃない愛?」
修一のそんな疑問に、ちっちっちと指を左右に振る愛。
「あたしも貸切は無理だと思ったんだけどね……なんと、
強力な助っ人が力になってくれたのよ」
「強力な助っ人?」
圭太郎の言葉に、うむと頷く愛。
そして、その愛が視線を向けた先にいたのは……。
「はい、私の力でなんとかします」
試験終了後の極上スマイルを浮かべた、エリスだった。
「って……まさかエリス」
嫌な予感がした途端に、圭太郎だけに聞こえるように
エリスが耳打ちする。
「大丈夫ですよ。そのぐらい天使の霊術を使えば簡単です」
「そんな事に天使の力を使っていいのかよ?」
「楽しければいいって、リーナ様も言っていましたし」
天使とは本当にこの町に貢献する存在なのだろうか。
そんな事を疑わずにはいられない圭太郎だった。
「それじゃ、早速行くわよ三人とも!」
言いながら、さっさと教室を出て行こうとする愛。
続いて修一も後を追いかけ、それにエリスも続いてから
くるりと振り返る。
「ほら圭太郎さん、早くジュテームに行きましょう」
「……やれやれ」
まあ、確かにパーっと騒ぎたかったのは間違いない圭太郎。
なので圭太郎は、呆れ半分楽しみ半分で、商店街へと
向かうのだった。
ちなみにお留守番をくらっているコジロウとムサシだが、
皆が試験中、昼休みあたりに圭太郎が用意していた
昼食について口論したり暴れたりと、それなりに
忙しいお留守番をしているようだった。
からんから〜ん
お昼時の喫茶店ジュテームは、幸いなことにまだ誰も
客が入っていないようだった。
「ちょっと待っててくださいね」
そう言うなり、エリスは店のカウンターにいる女性店員に
声をかける。
それから厨房の方へ行ったかと思うと、ものの五分もせずに
エリスが戻ってきた。
そして、満面の笑みで言う。
「貸切、OKだそうです」
「よっしゃ〜!」
と、気合いの入った声でガッツポーズをとるのは愛である。
「へぇ凄いね……店長さんに何て言ったの?」
修一の問いかけに、さも当たり前みたいな口調で
返事をするエリス。
「普通に『今日はこの喫茶店を貸切にする』って
お願いしたんですよ」
「ん? 『貸切にする』?」
「あ、違いました! 『貸切にさせてください』です」
なるほど、どうやらそのセリフと共に、例の霊術とやらで
この店の店員全てを洗脳したらしい。
いそいそと入口の札をCLOSEにしている店員さんを
見ながら、圭太郎は深い溜息をついた。
「これでいいのか、天使よ」
「しぃー! 圭太郎さん、それは秘密ですってば」
どうせ誰にも聞こえて無いだろうに、必死になって
圭太郎の口を塞ごうとするエリス。
「それじゃあ、そこの窓際の席で……とりあえず、
オススメのケーキ、ホールでお願いしま〜す!」
「ってそんなに食うのかよ高峰!?」
いきなりケーキをホールで頼む愛に驚愕する
圭太郎だったが、そんな圭太郎の肩にポンと手が置かれる。
振り返ると、そこには呆れ顔の修一の姿が。
「圭太郎、お前はまだ愛の本気を知らないから、
こんな事で驚けるんだよ」
「……え?」
見ていればわかる、とでも言わんばかりに席に座ると、
早速飲み物とケーキの注文をする修一。
その光景に、圭太郎は違和感を覚えた。
「いや修一、ケーキならもうホールで頼んだだろ」
「うん、そうだね」
「だったら……」
それを皆で切り分けて食べればいいのではないだろうか。
そんな圭太郎の予想を、愛はバッサリと切り捨てる。
「何言ってるのよ、あれはあたしが全部食べるの」
「……マジか?」
マジよ、とさも当然のごとき表情で圭太郎のことを
見つめる愛。
今まで圭太郎だって、愛と一緒にケーキを食べた事は
何度もある。
だがまさか、愛がそこまで大食いだったとはさすがに
知らなかったようである。
「では、私はこのイチゴムースと、紅茶のセットで」
そして、そんな驚愕の嵐の中で全く動じずに
自分のケーキと飲み物を注文しているエリス。
「ほらほら圭太郎さん、一緒に座って食べましょうよ」
「……わ、わかった」
付き合ってもう三年以上にもなるが、やはり
他人というものはよくわからないらしい。
そんなことを思いながら、愛の普段の食生活について
軽く考え込む圭太郎だった。
それを先読みしたように、修一が言う。
「普通の食事はむしろ小食で、ケーキだけ別腹なんだ」
「……女の子ってわからないもんだな」
まったくだ、と頷く圭太郎と修一だった。
そして、驚愕はこれに留まらない。
三十分後。
「ふぅ、満足満足。じゃあ次は、ここからこのメニュー全部」
「ブッ!?」
飲んでいたレモンティを吹き出しながら、目の前で
とんでもない注文をしている愛に視線を向ける。
「ん? どうしたのケイ?」
「お、お前……それ全部食べるのか?」
「当たり前じゃない。まだまだ行くわよ」
「すみませ〜ん、私、このアップルパイっていうの
食べたいです〜」
次にはエリスが、新たに追加注文をしていた。
「って、よく考えてみたらエリスのケーキも
五つ目じゃないか?」
「あれ、そうでしたっけ?」
圭太郎にそう言葉で返しながらも、余裕の表情で
次のケーキが来るのを待っているエリス。
圭太郎の隣で、もふもふとショートケーキを
食べていた修一がポツリと呟いた。
「女の子って、もしかして四次元の胃袋でもあるのかな」
その返答はできない、圭太郎なのだった。
そんなこんなで、大量のケーキやらパフェやらを
平らげた圭太郎達(主に女性陣)は、会計をするべく
レジに向かう。
「あ、今日はあたしの奢りだから」
「え? そうなのか?」
愛の奢りという意外な言葉に、圭太郎を始めとした
全員が首を捻っている。
「もともとこの企画考えたのあたしだし、エリスにも
お世話になったし、この日のために貯金もしてたしね」
言いながら、伝票を店員にわたしてさっさと会計を
すませる愛。
ちなみに今回四人が食べた合計金額だが、聞かない方が
良い、とだけ言っておこう。
からんから〜ん
ありがとうございました、という挨拶と共に喫茶店、
ジュテームから出て行く圭太郎達。
その際、一番後ろにいたエリスが店に向かって何かを
していたのに、圭太郎が気付いた。
「何してるんだ、エリス?」
「えっと、まだ皆さんの洗脳がとけてないので……
はい、これで大丈夫です」
言い終わる頃にはもう、エリスの手の中の光は
おさまっていた。
「洗脳ねぇ……詐欺師とかになれるんじゃないのか?」
「私を堕天使みたいに言わないでくださいよ〜」
まあ、赤点ギリギリな見習い天使なのは間違いないだろう。
堕天使と呼ばれる日もいつか来るのではないかと、
苦笑まじりに圭太郎が考えていた時。
「それじゃあ今日は、これで解散ね」
先頭を歩いていた愛が、くるりと振り返りながら言う。
修一もそれに賛成のようだった。
「滅多に出来ない貴重な体験をさせてもらったよ。
ありがとね愛、エリスさん」
いえいえ、と少々照れたように手を振るエリス。
「お礼に、良い事教えてあげるよ」
「はい? 良い事ですか?」
なんだろうと首を傾げるエリスに、修一は実に
楽しそうな笑顔でそれを取り出した。
それを見て、更に不思議そうに首を傾げるエリス。
「えっと……それは、デジタルカメラですよね?」
「その通り。これでエリスさんがケーキ食べてるところ、
バッチリ撮らせてもらったから」
シュバッ!
早業だった。
真後ろからのびてきた愛の右手を、間一髪のところで
回避する修一。
「アンタねぇ、何被写体の許可無しに撮影なんてしてるのよ!」
「そもそも、俺はこいつが喫茶店でデジカメを構えていた
事すら知らないんだが」
一体いつ撮影したんだろうか、この小さな腹黒学生は。
だが、今回ばかりは別に邪な理由は無いらしい。
「だってエリスさん、最初の頃こそ皆に質問攻めされてたけど、
ここ最近は僕達としか喋って無いじゃない」
「あ……言われてみれば」
思うところがあったのか、愛が修一の言葉にしばし考え込む。
「噂によると、エリスさんってどうもパーフェクトお嬢様
みたいな見られ方してるらしいんだよね。そこでこのデジカメ」
「ああ、なるほど。つまり『エリスってこんな女の子でも
あるんですよ』っていう宣伝に使うのね」
そういうこと、と、物わかりの良い愛に大きく頷く修一。
「わ、わ……いいんでしょうか、そんなことしてもらって」
「いいんじゃないか?」
そんなエリスの問いかけに答えたのは、圭太郎である。
「色んな人達と出会って仲良くなって……良い事じゃないか」
人としても、天使になるための試験としてもきっと。
そう言葉にはしなかったが、おそらくエリスには圭太郎の
言わんとしている事がわかったのだろう。
「そ、そうですね……えっと、ありがとうございます、
修一さん」
「噂話とかは任せてよね。すぐに皆、エリスさんのこと
気に入ってくれると思うから」
はい、と明るい声で頷くエリス。
「それじゃ、また明日ね〜」
「さよなら、エリスさん、圭太郎」
そして、愛と修一は先に商店街の外へと向かって
歩いて行ってしまった。
そんな二人の背中が見えなくなった頃、ポツリと
エリスが呟く。
「良い人達ですね、愛も修一さんも」
「性格はちょっとアレだけどな」
あはは、とお互いに苦笑していた、丁度その時である。
「あ〜いたいた。まったくもう、探しましたよ」
『え?』
二人の声が、誰かの声に重なった。
驚いて振り返るとそこにいたのは一人の女性。
年齢は二十代後半ぐらいかとても大人びており、
服装も赤を基調としたスーツ姿で、若干ミニな
スカートが大人の色気を感じさせる。
太陽の光を受けてなお輝く長い黒髪は、まさに
日本人の象徴と言えよう。
ハッキリと一言でいうならばこの女性、物凄い美女である。
「……えっと」
そんな美女とお近づきになった記憶などない圭太郎は
首を捻るが、次の瞬間、エリスが驚きの声をあげる。
「リ、リーナ様!?」




