第五話
ちなみに麗翼高校の制服だが、天使様から必需品だと言われて
あらかじめエリスが持っていたらしかった。
だが、だからといってエリスの服装にはバリエーションが無さ過ぎる。
制服と白のワンピースと男物のワイシャツだけでは苦労する
だろうからと、そんな日曜日のこと。
コジロウの散歩も兼ねて、佐々木家総動員で服を買いに
行く事になった。
エンジェルレッスン 第五話
『人と交わるということ』
ちなみに外出時のエリスの服装だが、最初に着ていた白の
ワンピースに、何故か緑のリボンでサイドポニーな髪型になっていた。
「う〜ん……おとなしめのエリスに、サイドポニーは似合わないような」
「お兄ちゃんわかってないな〜。こういうのも、とっても可愛いんだよ」
と、緑のリボンの支給者であるミキが嬉しそうに隣を歩く。
圭太郎を挟んで逆隣には、そんなエリスの姿。
「あ、あの……やっぱりやめますか、この髪型?」
「いや、いいよ。ミキも気に入ってるみたいだし」
「ご主人様の偏見という見方も出来ますしね。僕は似合っていると
思いますよ、その髪型」
と、犬のくせに人間様のセンスを疑うコジロウ。
ちなみに最後の一匹であるムサシは、圭太郎達にしか見えないような
術をかけた後、エリスの肩に乗っかっていた。
「しかし、本当に便利な魔法だな、それ」
「圭太郎さん、これは魔法じゃありませんよ」
「え? じゃあ何て言うんだ?」
「私達天使が扱う能力は、霊術って呼ばれてるんです」
「れいじゅつ?」
きょとんと首を傾げるミキに、手綱で繋がれているコジロウが
言葉を発する。
「魔法と似たようなもの、と考えてもらえれば」
「まあ、犬さんなのに凄く頭がいいですね」
そうエリスが言った時に、圭太郎は大事なことを忘れていたのを
思い出した。
「おい、コジロウ」
「ん? どうしましたご主人様?」
まだ商店街まで出ていないので、人通りがほぼ皆無だったのが
唯一の幸いだろう。
「人前に出たら、喋るのはやめておこうな」
「あ……そうですね、自重します」
すっかり佐々木家ではお馴染みになっているが、普通
犬は喋ったりしないのです。
その事をすっかり失念していた圭太郎だったが、なんとか
間一髪のところで間に合ったようだった。
「非常識だと苦労するねぇ、デカ犬さんよ」
そんなムサシの言葉には口応えしないコジロウだったが、
明らかに不満そうな雰囲気が見て取れた。
なので、すぐにエリスが注意してくれた時、コジロウが
鼻を鳴らしたとか鳴らさなかったとか。
そうして辿り着いたのが、商店街の奥の方にある総合デパート。
服だけならば専門店があるのだが、今後のエリスの生活を
考えると何かと物入りな気がしたので、ここでまとめ買いを
することにしたのだ。
「それじゃコジロウ、良い子にしてるんだよ」
すぐ近くの電柱に手綱を結びつけると、そう言うミキ。
ワン、と犬っぽく(犬なのに)鳴いて返事をしたコジロウを
背に、三人と一匹は総合デパートの中に入って行った。
まずは日用品はかさばるからと、洋服を扱うコーナーへ。
「うっひゃぁ……いっぱいあるな女物って」
ムサシの言う通り、男物よりも女物の服が大部分をしめている
そのフロアは、初めて見る者には驚きだろう。
「それじゃ、あたしが案内するね」
言うなりエリスの手を掴んだミキが、ぐいぐいと子供服
コーナーへと引っ張りこもうとする。
「あ、あのミキちゃん……そっちは」
「おいミキ、自分基準で考えちゃダメだ」
圭太郎に言われて、ようやくエリスが自分よりも明らかに
成長した女性である事に気付くミキ。
了解とばかりにあいている手で敬礼すると、隣のコーナーへと
進路を変えた。
こちらならば、エリスに似合った服があるに違いないだろう。
と、そんな事をしていた時である。
「いらっしゃいませ」
いつの間にか、コーナーの中から女性店員が姿を
現していた。
ぎくしゃくと礼をするエリスに対して、無邪気にペコリと
頭を下げるミキ。
「本日は、どういった服をお求めでしょうか?」
「え? えっと……えっと、あの」
なるほど、どうやらこの女性店員がコーディネートを
してくれるようである。
そうなれば女性物の服のセンスなんて皆無な圭太郎が
口を挟む事も無いだろうと思っていたのだが。
「え〜っと……あの、その、ですね」
聞かれた当人、エリスが非常に困惑した表情をしていた。
転校初日にあれだけ初対面の人間と対等していた時とは
まるで別人のように、ガッチガチに緊張しているようだった。
そういえば、圭太郎と出会った時なども随分緊張していた
様子のエリス。
何か違いがあるのだろうかと思いつつも、頭をかきながら
圭太郎が前に出た。
「彼女、ちょっと人見知りするみたいなので、せめて見た目
だけでも元気に……なんというか、明るい服を選んで
ほしいんですけど」
「え……圭太郎さん?」
そんな圭太郎の言葉に、なるほどと笑顔で頷く女性定員。
「では、こちらなどはいかがでしょうか?」
早速服選びが始まったのを見届けてから、もう自分の
用は終わったとばかりに歩き出す圭太郎。
あとは女性店員とエリスで、まともなコーディネートの
服が一色揃えられるはず。
……と圭太郎が思っていたのは甘かった。
「ダメ、エリスお姉さんは、もっとフリフリのヒラヒラのが
絶対に似合うの」
小学生のちびっ子が、自分の趣味丸出しのダメだしを
していたのである。
急いで戻ってきた圭太郎が、そのちびっ子、ミキの
手を引っ張ってコーナーから出て行く。
「あ、あぁ〜っ!? お兄ちゃん何するの!?」
「お前がいると決まるものも決まらない。大人しくしてろ」
「服選び一つでこれじゃ大変だねぇ」
いつの間にか、エリスの肩に乗っていたはずのムサシまで
圭太郎達と一緒にコーナーから出てきていた。
暫くして、いくつも服を抱えたエリスがコーナーの外にいた
圭太郎達のもとへと戻ってくる。
「あ、あの、何着か候補があがったんですけど」
「試着するの?」
ミキの言葉に、うんと頷くエリス。
「その……圭太郎さん、見てもらえますか?」
「え、俺が?」
「あの、自分の判断だと、ちょっぴり自信が無いと
いいますか……店員さんは、似合いますって
言ってくれたんですけど」
なんとなく、エリスには決定打が無いようだった。
どうしようかと思っていると、ムサシが口を挟む。
「別にいいんじゃないか? むしろ考えるだけ時間の
無駄だろ。さっさと選んで他のものも買おうぜ。あの
デカ犬も暇してるだろうし」
それは、ムサシなりの気遣いだったのだろうか。
「う、うんわかった。それじゃ、俺で良ければ見てみるよ」
「お願いします」
それから、佐々木エリスの試着ショーが始まったわけだが、
まあさすがはエリスというか、女性店員というべきだろう。
明るめのカジュアルなものから、山奥の別荘とかに住まう
深窓のお嬢様と見紛う可憐な服まで、圭太郎が注文した
パターンよりもはるかに多いバリエーションだった。
といっても、たったの四着だったりする。
「その……あまりお金をかけるわけにもいかないので」
そう言いながら、最後の試着を終えていつもの白の
ワンピース姿になったエリスが、恐る恐る圭太郎に尋ねる。
「あの、どれが良かったでしょうか?」
「あ……ああ」
正直、どれが、だなんて選べるレベルではなかった。
エリスはもともと日本人離れした美人であり、それを
あつらえたように服をコーディネートしたんだから、
似合わない服なんてあるはずがない。
なので、圭太郎の口から出たのはこんな言葉だった。
「全部似合ってる……これ全部、買っちゃおう」
「え? で、でもお金が」
「じゃじゃ〜ん」
と、今まで大人しくしていたミキが高々とそれを掲げる。
それは四角い茶封筒で、圭太郎がそれを受け取って
中身を見せると、そこには諭吉さんが数枚入っていた。
驚いた様子で、エリスが尋ねる。
「そ、そのお金は……?」
「両親に『家出少女をかくまってる』って言ったら、
『何かと物入りになるだろう』ってくれた追加の生活費」
本当に、あの両親は自由奔放に子供達を育てすぎである。
まあ今回ばかりは、そんなお気楽な両親に感謝をする
圭太郎だったのだが。
「で、でも……」
「いいじゃないか似合ってたし。特に最後の服は可愛かった
と思うぞ」
「かっ、可愛い……」
硬直したエリスに苦笑した圭太郎は、半ば無理矢理
四着の服を取り上げると、会計へと向かってしまう。
そんな圭太郎を見て、ミキとムサシはこう呟いていた。
「お兄ちゃん、たまにドキッとさせること言うよね?」
「だな。しかも自覚なしか……エリスとは良い
漫才コンビになれそうだぜ」
それから別のフロアで日用品やらを買いあさっているうちに、
すっかり時間が経過していた。
コジロウがいるのでレストランでの食事を断念した
佐々木家一行は、今は家路についている。
「そうでしたか。じゃあミキ様もいくつか買ってもらえたのですね」
「うん、またお気に入りのリボンが増えちゃった」
「いやぁ楽しい買い物だったぜ、デカ犬がいなくて楽しい楽しい」
「やはりケンカ売ってますよね……今日という今日は丸のみに」
「も〜二人とも、ケンカはダメっていっつもお兄ちゃん達が
言ってるでしょ〜」
などと言い合いながら、先頭を歩くのはコジロウとミキ、
そしてムサシの一人と二匹。
そんな後姿を眺めながら、圭太郎はふとした疑問を
エリスにぶつけてみることにした。
「なあ、最初の服選びのことなんだけど」
「はい?」
「どうして、センスのかけらもない俺の意見を聞こうと
思ったんだ?」
その問いかけに、少々恥ずかしそうに俯きながら答えるエリス。
「その、実は……店員さんに似合うって言ってもらっても、
本心でそう言ってもらっているのか自信が持てなくて」
「は? 本心で?」
「だって、あの店員さんも、お仕事でああいう事してるんですよね?」
コクリと、とりあえず頷いておく圭太郎。
「だから、その……良くないことだってわかってるんですけど、
本当に似合っている物を選んでもらっているのか疑問で……」
「ああ、なるほど」
そういうことか、と納得する圭太郎。
店員は店員であり、することは仕事である。
その仕事のためだからと、客に対して適当な事を言って利益を
得ているのではないかと、そういう風にエリスは考えて
しまっているようだった。
だから圭太郎は、すっと片手を持ち上げる。
ぽかっ
「いたっ……?」
エリスの頭を軽く叩くと、少しだけ真剣な表情になって
圭太郎は語り出した。
「確かに、仕事だからって理由でそういう事をしないとは
言いきれない。でも、あの店員さんはそんなんじゃないよ」
「えっと……といいますと?」
「真剣に、エリスに似合う服を探してくれてたさ。外から
見てただけだけど、俺にはちゃんとわかる」
「どうしてですか?」
その問いかけに、少し恥ずかしそうに答える圭太郎。
「……実際、凄くエリスに似合う服ばっかりだったからな」
「あ……そ、そうでしたか」
コホンと咳払いをして、言葉を続ける圭太郎。
「だからなエリス、なんでも信じろとは言わないけど、
人を信頼する気持ちは忘れちゃダメだぞ」
「人を信頼する……気持ち?」
「ああ、誰も彼も疑ってたらキリがないし、本人の
神経がもたないからな。あの店員さんは、本気で
エリスに似合う服を選んでくれていた……OK?」
問いかける圭太郎に、ぎくしゃくとしながらも頷くエリス。
苦笑しながら、圭太郎は言った。
「もっと色々勉強しないと、その天使になるための試験
とやらに合格できないぞ」
「あ……そ、そうですね。私もまだまだです」
「そのいきだ。がんばれエリス」
「はい、圭太郎さん……それと」
「ん?」
さっきまで元気だった様子が一変、急に恥ずかしがるような
表情になるエリス。
何事だろうかとエリスの顔を覗き込む圭太郎に対して。
「その、今のお説教と……可愛いって言ってくれて、
ありがとうございました」
途端、圭太郎まで自分の頬に熱を感じて、心臓の鼓動が
一瞬で早くなったのを感じる。
「……お、おう」
だから、返事はそんなおざなりなものになってしまっていた。
どこかぎこちない、そんな二人の雰囲気。
でも、それはどこか居心地の良いものだった。




