第四話
人と触れ合い、人と仲良くなることが合格への道。
そう聞いた時点で、圭太郎は気付くべきだったのだろう。
だが、肝心な事は大体後で気付くものである。
その典型的な例が……これである。
エンジェルレッスン 第四話
『麗翼学園の乱』
「美味しいです〜♪」
「はぐはぐはぐはぐ……んまぁ〜い!」
ダンボールに入っていた少女と妖精と出会った翌日の朝。
ちゃっかりと朝の風景に溶け込んでいたエリスとムサシは、
圭太郎が用意した朝食を食べてまずそう言葉を返した。
「うん、今日もとっても美味しいよ、お兄ちゃん」
「それは何より。今日は急がなくてもいいからゆっくりな、ミキ」
「はぁ〜い」
言いながら、圭太郎も食事を再開する。
ご飯に鮭の塩焼きに味噌汁、つけものとコテコテの定番な
朝食だったが、どうやら皆の口にあうようで何よりだった。
「くっ……僕だけ、なんだか敗北感」
ただ一匹、いつものドックフードを圭太郎の横で食べている
コジロウだけが、悔しそうにしていた。
「ふふん、所詮はただのデカ犬ってところだな」
「うぅっ……そんな小さな身体で生意気言ってると、食べますよ?」
「おぉやってもらおうじゃねぇか」
「こらムサシ」
「コジロウも、ケンカはダメだ」
エリスと圭太郎にそれぞれ叱られて、はぁいととりあえず返事を
する二匹。
どうやらこの二匹、相性が悪いようで放っておくとすぐに
ケンカを始めるようだった。
「……それにしても、エリス?」
「はい?」
朝食を食べながら、目の前に座るエリカの頭部へと視線を
向ける圭太郎。
「そのリボン、どうしたんだ?」
「あ、これですか?」
言いながら、昨日までは何の飾りもなかったはずの自分の
頭部を撫でるエリス。
正確には後頭部であり、そこには真っ赤なリボンが結わえられていた。
「可愛いですよね? ミキちゃんに貸してもらったんですよ」
「うん、あたしのリボンだよ」
そういえば、妹のミキはリボンを集めるのが趣味だったっけと、
今更ながらに思い出す圭太郎。
この分だと、エリスを玩具にミキはやりたい放題になるだろうなと、
ちょっとだけ未来のエリスに合掌をする圭太郎である。
「圭太郎さん、そのポーズは何ですか?」
「何でもない。さて、のんびりしてたら時間無くなっちまうし、
さっさと食べるか」
「お〜っ!」
ミキの声を最後に、黙々と食事を続ける圭太郎。
そんな中でも、エリスやムサシ、コジロウにミキの二人と二匹の
会話は実に楽しそうに続いている。
本当に、今日の朝食はいつも以上に美味しいらしかった。
「行ってきます」
「行ってきま〜す!」
朝食も食べ終わり、片付けも終えて学校へと向かう圭太郎とミキ。
いってらっしゃいませと、エリスとコジロウが見送ってくれた。
暫く、というか歩き出してすぐにミキが圭太郎の前へと躍り出る。
「えへへっ、なんだか賑やかで楽しいね」
「ん? エリス達のことか?」
そうそう、と楽しそうに頷くミキ。
今日の妹君は、どうやら朝からテンションが高いらしかった。
「確かに、いつもは二人だけの食卓だったからな」
「それにエリスお姉さんと、ムサシと、コジロウも喋るように
なったし、もう嬉しくなっちゃう」
言われて、ふと大事な事に気が付く圭太郎。
目の前で踊らんばかりに跳んで歩いているミキに近づくと、
人気が無いのを見計らって声をかけた。
「おいミキ」
「ん? なぁにお兄ちゃん?」
「俺の家にエリス達や、喋るコジロウがいる事は絶対に
内緒だからな」
「ふぇ?」
きょとんと首を傾げるミキ。
だが、考えてもみてほしい。
自称見習い天使と名乗る美少女(魔法っぽいのつき)と
牛みたいな妖精がいて、トドメに人の言葉を喋る犬が
存在するなどと、もしマスコミに流れたらどうなるか。
あっという間に騒動は拡大し、穏やかだった日常が
ぶち壊されることは目に見えていた。
そう思っての圭太郎の注意だったのだが……。
「大丈夫だよ、あたし誰にも言うつもりないから」
と、しごく当たり前の事を言うみたいな返答が返ってきた。
思わずきょとんとする圭太郎が、口を開く。
「どうして?」
「だって、こういうのは秘密にしないといけないんだよ」
そう言って、嬉しそうにまたステップを踏むミキ。
暫く考えていた圭太郎だったが、ああなるほどと納得する。
そういえばミキはアニメが大好きで、魔法少女ものとかも
見ていた記憶があったのだ。
だから、正体を隠すのは当然と思っているに違いない。
「好都合だけど……ちょっと微妙な気持ち」
「お兄ちゃん?」
なんでもないと首を振ると、圭太郎は歩調を速めて
通学路を急ぐのだった。
途中の交差点でミキと別れて、圭太郎は麗翼高校へと
向かって歩き出す。
そして校門をくぐったあたりで、いきなり後ろから声を
かけられた。
「おっはよ〜! 今日も元気?」
振り向けば、男子の平均身長よりもやや低めの、
どちらかといえば可愛いという表現が似合う童顔の
持ち主、黒場修一の姿があった。
「ああ、それなりに元気だ」
「良かった〜。あ、でも僕としては元気じゃない方が
助かったのかな?」
「は?」
何のことだ、と首を傾げる圭太郎に、ニヤニヤと
愉快そうな笑みを浮かべながら、小声で修一が呟く。
「実はね、なんとうちの学校、うちのクラスに転校生が
やってくるんだって」
「転校生? ってか、ホント毎度毎度、どうやって
お前はそういう情報を手に入れてくるんだ?」
「こんな情報ぐらい手に入れるのは簡単だよ〜」
さも常識だと言わんばかりに胸を張る修一だが、
どう考えても非常識な情報網であることは間違いないだろう。
あまり修一の裏については突っ込まない方がいいと、
改めて心に誓う圭太郎だった。
「で、修一が俺に率先して流すぐらいだから、まだ
情報があるんだろ?」
「さっすが圭太郎、話が早いね」
ニッコリと、本当に楽しそうな笑みを浮かべながら
修一は続ける。
「その転校生っていうのがね、女の子なんだよ女の子、
しかも僕の調べたところによると、超美少女!」
と、次の瞬間。
ガシッ
「あ、あだだだだぁ〜!?」
修一の背後から現れた何者かが、修一の頭部を掴むと
ギリギリと締め付けに入ったのだった。
それだけで、その人物が誰だか想像できる圭太郎。
「お、おはようございます高峰さん」
「なんで『さん』付けなのよ。でもおはよケイ」
言いながらも、頭部を締め付ける圧力は一向に
衰えていない。
さすがは高峰愛といったところか、伊達に修一と
長い付き合いなだけのことはあるようだ。
「朝から何鼻の下のばしてんのよ、この真っ黒チビ助」
ちなみに愛の言う『真っ黒』とは、修一の名前である
『黒場』と『実は腹黒い』という両方の意味を
持つ大変奥の深い呼び方だったりする。
暫くしてようやく愛が修一を解放すると、いつものように
地面に倒れて動かなくなる修一。
「でも、転校生っていうのは気になるわね。可愛い子だったら
やっぱり友達になりたいかなぁ」
とても数秒前に殺人未遂をした人間とは思えないスッキリした
表情で、そう語る愛。
「話はしっかり情報として分析するんだな」
「勿論よ。シュウはバカだけど情報は確かなんだから、
そこは信頼してもいいところよ」
それは友情と何か違うのでは、と喉まで出かかった言葉を
必死で飲みこむ圭太郎である。
「あ、こんな所に突っ立ってたら通学の邪魔になるか。
さっさと教室に行きましょ、ケイ」
「いいけど、こいつどうする?」
言いながら、尚もピクリとも動かずに倒れている修一を
指差す圭太郎。
「そのうち起きるでしょ」
その一言で片づけると、さっさと校舎へと入って行く
愛なのだった。
あははと苦笑しながら、一応修一に一声だけかけて
教室へと向かう圭太郎。
ちなみに、本当に修一は放っておいてもホームルームまでに
復活して、教室に姿を見せていた。
そして、その朝のホームルームでの出来事である。
いつも気だるそうにしている担任の男性教師が口を開く。
「ああ、ホームルーム前に伝える事がある。突然だが、
このクラスに転校生が入ることになった」
どうやら事前に情報を知っていたのは本当に圭太郎や
修一や愛だけだったらしく、一斉に教室内にざわめきが走る。
静かに、と一言告げてから、担任教師は廊下に向かって
声をかける。
「それじゃあ、入ってきなさい」
言われて、入ってきたその転校生(修一曰く超美少女)は……。
「ぶっ!?」
思わず圭太郎が噴き出したりしていた。
この学校の生徒ならばもうとっくに見慣れたブレザーの制服。
その制服に身を包んで現れたのは……なんと。
「佐々木エリスといいます。アメリカ人のお母さんと日本人の
お父さんのハーフですが、英語は全然わかりません。早く
クラスの皆に馴染めるようになりたいので、よろしく
お願いします!」
あっさり偽名まで用意して、その佐々木エリス……エリスは
当然のように学校に姿を現していた。
そんな女生徒の登場に湧き立つ男子供に、そんな男子供を
呆れた目で見つめる女性陣。
「席は窓際の一番後ろだ。眼は悪くないだろ?」
「はい、大丈夫です」
そう言いながら、佐々木エリスは窓際の一番後ろの席へと
歩いて行く。
その途中、同じく窓際にある圭太郎の席を通り過ぎる瞬間。
「えへっ」
と、圭太郎にしかわからないように小さく声をもらしたのが
わかった。
「……あいつ、最初からこうするつもりだったな」
おそらく、朝食の段階でもわかっていたことだろう。
明らかに圭太郎が驚く姿が見たくて黙っていたに違いあるまい。
「それじゃ、ホームルームを始めるぞ」
そして、今日の圭太郎へのサプライズはこれだけではすまなかった。
案の定、窓際の一番後ろの席、つまりエリスが座っている席には
昼休みに黒山の人だかり。
皆が思い思いの質問をぶつけまくっているようだった。
「すっごい人気ねぇ……可愛かったし、ここはやっぱりあたしが
強引にお友達に」
「やめろって高峰、お前の場合暴力に出るだろ」
「……そりゃ、出るかもだけど」
否定しないあたり、愛も自分が口より手が先に出る
タイプである事は自覚しているようだった。
ちなみにいつもだったら、真っ先に質問の輪の中に加わっているはずの
修一はといえば、何故か昼休みが始まってから姿が見えない。
なので今日は、圭太郎と愛と二人で、それぞれ弁当と購買パンを
食べている。
そんな事をしている間も、エリスへの質問の声が次々に聞こえてくる。
やれ前の学校はどうだの、趣味は何だの、母親も美人なのか等々、
一部節操の無い質問まで様々である。
そんな質問をたくみにかわしていくエリスだったが……。
「じゃあ、佐々木さんってどこに住んでるの?」
「あ、はい。今は圭太郎さんの家にお世話になってます」
シーンと、教室が静まり返った。
黒山の人だかりは勿論のこと、一緒に昼食をしていた愛も、そして
予期せぬピンチ到来に硬直してしまった圭太郎すらも。
そして、その沈黙を破ったのは愛だった。
「そういえば、佐々木って同じ苗字よね」
ある意味、その言葉がトドメだったのだろう。
「えぇっ!? じゃあ二人は付き合ってるとか!?」
「いや待て、同じ苗字で同じ屋根の下……付き合うとかそれ以上の問題だろ!」
「もしかして……け、けけけ結婚してたり!? キャー!」
と、黒山の人だかりは今度は圭太郎をも巻き込んで
形成されはじめたのである。
「うあっ、ちょ暑苦しい、離れろお前達!」
迫りくる人の壁を押しのけながら、どうして修一が昼休みの
この時間にいなくなったのかを納得した圭太郎。
おそらく、こういう話題になることをどこかの情報網で察知して、
巻き込まれないうちに逃げたのだろう。
「そ、そういう事は先に教えてくれ修一〜!」
「ま、アイツは楽しめればそれで良しなタイプだし、隠し通せなかった
ケイの落ち度よね」
遠くで愛の言葉を聞きながら、圭太郎は必死にエリスとは
親戚の関係だというデマを周囲に吹き込むのだった。




