第二話
家出少女と勝手に勘違いして、お節介にも一晩の宿を提供しようと
していた、佐々木圭太郎。
だが、ダンボールの中で縮こまっていた女の子は、それは違うと
激しく否定する。
どういう意味なのか、やっぱりまずい薬とかやっていたのか。
そんな疑問を持ちながら、それでも圭太郎は女の子を家に
あがらせたのだった。
エンジェルレッスン 第二話
『見習い天使エリス』
「私、エリスって言います」
佐々木家、リビングにて。
とりあえず色々な疑問を隅っこにおいやった圭太郎は、エリスと
名乗った女の子とは、テーブルを挟んで真正面のソファに座っている。
ちなみにエリスもソファに座っていた。
先に帰っていると思われた圭太郎の妹は、どうやら友達と寄り道でも
しているらしく、まだ帰っていないようだった。
つまり今、家には圭太郎と、怪しい少女の二人だけ。
否、二人と一匹と呼ぶべきだろうか。
圭太郎の隣のソファには、巨大な犬、ゴールデンレトリバーが
心地よさそうに丸まっていたのだから。
「エリスねぇ……家出じゃないって言ってたけど、じゃあなんで
あんな事してたわけ?」
「あんなこと、ですか?」
首を傾げるエリスに、溜息まじりに言う圭太郎。
「あんな猫か犬みたいにダンボールの中に入って、おまけに俺の
家の前に陣取るなんて」
「あ、それはですね」
途端、明るい笑顔になって説明してくれるエリス。
「人間は、こうすれば必ず拾ってくれるからと、リーナ様に
教えてもらったからです」
「りーなさま?」
「あ、リーナ様っていうのは、私に天使としての事を色々教えて
くれた、先生みたいなものです」
ちょっと待て、と右手を眉間へと、左手を正面にいるエリスへと
向ける圭太郎。
「なんか、よくわからない単語のオンパレードだから、
少し整理させてくれないか」
「いいですよ」
頷いた圭太郎は、しばし考え込む。
「(今、この子……天使、とか言ってたよな?)」
天使といえば、純白の翼とか白い服を着ている、そんな
イメージが圭太郎にはあった。
改めてエリスを見つめる。
翼こそ無いものの、確かにその純白のワンピースは
天使と言えないこともない。
だが、胡散臭いという領域からは出ないようだった。
そもそも、白のワンピースなど店に行けば簡単に
手に入る代物なのだし。
「……真面目に言ってるの、キミ?」
「はい、私は至って真面目です」
どうやら薬をやっているらしい。
そう結論づけようとしていたのがわかったようで、
慌てたエリスが部屋中を見渡す。
「って、何してるの?」
「あ、あのですね。私本当に天使なので……えっと、
その証拠を見せたいと思ってるんですけど……」
言いながら、部屋のあちこちを見回すエリス。
その視線が、やがて一ヶ所で止まった。
「……その犬さん」
「ん、コジロウ?」
圭太郎の隣に座る、ゴールデンレトリバー。
名前は佐々木コジロウと、どこかの歴史的人物に
引っかけたものになっているが、名付けたのは
単に偶然だったりする。
「はい。今からその犬、コジロウさんに、私が
天使であるという証明をしてみたいと思います」
「証明って、芸でもしてくれるのか?」
違います、とキッパリと言い切ったエリスは、
まっすぐにコジロウへと視線を向ける。
気配を察知したのか、今まで丸まって寝ていた
コジロウが首を持ち上げると、エリスへと
その視線をじっと向けた。
「大丈夫ですよ、怖くないですから」
そう優しくコジロウに声をかけるエリス。
すると、言われた言葉を理解したかのように、
コジロウはじっとエリスの方を見つめていた。
すっと、エリスが片手をコジロウの方へと向ける。
「お、おい何を?」
圭太郎が何かを言いかけた、次の瞬間。
「――――……」
音、と表現した方がいいだろう。
エリスの口から紡ぎ出されたのは、とても人間が
発声しているとは思えない、不思議な音だった。
意味はおろか、聞きとることすらできない。
だが超音波の類でもなく、聞こえることは聞こえるのだ。
そして、その直後。
パアァ……
コジロウへと向けていたエリスの手が、突然真っ白に
光り出したのである。
その光はいくつもの粒子となって、コジロウへ向かって
ゆらゆらと飛んでいく。
やがて光に包まれたコジロウも、自ら光を放つように
なっていた。
そんな瞬間も、ほんの数十秒の出来事。
いつの間にか光もおさまっており、片手を下ろした
エリスがにっこりと笑いながら圭太郎に視線を向ける。
「その犬さんに、何か言ってみてください」
「……は?」
と、そこでようやく正気に戻った圭太郎は、大慌てで
エリスに問いかける。
「い、今の光は……何したんだエリス!?」
「ですから、その犬さんとお話してみればわかりますよ」
「コジロウと?」
そうです、と楽しそうに頷くエリス。
半信半疑ながらも、先程の通常ではありえない光を
見せられたばかりなので、もしかしてという可能性も
捨てきれない圭太郎。
コジロウに、何か異変が起きたのだろうか。
恐る恐る、圭太郎はコジロウに話しかけてみた。
「その……体調とか、大丈夫か?」
先程の光のことについて心配した、圭太郎の言葉だろう。
だが、次の瞬間。
「うん、別に僕は平気だよ」
「……え?」
今の言葉を発したのは、圭太郎でもエリスでもなかった。
目の前には、尻尾を振ったまま顔だけを圭太郎に
向けるゴールデンレトリバー、佐々木コジロウ。
「びっくりした? 僕もいきなりこんなことになってびっくりだよ」
何故だろうか、圭太郎の目の前の犬の口が動くたびに、
まるで人間語のようなものが飛び出してくる。
呆然とする圭太郎に、得意げにエリスが口を開いた。
「こうやって霊術を使えば、犬さんだって言葉を話せるように
なるんですよ」
「……ハッ!?」
そこで、ようやく我に返った圭太郎である。
「ま、まさか……本当に、コジロウが喋ってるのか?」
「うん、犬である僕が喋るなんて新鮮でしょ?」
新鮮どころの騒ぎではなく、大ニュース扱いである。
言葉らしき鳴き声を発する犬、というのは圭太郎も
テレビで見たことはあったが、今目の前にいるコジロウは
はっきりと日本語を喋っていた。
鳴いていて、それを聞き違えたなんてレベルではない。
ギリギリと音がしそうなぐらいに首をめぐらせて、
エリスへと視線を向ける圭太郎。
「……ま、まさか本当に、天使?」
「まあ、正確には天使候補生なんですけどね」
「へ?」
そんなエリスの返答に、ますます意味がわからなく
なってきた圭太郎。
さすがにその混乱は顔に出ていたようで、苦笑した
エリスが圭太郎に言う。
「あの……何か飲み物でも飲んで落ち着いたらどうですか?」
そして、数分後。
「でだ、情報をまとめると」
ようやく紅茶を飲んで落ち着いた圭太郎が、真っ先に
言葉を発する。
ちなみにどうして紅茶かというと、エリスが飲みたいと
言い出したからだ。
「エリスは見習いの天使で、何か事情があって俺の家に
やってきたんだよな?」
「はい、そうなります」
「その事情って何かな?」
ちなみに最後のセリフは犬のコジロウのものである。
まだ違和感が残っているようで、圭太郎は背中のどこかが
かゆくなるのを自覚していた。
コトンと紅茶の入ったカップをソーサーの上に置いてから、
一呼吸置いて説明に入るエリス。
「実は私、このたび正式な天使になるための試験を
受けることになりまして、その試験会場が、この人間達が
住む下界なんですよ」
「試験? 天使になるための試験なんてあるのか?」
「一応、天使にだってちゃんとお仕事があるんですよ」
何だろう、と同時に首を捻る圭太郎とコジロウ。
そんな一人と一匹を見て、エリスは呟く。
「この町、他の町と比べて事件や事故が少ないと思いませんか?」
「え……う〜ん、どうだろ?」
確かにニュース等では、圭太郎達の住む町や、その周辺で
事件や事故が起きたという報道は殆どない。
パッと思いつかないあたり、そのぐらいに平穏な町だったと
言えるだろう。
「それと天使と、何の関係が?」
「実は、その天使がこっそり、事件や事故になりそうな事を
未然に防いでいたんですよ」
圭太郎の問いかけに、えっへんと胸を張りながら答えるエリス。
「へぇ、凄いんだぁ」
素直に感動しているのは、コジロウである。
圭太郎はといば、天使という存在自体をまだ飲みこみきれてないので、
やはり半信半疑といった具合だった。
そんな雰囲気が伝わったのだろう、頬を膨らませながら
エリスが言葉を発する。
「圭太郎さん、現実を見てください。ちゃんと目の前でコジロウさんが
お喋りしてるじゃないですか」
「そうだよご主人様、僕が喋ってる時点で凄いことだよ」
犬にまで説得される始末である。
両手で頭を抱え込んで暫く考えていた圭太郎だったが、やがて
観念したように顔をあげると、紅茶を一口飲んでから続ける。
「……わかった、とりあえずエリスが天使だってことは認める」
「見習いですけどね」
「それで、どうして俺の家の前にいたんだ。というか、なんで
俺にその事を打ち明ける?」
考えてみれば、ダンボールの文字は明らかにこの家に拾われるために
仕向けられたものと思える。
つまり、最初からエリスは、佐々木家に的を絞っていたのだ。
その上で自分の正体を明かしてもいる。
「それに関しては簡単です。環境が合格の家だったので」
「環境?」
はい、と一つ頷いてから説明に入るエリス。
「この家のご両親はす……コホン、お仕事で長期にわたって留守に
する事が多いので、正体を最低限の人間にしかバラさず、かつ
生活に困らない絶好の環境だったからです」
「……『す』って何だ『す』って?」
「そこは触れないでください」
あはは、と苦笑しながら明後日の方向を向くエリス。
本当に、佐々木家の両親は何を仕事としているのだろうか。
「まあいい……じゃあ何か? エリスはその、天使になるための
試験に合格するまで、うちにいるつもりなのか?」
「そういう事になります。ふつつか者ですがよろしくお願いします」
「こちらこそ」
ちなみに返答したのは、やっぱりコジロウである。
だが、ここまで踏み込まされて『胡散臭いからダメ』と言える程
圭太郎も人間ができていたわけではないので。
「……まあ、まだ実感薄いけど、よろしく」
などと、渋々ながらに了承してしまうのだった。
「ありがとうございます! ……って、あれ?」
ペコリと頭を下げたエリスだったが、ふと何かを思い出した
かのように暫く目をぱちくりとさせる。
「どうしたんだ、エリス?」
「エリス様?」
圭太郎とコジロウが首を傾げた時だった。
ガチャリと玄関で扉の開く音が聞こえて、それからドタドタと
誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
「お兄ちゃん! これ見てこれ!」
そして帰りの挨拶も無しにリビングへと飛び込んできたのは、
この佐々木家の末っ子にして圭太郎の妹である、佐々木ミキ。
そんなミキの両手は、先程見たばかりのダンボールが
持たれていた。
「あ、あぁ〜っ!?」
そのダンボールを見て、慌てて圭太郎の妹、ミキの元へと
駆けつけるエリス。
「な、なんだなんだ?」
「うんとね、これ拾ってくださいって書いてあったから、
あたしが拾ってきたの」
言いながら、知らないお姉さんであるエリスに臆することなく
中身を見せるミキ。
そして、その中にいたのは……。
「グスッ……ど〜せど〜せ、オレはいてもいなくてもどうでもいい
薄っぺらい友情の産物だったのさ」
「……何これ?」
首を傾げる圭太郎とコジロウ。
「ムサシー! ごめんなさ〜い!」
そんな中で、エリスの声が佐々木家に響き渡っていた。




