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第十五話






 最後まで、笑って過ごしてやろう。

 そんな言葉が出てきてから、更に数日が経過した。

 やはり意識はしてしまうものの、佐々木家の面々は、本当に

 いつも通りの生活をしている。

 そして、その時は訪れた。

 本当に唐突に、無遠慮に。






     エンジェルレッスン  第十五話

         『お別れの時』






「ハロー」

 12月半ばの日曜日。

 休日なので身支度を整えずにリビングに降りると、そんな

 圭太郎の前に現れたのは、赤いスーツ姿のお姉さんだった。

 一瞬我を忘れた圭太郎が、次の瞬間はっとして口を開く。

「リ、リーナ様!?」

「おやおや、年頃の男の子がそれじゃだらしないですよ。

 待っててあげるから、皆を起こしてリビングに集合して

 くださいね」

 目の前の女性、リーナに言われてコクコクと首を

 何度も縦に振る圭太郎。

 ミキやエリスの部屋に行き、コジロウやムサシを起こしながら、

 圭太郎はようやく自覚してきた。

 ああ、今日が最後の日なのだと。


「よし、全員揃ったみたいね」

 言いながら、全員の視線が突きささる中で優雅に

 紅茶を飲むリーナ。

 ちなみにこの紅茶、やっぱりエリスのリクエストで

 圭太郎がいれたものであり、他の皆にも行きわたっている。

「えっと……それで、リーナ様」

 単刀直入に、エリスがその問いかけをする。

「私は、合格したんでしょうか……それとも」

 失格だったのだろうか。

 そう視線で問いかけるエリスに、リーナは小さく

 笑みを浮かべて、紅茶のカップを置く。

 そして、エリスに向かって問いかけた。

「あなたは、どう思ったかしら?」

「え?」

「エリス自身よ。合格できたと思った?」

 その問いかけに、言葉に詰まってしまうエリス。

 隣の圭太郎が、心配そうにエリスのことを見ていた。

 そんな視線を感じたようで、エリスがちらりと

 圭太郎へと視線を向ける。

「(がんばれ、エリス)」

 そんな圭太郎の気持ちが伝わったのだろう。

 再び視線をリーナへと戻したエリスは、口を開いた。

「わかりません。私なりに人間さん達とは

 仲良くしてきたと思いますけど、いまいち天使に

 なるための前提がわからないので」

「うん、良い返事ね」

 リーナはそう言うと、今度はもっと優しげな笑みで

 エリスに問いかけた。

「それじゃあ、エリス……今、あなたは皆と

 別れたくない?」

「えっ……?」

 無言で見つめ返してくる、リーナの瞳。

 瞬間、この場にいた誰もが理解した。

 この質問には、何か重要な意味があるのだと。

 だから質問された当の本人であるエリスは、

 暫く無言で考えた後、ゆっくりと語り出す。

「私、は……この圭太郎さんの家でとても

 良くしてもらいましたし、学校でも皆さん

 とても仲良くしてくれました」

「ふむふむ」

「それがとっても楽しくて、ああ、これが

 人間さんの日常なんだなって思ったら、

 毎日が凄く楽しみで楽しみで……だから」

 きっぱりと、エリスは告げる。

「だから私、こんな生活を終わらせたくないです。

 もっともっと、皆さんと一緒に暮らしたいです」

「……そっか」

 その返答は、もしかしたら天使としては

 あるまじきものではなかったのだろうか。

 この場にいる存在の大半がそう思っていたが、

 暫く黙ってエリスの返答を吟味していたらしい

 リーナが、小さく息を吐き出す。

 そして、どこか呆れたように呟いた。

「あなたは本当に、私と似てるわね」

「え?」

 きょとんと首を傾げるエリスに、リーナは言う。

「私のエンジェルエクサムの時も、先輩の天使に

 同じ質問をされたわ……そして、それに対する

 答えも、今のあなたと一緒だった」

 そして、明るい声でリーナは告げる。

「エリス、合格よ」

『……え?』

 その場にいたリーナ以外の存在の声が重なる。

「合格。あなたは見事天使になるための試験、

 エンジェルエクサムに合格して、一人前の

 天使になりました」

「あ……あの、どうして?」

 あの返答では、天使失格ではなかったのだろうか。

 そう視線で問いかけるエリスに、笑いながら

 リーナは言葉を返す。

「エリスは、人間との生活をそれだけ大切なもの、

 かけがえのないものだってちゃんと理解したって、

 今の言葉を聞いてハッキリわかったからよ」

「あ……」

「その言葉があなたの口から自然と出たなら、

 途中経過がどうであっても、あなたは立派に

 天使になる資格を持ったことになるわ」

 人間を好きになること。

 それが、天使になるための大前提だった。

 それをエリスは、いつの間にか成し遂げて

 しまっていたのだろう。

「……合格」

 ポツリと呟くエリスに、圭太郎が嬉しそうに

 声をかける。

「良かったな、エリス」

「お姉ちゃん、おめでと!」

「ま、エリスなら当然の結果だよな」

「勿論です。エリス様ならば合格できると、

 僕は信じてましたよ」

 口々にミキやムサシ、コジロウからも言葉を

 もらうエリス。

 そんな中で、まだ呆然としていたエリスは、

 隣にいる圭太郎を見つめて。

「……私」

 精一杯の笑顔を浮かべて。

「本物の天使になっちゃいました」

 そう、報告していた。

「……うんうん、本当に仲良くなったのね、

 あなた達」

 呟きながら、リーナはリビングのソファから

 立ち上がる。

 それから、右手を白くぼんやり光らせると、

 パチンと一つ指を鳴らす。

「リーナ様?」

 何をしたんですか、と首を傾げる圭太郎に、

 リーナはどこか寂しそうな瞳でそいつを指差す。

 指差した先にいたのは、この佐々木家の飼い犬、

 ゴールデンレトリバーのコジロウ。

「……クゥ〜ン?」

「うぉ、犬みたいになった!?」

 本来の姿に戻っただけなのに、ムサシが一番

 驚いていた。

 なんだかんだで、コジロウとの言い争いに

 何か感慨深いものでもあったのか、ワンワンと

 本来の犬同様に鳴くコジロウを見て、一番

 寂しそうな視線を向けていたムサシである。

「それじゃあ、そろそろ帰るわよエリス」

「え?」

「天界よ。正式に天使になったんだから、色々と

 教えないといけない事があるの」

 そう少し強めの口調で言ってから、ポツリと

 リーナは、とても寂しげに言葉を呟く。

「長く居るだけ……別れが辛くなるわよ」

「あ……」

 言われて、エリスは隣の圭太郎を見る。

 圭太郎は無言でエリスの事を見つめていた。

 何を言えばいいのだろう。

 行ってほしくないとでも言えばいいのだろうか。

 否、折角エリスは天使になる試験に合格したのだ。

 ここで引き止めてしまっては、かえって

 足を引っ張るだけになってしまう。

 だが、引き止めたいという気持ちがとても

 強いのもまた事実。

 堂々巡りの考えの中、言葉を発したのは意外な

 人物だった。

「お姉ちゃんが、これからはこの町を守って

 くれるんだよね?」

『え?』

 エリスと圭太郎が、同時にそちらに振りむく。

 そこにいたのは、まだ小学生のミキだった。

「お姉ちゃんがこの町を見張っててくれて、

 危ない事とかがあったら助けてくれて、

 悪い人がいたらやっつけてくれるんだよね」

 そう言葉にするミキは、笑顔だった。

 笑顔だったが……その両目からは透明な雫が

 いくつもこぼれている。

「だ、だから……あたし、お姉ちゃんと

 一緒にいられて嬉しかったし、そんなお姉ちゃんが

 これから助けてくれると思うと……」

 こんなに小さな子供でも、無理をしている。

 無理して笑顔を作って、気持ち良くエリスを

 天使にしてあげようとしていた。

 顔の表情は既に笑顔から泣き顔に変わって

 しまっていたが、ミキの言いたい事、伝えたい

 気持ちは充分に理解したエリス。

 ミキの頭を優しく撫でると、ぼふんとエリスの

 胸にミキがもたれかかってきた。

「う、うぅっ……お姉ちゃん……おねえちゃぁん!」

 そこまでが、小学五年生には限界だったのだろう。

 ついに本格的に泣きだしてしまったミキの頭を

 何度も何度も優しく撫でるエリス。

 その傍にコジロウも近寄ると、元気を出せとでも

 言わんばかりに鳴いていた。

「……なあ、リーナ」

「わかってますよ、ムサシ」

 ムサシの言葉に、どこか嬉しそうに頷くリーナ。

 圭太郎が、その先を続けた。

「もう少しだけ……このままにしてあげてください」

「いいわよ。そこまで切羽詰まってるわけでもないし」

 こうして暫く、佐々木家のリビングにはミキの

 泣き声と、様々な思惑が舞っていたのだった。


 気がつけば、もうすぐお昼という時間帯。

 ようやく泣きやんだミキは、今は恥ずかしそうに

 圭太郎の隣に佇んでいる。

 ここは、佐々木家の二階のベランダ。

 丁度お昼という時間もあって、太陽が目の前にあり

 少しばかり眩しかった。

「それじゃ……帰るわよ、エリス」

 リーナのその言葉に、少しだけ間を空けてコクリと

 頷くエリス。

 そして、圭太郎達に振り返った。

「今日まで皆さん、本当にありがとうございました」

 深々と頭を下げるエリスに、圭太郎も頭を下げて返す。

 見よう見まねで、ミキも頭を下げていた。

「お前との口論もこれで終わりか……いや、もう

 喋れないんだから無理だっけか」

 言いながら、傍らに座っているコジロウに笑顔を

 向けるムサシ。

 コジロウは一度鼻をならしたかと思うと、まるで

 狙ったかのようにそっぽを向いた。

 『清々する』とか、そんな言葉が聞こえてきたような

 気が、ムサシにはしていた。

「……まったく」

 そんなコジロウの挑発には乗らずに、たった一言。

「楽しかったぜ」

 ムサシの言葉を理解したように、改めて真っ直ぐ

 ムサシを見つめるコジロウ。

 これで、本当にお別れだ。

「それじゃあ、圭太郎くん、ミキちゃん、コジロウくん」

 リーナの言葉に続いて、エリスが言う。

「さようなら、です」

 そして、背を向けるエリス。

 瞬間、驚くべき光景が目の前に広がった。

バサァッ!

 リーナとエリス、二人の背中から、まるで翼でも

 広げるみたいに大量の羽根が出現したのである。

 否、実際に翼は見えていた。

 リーナとエリス、天使と呼ばれ、人間達の生活を

 陰ながらサポートする特別な存在。

 最後の最後にそんな光景を見て、圭太郎はようやく

 納得した。

 この二人は、本当に天使だったんだなと。

 乱舞した翼の羽根は、やがて二人を覆い隠すように

 ひらひらと舞うと、地面に触れたそばから光となって

 消えて行ってしまう。

 それは本当に綺麗な光景で。

 見惚れているうちに……いつの間にか、リーナの姿も、

 エリスの姿も消えていた。

 気がついた時には、目の前にあるのはいつもの

 町並みと、日の高い太陽と、冬特有の澄んだ青空。

「……行っちまったか」

 ポツリと呟いた圭太郎の言葉に、また涙しそうに

 なって目頭を拭うミキ。

 そんなミキに寄りそうように、コジロウが顔を

 近づけていた。

「だ、大丈夫だよコジロウ。もう泣かないもん」

 そう言うミキだったが、おそらく一人にでもなったら

 また泣いてしまうことだろう。

 実際、まだエリス達が消えてしまった場所を呆然と

 眺める圭太郎も、何かの拍子で泣きだして

 しまいそうだったから。

 無言のまま、もう二人がいなくなったベランダを

 見つめる圭太郎。

 そして……ついにその言葉を呟いた。

「さようなら……エリス、ムサシ」

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