第十四話
後日、学園祭の後片付けなどもあっという間に終わってしまった。
そんな事もありつつ、圭太郎達の日常は瞬く間に過ぎていく。
相変わらずケンカの絶えないムサシとコジロウ。
マイペースに自前のリボンでエリスの髪型を変えて遊ぶミキ。
そして、そんな中で高校生活を送るエリスと圭太郎。
時期は既に、12月に入ったころだった。
エンジェルレッスン 第十四話
『迫るタイムリミット』
「ふぁ……」
12月に入って、一気に気温が冷え込んだように思われる。
小さな欠伸をしたエリスは、次にはぶるぶると身を
震わせていた。
隣を歩く圭太郎も、寒そうに手をポケットに突っ込みながら
通学路を歩いている。
「今日も寒いね〜」
「まったくだぜ、四季があるって面倒だな」
だがこの二人、ミキとムサシだけは寒さなんて
どこ吹く風のようだった。
ミキは『子供は風の子』を体現したかのように寒さは
へっちゃらで、ムサシは体毛が暖かいのか普段と変わらない。
「そういえばエリス、また夜更かししてたんじゃないのか?」
「え?」
言われて、ギクリとした表情になるエリス。
やっぱりなと呆れた表情になった圭太郎は、軽い調子で言う。
「あんまり無理な生活してると、そのうち倒れるぞ」
「そ、そこまで無理をしているわけではないですから」
「ふ〜ん……そっか」
実際、本当に小さな欠伸が出る程度で、体調不良にまでは
発展していないらしい。
ならばいいかと言及するのをやめる圭太郎だったが、
ここ最近、このやりとりを不思議に思っていた。
「(なんか、ここ最近のエリスは夜更かしばっかりだな)」
一体夜遅くまで、何をしているのだろうか。
聞いてみたくなった圭太郎だったが、何故だかその疑問は
口をついて出てこない。
「(……やっぱり、相手は天使とはいえ女の子だもんな)」
本人から言い出さないということは、多分秘密にしたい
事なのだろう。
そう結論付けた圭太郎は、今日もいつも通りに
通学路を歩いて行った。
そして、学校に着いてもいつも通りのやりとり。
「知ってる圭太郎? 最近、あのオンラインゲームで
クリスマスイベントの話題があってさ」
「ああ知ってるわ。毎年やってる、あの凄く面倒な
イベントでしょ」
修一の言葉に、愛が相槌をうつ。
正直オンラインゲームなんてものをやっていない
圭太郎が聞いてもさっぱりだったが、会話をしているという、
ただそれだけで楽しいのもまた事実だった。
「そういえば、エリスはゲームとかに興味無いのか?」
何気なくそう話題を振ってみる圭太郎。
だが、エリスは自分の席から圭太郎達の傍までやってきて
会話に参加しているにも関わらず、俯き加減に
何か考え事をしているようだ。
「エリス? どうしたの?」
不審に思った愛が問いかけると、ようやく反応するエリス。
「え、あ……はい、なんでしょう?」
「なんだかエリスさん、最近よくボーっとしてない?
ひょっとしてあの日?」
ガシッ!
瞬間、修一の頭を愛の右手が掴んで圧力をかける。
「あ、ぎゃああああ〜!?」
「あんたはもう少しデリカシーってものをわかりなさい!」
こうやって、修一が愛にいじめられるのもいつもの事。
ただ、やはり最近エリスがどことなく元気が無いのは
誰の目から見ても明らかなようだった。
「やっぱり夜更かしがたたってるんじゃないだろうな?」
そう問いかける圭太郎に答えたのは、ムサシ。
「いや……そういう意味じゃない」
「え?」
圭太郎の問いかけには、ハッキリと答えないムサシ。
不審に思ってエリスに視線を向けるも、エリスも
何も言うつもりは無いようだった。
「(何だっていうんだ……エリスも、ムサシも)」
そして、今日も授業が全て終わり、放課後となる。
下校する圭太郎とエリスは、やはりいつも通りだった。
ずっと、このまま毎日続くかのような、当たり前の日常。
その日常に、すっかりとエリスは溶け込んで
いるようだった。
「……そういえば」
ふと、日常なんてものを考えていた圭太郎は、ある事を
思い出した。
「はい?」
首を傾げるエリスに、圭太郎は問いかける。
「例の天使になるための試験って、いつまでだっけ?」
「っ!?」
その言葉を聞いた途端、明らかに変わった。
落ち着いた表情だったエリスのそれが、恐怖を覚えた
ような表情に一変したのである。
「え……あの、エリス?」
「……このバカが」
ポツリと、ムサシが呟く。
それで、さすがの圭太郎も気がついてしまった。
「あ……」
「もうすぐ、試験期間も終わりですか……」
一人、否一匹で留守番をくらっていたゴールデンレトリバー、
コジロウが誰に言うでもなくポツリと呟く。
エリスが正式な天使になるための試験、エンジェルエクサム。
六月中旬から始まったそれは、半年の期間で
終わると前にムサシが言っていた。
つまり、試験期間終了は、12月中旬。
「もう間もなく……エリス様とはお別れしなければ
いけないんですね……あと、あの生意気な牛妖精とも」
それは、今まであった日常が崩れるということ。
あの日、ダンボールの中に入って待ちわびていたエリスを
拾ってから、約半年。
もう間もなく、別れの日はやってくるだろう。
ガチャ
「あ、ご主人様達が帰ってきた」
むくりと起きあがったコジロウが、急いで圭太郎と
エリスと、ついでにムサシの帰りを出迎える。
「お帰りなさい……って、あれ?」
だが、様子がおかしいことはすぐにわかった。
圭太郎達が纏っている空気は、どんよりと重たい。
いつものように明るい雰囲気は微塵も無く、あの
ムサシですら黙り込んでしまっている始末だった。
「……ど、どうかしたんですか、ご主人様?」
恐る恐るといった感じで、圭太郎に問いかけるコジロウ。
「あ、いや……ちょっとな」
そう前置きしてから、圭太郎も口を開く。
「もうすぐ、お別れが近いと思ったら、ちょっと」
今日も妹のミキは友達と寄り道をしているようで、
当分帰ってくる様子は無かった。
そんな中で、部屋に戻るでもなく、何故かリビングに
集合してしまった圭太郎達。
何か話があったわけではない。
ただ、もうすぐこの関係が終わりを迎える。
それを全員が改めて認識した途端に、気がついたら
こういう行動に出ていたのだ。
「……ああくそう、こういう空気苦手だぜ」
言葉通り、この空気に耐えかねたのか呟くムサシ。
「あなたはいつもそうですよね。雰囲気が悪くなると
すぐに現場から逃げだそうとして」
そして、そんなムサシに素早く突っ込むのはコジロウだ。
「いや、だってオレ、じめじめしてるの嫌いだし」
「それだったら、じめじめしないようあなたの発言で
努力すればいいじゃないですか」
「出来てりゃやってるっての。どっかのデカ犬みたいに
呑気に傍観してられる程、オレ太い神経してないんだから」
「……ほう、そのデカ犬とやらは雰囲気が重くても
のほほんとしていると」
「現に手本がいるからな、ほら」
「まあ、今のは聞かなかった事にしまして……実は僕、
牛肉をまるかじりってしたかったんですよね」
「思いっきり聞いてるじゃないかよ!」
そんなムサシとコジロウのやりとりを、一通り
聞いていた時だった。
『……ぷっ』
二人同時に、噴き出していた。
その様子を見て、言い争いをしていた二匹が
圭太郎とエリスを見る。
「お前達……こんな状況でも相変わらずな事が
出来るんだな」
「ちょっと感心してしまいました」
圭太郎とエリスの言葉に、少し照れたのか
二匹とも視線をそらす。
そんな二匹を見てから、次に口を開いたのは
圭太郎だった。
「うん……そうだな、いつも通りでいいよな」
「圭太郎さん?」
きょとんと首を傾げるエリスに向かって、
圭太郎は真っ直ぐに顔を向けて言う。
「もうあんまり時間無いのかもしれないけど、
だからって肩肘張って緊張したり、別れを
寂しがるよりも、いつも通りでいた方が
よっぽど楽しいってことだよ」
「そ、それはそうですけど」
人間、そう簡単に気持ちを切り換える事が
できれば苦労はしないのである。
そんな不安が伝わったようで、圭太郎も
苦笑まじりに呟く。
「正直、俺も意識するなって言われても
無理だけどな……でも、もったいないだろ」
「もったいない、ですか?」
ああ、と無理矢理力強い笑顔で圭太郎は頷く。
「折角エリスやムサシと出会えたんだ。
最後まで笑って過ごしてやろうぜ」
『……』
その沈黙は、誰のものだっただろうか。
エリスは勿論のこと、黙って見守っていた
ムサシやコジロウまで、言葉を失ったかのように
呆然と圭太郎のことを見つめていた。
最後まで笑って過ごしてやろうぜ。
それは間違いなく、この場にいた誰もが
思っている事だっただろう。
そして……それに気付いていなかったのだ、誰も。
ようやくそれを口に出して教えてくれたのは、
誰でも無い佐々木圭太郎。
「……そうだよな」
ポツリと、ムサシが言葉をこぼした。
「もうすぐさよならだからって、ヘンにしんみり
する必要なんて無いよな」
「当たり前じゃないですか。まったく、後向きな
考えしかできないのですね、ムサシは」
「なっ、デカ犬だってさっきまで気まずい雰囲気に
何もできなかったじゃないか!」
「ほらほらお二人とも、ケンカはいけませんよ」
エリスが仲裁に入り、二匹はとりあえず
口論を止める。
「まったくもう、どこまでもいつも通りなんですから」
そう、エリスが苦笑した時である。
「ただいま〜!」
玄関の方から、元気な声が響いてくる。
どうやらようやくミキが帰ってきたようだ。
ぱたぱたとリビングにやってきたミキは、全員が
集まっているのを見ると首を傾げる。
「どうしたの、お兄ちゃん達?」
「今日の夕食は何がいいか、って話をしてたんだ」
すぐに答える圭太郎に、ミキは嬉しそうに
近づいていくと少しだけ考え込む。
それから、ピッと手をあげて口を開いた。
「はい、ハンバーグがいいです」
「よし、ハンバーグだな。材料は……確かあった
はずだから、すぐに下ごしらえしてやる」
「わ〜い!」
そんなミキをリビングに残して、ダイニングキッチンへと
向かう圭太郎。
その途中で、リビングにいる全員へと振り返った。
「それじゃ……いつも通りで、な?」
圭太郎のそんな言葉に、ミキを除いた全員が頷く。
「え? 何のお話?」
「ミキちゃんは大丈夫なお話ですよ」
エリスの言葉に、ふぅんと納得したようなしてないような、
そんな返事をするミキ。
キッチンに入った圭太郎は、一度大きく深呼吸すると
一人呟く。
「いつも通り……いつも通りの生活のまま、気持ち良く
エリスとムサシを送りだしてやるんだ」
そう心に、改めて誓う。
それから圭太郎は、夕食のハンバーグの準備を
始めるのだった。




