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第十三話






 実を言うと、妹のミキの誕生日の度に、圭太郎は

 ケーキを作っていたのである。

 つまり、経験はまだ浅いとはいえ、ケーキ作りの

 大まかなレシピは頭に入っていた。

 その事を知った上での、エリスのあの発言。

 そして……問答無用で、喫茶店『エンジェルレッスン』は、

 学園祭で開店を迎えた。






     エンジェルレッスン  第十三話

         『嬉しい悲鳴』






 麗翼高校学園祭、二日目。

 一般参加者も入れるこの日は、特に忙しかった。

「ちょっとケイ! エンジェルケーキが追い付いてないわよ」

「む、無理言うなよ高峰……ああ、オーブンが!」

 調理室での、そんなやりとり。

 幸いにして、料理の出来る男子という存在は圭太郎一人では

 なかったので、圭太郎が選りすぐった男子数名と

 コンビを組んで、ケーキ作りをしているのだ。

 ちなみに『エンジェルケーキ』とは、圭太郎達が作っている

 喫茶店、エンジェルレッスンの目玉商品である。

 とことん天使に拘った今回のイベントだったが、これが

 予想以上に反響を呼んでいるようだ。


 場所は変わって、圭太郎やエリスのクラス。

 喫茶店らしく装飾されたその教室内は、裁縫チームが

 徹夜で仕上げたウェイトレス衣装に身を包んだ女子達が

 かけずりまわっている。

 とにかく、色々なところで手が回り切っていないのが

 実情だった。

 まず原因の一つとして、普通に出しているケーキの

 レベルの高さがある。

 商店街にある喫茶店、ジュテームから本当に直でケーキの

 搬入に成功させたこのクラスのケーキは、とにかく美味しい。

 それが噂となって客が増えて、食べた客がまた噂を流す。

 そんな連鎖がどんどんと続いたらしく、今では教室の外に

 行列が出来ており、本来ならば休憩しているはずだった

 男子達が列整理をする始末だった。

 そして、もう一つの原因は、やはり目玉商品の

 エンジェルケーキ。

 今回の喫茶店のコンセプトは『見習い天使の喫茶店』

 とのことであり、そのどこか愛らしい宣伝がヒットして、

 特に女性からエンジェルケーキの注文が殺到していた。

 実際は素人である圭太郎を中心とした男子達が連携して

 作っているケーキなのだが、ジュテームのケーキとは

 また違う味わいだとかで、これも噂が広がって客を

 呼び込む始末。

 ついには、圭太郎達が総力をあげてケーキ作りをしても

 追い付かない程になってしまっていた。

 そして最後の原因だが、ウェイトレス見たさの客も

 決して少なくなかった。

 接客は全て女子がこなしているのだが、その中でも

 一際目立つ金髪の美少女の姿が。

 そう、エリスの存在である。

「おいエリス、向こうの客が呼んでるぞ」

「は、は〜いただいま〜!」

 ムサシに言われて、慌てて客の元へと走って行くエリス。

 とにかくこの日本人離れした少女、大人気なのである。

 その人気は男子間だけに留まらず、高学年の女子にも

 可愛いと評判になり、やはりこれもまた噂となって

 学校中に流れていた。

 そんなわけで、もう現場も調理場も忙しいを

 通りこして慌ただしい状態である。

「……予想外だったわ。まさかここまで人気が出るなんて」

 そんな喫茶店、エンジェルレッスンをまとめあげた

 委員長こと高峰愛がポツリと呟いた瞬間、客に呼ばれて

 急いで注文を伺いに行く始末。

 一般客まで入っているこの二日目は、どうやら学園祭

 終了の時間になる前に品切れになりそうだ。


「ふぅ……疲れました〜」

 と、また場所は変わって調理室。

 ようやく休憩をもらえたようで、様子見がてらに

 そこへ足を向けたのは、エリスだった。

 そんなエリスの存在に気付いて、声をかける圭太郎。

「よう、お疲れエリス」

「お疲れ様です〜……もう目が回りそうですよ〜」

 呟きながら、空いている椅子に座りこむと小さく

 息を吐くエリス。

「……ふぁ」

 それに続いて、小さな欠伸も出た。

「なんだ、やっぱり寝不足なのか?」

 ホールケーキにフルーツをトッピングしながら、

 圭太郎が問いかける。

「うぅ……そこまで夜更かししているわけでは

 ないんですけど、昨日と今日がこれですから」

「あはは、確かにな……っと完成。これクラスまで

 運んでくれ」

 トッピングを終えたエンジェルケーキを、他の男子に

 現場まで持って行ってもらう圭太郎。

 次の作業を確認すると、まだオーブンの中に

 スポンジケーキが入っている状態だったので、ほんの

 少しだけ圭太郎にも休憩時間が出来た。

 椅子を持ってくると、エリスの隣に座る圭太郎。

「なんか、凄い人気になってるけど、どうしてだと思う?」

「人間ってのは、やっぱり可愛いものが好きってことだろ」

 圭太郎の問いに答えたのは、ずっとエリスの周囲を

 飛んでいたムサシだった。

「天使って、そんなに可愛いイメージがあるかな?」

「あるだろ、ほら」

 言いながら、圭太郎に目の前でへばっているエリスを

 示すムサシ。

 そういうリアクションをとられては、圭太郎も

 納得せざるをえないようだった。

「あ〜……確かに、可愛いってイメージがあるかも」

「はい? 何か言いましたか圭太郎さん?」

 なんでもない、と首を横に振った圭太郎は、

 そろそろオーブンの方が焼きあがるのを確認すると

 椅子から立ち上がる。

「作業に戻るな。エリスはこんなところで座り込んでないで、

 他の出し物でも見てきたらどうだ?」

「そうしたいのは山々なんですけど……休憩時間、

 あと五分ぐらいしかないんですよ〜」

 情けない声でそんな事を言うエリス。

 なるほど、たった五分では却って休息に費やした方が

 今後のためになるのかもしれない。

 そう思った圭太郎は、苦笑まじりに呟く。

「お互い、がんばろうぜ」

「はい〜」


 そしてまたまた場所は変わって、喫茶店エンジェルレッスン。

 休憩を終えて戻ってきたエリスは相変わらずの人気で、

 客からのご指名がひっきりなしに飛んでくる。

 それをなんとかこなしているあたり、エリスも随分と

 タフな少女だった。

 と、そんないつ終わるかもわからない接客地獄とエリスが

 戦っていた時。

「お? おいエリス」

 教室の入口を見ていたムサシが、ホールケーキを切り分けている

 エリスに声をかけてきた。

「どうしました?」

「あれ見てみろ。面白い組み合わせがいるぞ」

「はい? 面白い組み合わせ?」

 何の事だろうと不思議に思いながら、エリスはムサシが指差して

 いる方へと視線を向ける。

「……って!?」

 そして、確かに面白い組み合わせに驚愕した。

「ミキちゃんとリーナ様!?」

「はろ〜エリス」

「お姉ちゃん、来ちゃった」

 驚愕のポーズで固まるエリスに対して、マイペースに

 挨拶をするリーナとミキ。

 全ての指名を無視してそのテーブルに向かうと、エリスは小声で

 リーナに問いかけた。

「どうしてミキちゃんと一緒に? 確かお二人は面識が

 無かったはずですけど」

「えっと、偶然知り合って仲良くなったから、一緒にエリスが

 がんばっている姿を見に行きましょって誘ったの」

「誘われちゃったの」

 嬉しそうにそう続けるミキ。

 ちなみに麗翼高校の学園祭は土日の二日間で行われるため、

 小学生であるミキは当然のように休みだった。

「でも、コジロウは連れてこれなかったの」

 残念そうに言うミキに、ああと思い出すエリス。

 そういえばこの学校、色々と規則が厳しかったのだ。

 がっかりしているミキに、リーナは優しい笑みで言う。

「大丈夫よ、ミキちゃんがいっぱい楽しんでくれたのなら、

 それはきっとコジロウくんにとってはとっても幸せな事だから」

「そうかな?」

 そうよ、とウインクしてみせるリーナに、その気になって

 きたらしいミキが強く頷く。

 満足そうにミキを見ていたリーナだったが、ふとその視線が

 エリスへと向けられる。

「ところで、お仕事いいの? なんだか大変なことに

 なってるみたいだけど」

「え……あっ!?」

 言われて、ようやく自分が今ウェイトレスをしていることを

 思い出すエリス。

「ちょっとエリス〜! お客さんとお喋りしてないで

 こっち手伝ってよ〜!」

 奥の方で、そろそろ限界に近そうな愛がエリスに向かって

 叫んでいた。

「す、すみません!」

「あ、私はこのエンジェルケーキと紅茶、ストレートで」

「あたしは、モンブランとミルクティがいい」

 ついでにリーナとミキのオーダーを取って、急いで奥へと

 戻って行くエリスなのだった。

「やれやれ、本当に在庫、学園祭終了までもたないぞ」

 そんなムサシの呟きに、嬉しそうに微笑むリーナとミキだった。


 そして、ムサシの呟きは正しかった。

 学園祭終了二時間前にして、ジュテームから仕入れた

 ケーキはおろか、圭太郎達の手作りであるエンジェルケーキも完売。

 エンジェルレッスンは、どこの食べ物屋よりも早く閉店を

 迎える事になったのだった。

「も、もうフラフラです〜」

 そう言いながら、客のいなくなった教室内で椅子に座って

 ダウンしているのは、やはりエリス。

 他の女子達も殆どが似たようなもので、むしろ元気な人間を

 探す方が難しそうだった。

 そんな中で、机に突っ伏しているエリスの頬に紙コップを

 あてる男子が一人。

「ひゃっ? ……け、圭太郎さん?」

「お疲れ様、ほい紅茶」

 驚いて起きあがったエリスの目の前の机に紅茶を置くと、

 圭太郎は自分の分のコーヒー片手に隣に座る。

「いやぁ、こんなに大量にケーキを作るなんて、後にも先にも

 これっきりじゃないかな」

「確かに、パティシエにでもならない限り、二度とないだろうな」

 ムサシのそんな返事に、だよねと苦笑しながらコーヒーを

 一口飲む圭太郎。

 エリスも紅茶を一口飲んでから、ふぅと息を一つ吐いた。

「これから他の出し物を見る……なんて余力無さそうだな」

「は、はい。ごめんなさい」

「別に謝ることじゃないよ。俺もそんな余力無いし」

「何だ何だ二人してだらしない。運動不足か?」

 働いてないお前が言うな、と圭太郎が視線でムサシに

 言っていた。

「……でも」

 ポツリと、エリスが呟く。

「凄く忙しくて、目が回りそうでしたけど……なんだか、

 とっても楽しかったです、昨日と今日」

「だな、俺もケーキ作ってただけとはいえ、評判は

 聞こえてきてたから、楽しく作らせてもらってたよ」

「あ……」

 そこでふと、何かを思い出したかのようにエリスが口籠る。

「ん? どうしたエリス?」

 圭太郎の問いかけに、非常に残念そうに答えるエリス。

「圭太郎さんの手作りケーキ……結局、私は食べ損ねて

 しまいました」

「俺の手作りケーキって、エンジェルケーキ?」

 はい、と本当に残念そうに頷くエリス。

 そんな事かと苦笑した圭太郎は、コーヒーを一気に

 胃の中に流し込むと、明るい声で言ってあげた。

「あのぐらい、いつでも家で作ってやれるさ」

「え?」

「だから、エリスが食べたかったら、また俺が作って

 やるってことだよ」

 圭太郎のその言葉に、ぱぁっと明るい笑顔になるエリス。

 思わず圭太郎の手を取って、ぶんぶんと振っていた。

「是非お願いします! 私、本当に一度食べて

 みたかったんですよ!」

「わ、わかったから手を離せって、手を」

「まるで子供だぞ」

 ムサシの言葉に、はっとして慌てて自分の手を

 引っ込めるエリス。

 恥ずかしそうに頬を赤らめるエリスに向かって、

 まるで兄にでもなったかのような心境になった

 圭太郎は、ぽんぽんとエリスの頭を叩くと言った。

「まだ時間はあるんだ。そんなに慌てなくていいぞ」

「……はい」

 この時、圭太郎は気付いていなかった。

 返事をしてくれたエリスの声が、先程よりも

 少しばかり元気が無かった事に。

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