第十二話
夏休みはあっという間に過ぎ、再び圭太郎達は
麗翼高校の学生としての生活に戻って行く。
そして、学生達が再び高校生活に馴染んできた頃。
中間試験という関門を突破した学生達に待っていたのは、
学園祭という行事だった。
エンジェルレッスン 第十二話
『学園祭に向けて』
「ふぁ……」
登校途中、小さな欠伸をするエリス。
このところエリスは、よく眠そうにしているようだった。
気になった圭太郎が、隣を歩くエリスに問いかける。
「夜更かしでもしてるのか? なんだか眠そうだけど」
「え?」
その問いかけに、一瞬何を言われたのかわからなかった
らしきエリスがきょとんとする。
呆れた圭太郎の溜息に、エリスが慌てて口を開いた。
「べ、別に夜更かしとかしているわけではないですよ」
「うんうん、そうだよね〜!」
と、聞いてもいないのにエリスの言葉に大袈裟に
頷くミキ。
その明らかにわざとらしい様子に、圭太郎はなるほどと
納得した顔になる。
「(夜更かしして……何してるんだエリスは?)」
まあ、別に授業中に居眠りをしたりはしていない
ようなので、特に問いただす問題でもないだろう。
そう判断した圭太郎は、それ以上エリスに
言及することはなかった。
ちなみに今日のエリスの髪型だが、どうやらミキが
気に入ったようで、最近は毎日のように赤いリボンを
後頭部で結んだものになっている。
「ところで圭太郎、ちょっと質問していいか?」
と、今日は珍しく学校についてくることにしたムサシが、
三人の目の前まで飛んでくると口を開く。
「なに、ムサシ?」
「その学園祭っていうのは、普通どういうことを
するものなんだ?」
言われて、う〜むと暫し考え込む圭太郎。
圭太郎が通っていた中学校では、学園祭と呼べる程の
大きなイベントをした事が無かったので、実を言えば
圭太郎にとっても初めてのイベントなのだ。
だから圭太郎も、自分の中のイメージだけで答える。
「食べ物屋があったり、何かの劇があったり……
そうだな、お祭りの学生主体版ってところかな」
「もうすぐ、その学園祭なんですよね」
エリスの言葉に、そうだったなと呟く圭太郎。
「それじゃあ、お兄ちゃん達も何かお店とかするの?」
ミキの問いかけに、圭太郎は苦笑して答える。
「それを今日の放課後、決めるんだってさ」
「え? そうなんだ。だったら食べ物屋さんがいい」
と、参加者でもないのに早くも提案してくるミキ。
気が早い妹にやっぱり苦笑する圭太郎だったが、
ミキが楽しみにするのも無理はないだろう。
聞くところによると、学園祭は二日間にわたって
行われ、最終日となる二日目は一般客も
参加することができるらしい。
つまり、部外者であるミキも参加できるので、
だったら食べ物が食べたいと、そういう理由である。
「私は、劇とかやってみたいかもですね」
「そうか? 劇なんかより食べ物の方が絶対に
理にかなってるだろ」
などとエリスとムサシが言い合う中で、一人
物思いにふける圭太郎。
「(学園祭……うちのクラスは何やるんだろうな)」
そして、その日の麗翼高校の放課後のことである。
まず、言い忘れていたことが一つあったので
言わせてもらいたい。
圭太郎の友人こと高峰愛は、クラス委員の
委員長だったりする。
「というわけで、今から学園祭の出し物を
決めたいと思います」
担任の教師に代わって教壇に立ち、クラス中を
見渡しながらそう宣言する愛。
クラスの生徒の誰もが、初のイベントだけに
真面目に愛の方へと視線を向けていた。
「まず、どんな方向性の出し物にするか……
意見がある人は挙手してね」
そう愛が口にするが、特に挙手する生徒はいない。
それはそうだろう。
学園祭なんて初めてのイベントで、一体何を
どうすればいいのかわからないのだ。
発案したとして、果たしてそれが可能な事か
予測すらできない。
「う〜ん……ねえ、誰かいないの、案?」
困った様子でクラス中を見回す愛だった。
と、そんな雰囲気に耐えかねたのか、一人の
生徒が挙手する。
「はい、シュウ」
挙手した生徒は、黒場修一だった。
「やっぱり、食べ物関係の店がいいと思います」
「なるほどね……喫茶店みたいなの?」
自分の趣向からか、愛がそんな風に修一に
問いかけると、修一は笑顔で頷く。
「うん。それじゃあ、うちの出し物は喫茶店って
方向性で行きたいと思うけど、異議はあるかしら?」
愛のその言葉に、誰も異議をとなえる者はいない。
どうやらこの場は、喫茶店でまとまりそうだった。
反対意見なしと判断した愛は、次の議題へと移る。
「次は、どういう喫茶店にするかだけど……シュウ、
何か案はある?」
「さすがにそこまでは。それは皆で考えようよ」
それもそうね、と軽く受け流した愛は、再び
クラス中に視線を巡らせる。
「それじゃあ、何か意見のある人」
ここまで来ると、ちらほらと挙手をする生徒が
出てくるようだ。
やはりゼロから意見を問われるよりも、ある程度
方向性が定まってからの方が、クラスメイト達も
意見を出しやすいようである。
飲み物は紅茶とコーヒーは本格的にとか、基本
接客は女子が行うなど、色々な意見が飛び交う。
そんな意見を聞いていたムサシが、眠気と
戦っているエリスに何やらそっと耳打ちした。
「え……ムサシ、なんて?」
「だから……」
どうせムサシの声はエリスと圭太郎にしか
聞こえないのだからと、ハッキリとした口調で
再び言い直すムサシ。
その言葉に驚いたエリスが、思わずオウム返しに
その名を口にしていた。
「エ、エンジェルレッスン!?」
「ん? どうしたのエリス?」
と、そんなエリスの発言に目ざとく食い付いた
愛が問いかける。
叫んでしまった手前、他のクラスメイトの視線も
集めてしまい引くに引けなくなったエリスは、
かなり恥ずかしそうに口を開く。
「え、えっと……その、喫茶店の名前なんですけど、
エンジェルレッスン……なんてどうかと」
「ふむ……天使の授業ねぇ」
考え込む愛だったが、すぐに修一が
その発言に食いつく。
「いいんじゃないかな? なんかいかにも『女の子が
接客してますよ』みたいな可愛らしいネーミングだし」
そんな修一の発言に、周りのクラスメイト達も
納得したのか、うんうんと頷いている。
「なるほどねぇ……じゃあ、喫茶店の名前は
エンジェルレッスンで決定でいいわね?」
愛の問いかけに、クラス全員が賛成した。
「はぅ……びっくりしましたよ、ムサシ」
「いやぁ悪い、さっき女子が接客するって
聞いたら、天使ってフレーズがず〜っとオレの
頭の中にこびりついててさ」
苦笑するムサシに、少しだけ拗ねたような
顔を向けるエリス。
そんなちょっとしたトラブルもありながら、放課後の
話し合いは順調に進んでいく。
特に話し合いに参加していない圭太郎だったが、
別に我関せずというわけではなく、意見が出せるほどの
名案が無いだけだった。
「(皆、なんだかんだでやる気になってきてるな)」
それが嬉しい反面、どこまで本格的な喫茶店に
なって行くのかと心配になる圭太郎だった。
これは圭太郎の推測だが、喫茶店の規模が本格的に
なればなるほど、準備や運営が大変になるだろう。
そして接客は女子が中心となれば、男子は当然、
当日も裏方で動きまわることになるはず。
どうかやりすぎないようにと、圭太郎が心の中で
祈っていた時である。
「じゃあ、ジュテームのケーキを当日は用意するわね」
「ブッ!?」
愛のそんな発言に、思いっきり吹き出す圭太郎だった。
「あら、どうしたのケイ?」
「お、お前……ジュテームって、あの商店街にある
元ケーキ屋の喫茶店のことか?」
そうよ、と至極当たり前のように答える愛。
「ジュテームのケーキを学園祭で出すって……
そんな事できるのかよ?」
「まあ、あたしあそこのマスターとも仲良いし、
話せばOKもらえると思うわ」
恐るべきは、そこまで喫茶店ジュテームに
足しげく通っている愛そのものだろう。
何やらこのクラスの喫茶店、圭太郎が考えるよりも
かなり本格的になりそうな予感がするのだった。
「でも、それだけだとインパクト薄くないかな?」
修一のそんな意見に、ふむと考え込む愛。
「そうねぇ……じゃあ、ウェイトレスの衣装とか
作ってみる?」
「僕じゃ無理だけど、誰か裁縫得意な人いる?」
そんな修一の問いかけに、何人かの女子が挙手をする。
その挙手を確認した愛が、再び口を開いた。
「じゃあ衣装のデザインは、今の子達に任せるとして。
う〜ん……何かもう一つ、ほしいのよね」
黒板に板書した、今までの意見をザッと見ながら
呟く愛。
ほぼ一通りのことは決まったが、これだけではどうも
盛り上がりに欠けると、そう愛は考えるようだ。
修一も愛と同じように考えているようで、何か
無いかと腕を組んで考えている。
と、そんな時だった。
「あ、あの」
控えめに挙手したのは、エリスである。
「はいエリス、何か意見ある?」
「その、出来ればですけど……目玉商品みたいなものを
作ってみてはどうでしょうか?」
「それだ!」
いち早くその意見に賛同したのは、他でもない修一。
たまにはまともな意見も出せるんだな、とは
ムサシの弁である。
エリスの意見に、少し考える仕草をする愛だったが、
やがてその目が輝いて行く。
「なるほど、呼び込みの常套手段よね……いいわね
目玉商品。反対意見は?」
勿論、そんなもの出るはずもなく、次の議題は
自然と目玉商品をどうするかということになった。
「それじゃあエリス、何か『これだ』っていう
宣伝になるケーキか何か、ある?」
愛の言葉に、少々恥ずかしそうにしながら
口を開くエリス。
「その、前にジュテームでケーキを食べていた時に
思ったんですけど……どれも生クリームたっぷりで、
男の人とかには向かないと思ったんです」
ふむふむ、とエリスの言葉に頷く愛。
「だから、あんまり甘くない、男の人でも食べやすい、
フルーツとかをいっぱい使ったケーキを、クラスで
作るというのはどうでしょうか?」
「それだと、調理室が使えるかどうかが問題よね」
すぐにその意見が出せるあたりは、さすがは
委員長といったところだろう。
だが、そんな愛の言葉に即座に切り返したのは修一。
「それだったら大丈夫。僕のツテでなんとかするから」
「……そのツテ、まっとうなものなんでしょうね?」
愛の言葉に、無言で笑顔だけを向ける修一。
どうやらいつものように、情報による脅迫紛いな
事をして調理室を確保する気満々のようだった。
大きく溜息をつく愛だったが、もうこの際、
修一の非道っぷりには目を瞑ることにしたらしい。
「じゃあ、調理室の確保は先生とシュウに任せるとして、
どんなケーキを作るかよね」
「あ、それなんですけど」
と、何か案があるのか、今度は先程よりも自信を
持って挙手するエリス。
「ん? 何か名案があるのエリス?」
愛の問いかけに、エリスはこんな事を言い出した。
「そのケーキなんですけど……圭太郎さんに
作ってもらったらいいと思います」
「……え?」
今まで会話に参加していなかった圭太郎が、
きょとんとエリスを見つめていた。




