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第十一話






 霊術。

 天使達が使う特別な力。

 本来ならば、人間達には決して見せてはいけない、秘密の能力。

 それを、エリスは何も知らない一般人の前で

 行使しようとしていた。

 その行為に……躊躇いの色など、どこにも見せずに。






     エンジェルレッスン  第十一話

        『見過ごせない性格』






パァ……

 その光は、溺れて心肺停止状態になっている子供の胸の

 中へ中へと、吸収されるように流れていく。

「お、おいエリス!」

 霊術は人に見せてはいけないものだと聞いていた圭太郎が

 止めようと声を出しかけるが、その言葉をぐっと

 飲み込んでしまう。

 もしその言葉を叫んだら、目の前の溺れた男の子は

 間違いなく助からないと、エリスに言われたから。

 ムサシも圭太郎と同じ心境らしく、この異常事態に

 なんと言葉をかけていいのか困惑した様子だった。

 そしてそんな二人とは別に、監視員の男性や男の子の

 両親は、目の前で起きている出来事にただただ呆然としている。

「ごほっ!」

 やがて、男の子の口から大量の水が溢れ出てきた。

 それでもエリスの霊術はおさまらず、なおも光を男の子の

 中へと送りこんでいた。

 そして、徐々に青くなっていた男の子の身体が、健康的な

 色を取り戻していく頃。

「……ふぅ」

 ようやく光をおさめたエリスが、ひと仕事終えたような

 溜息を一つ吐いたのだった。

 すると、男の子は溺れていたにも関わらず、まるで眠りから

 覚めるようにゆっくりと、危なげなく瞳を開く。

「た……助かったのか、エリス?」

 圭太郎の言葉に、小さく頷くエリス。

 その首肯に安心したのか、なんだかんだで緊張していた

 圭太郎がその場にどさっと座り込んでしまう。

「でも、いいのかなぁこれ」

 言いながら、本来ならばこの現場を見せてはいけないであろう

 監視員や子供の両親のことを見つめるムサシ。

 子供の両親は、まず子供の無事に物凄く喜んでいた。

 むしろ両親が勢いあまって子供に抱き付き、そっちの

 呼吸困難で危なくなった程である。

 そんな三人に、監視員の男性は何か注意みたいなことを

 言ってから、もと来た道を戻って行く。

 そんな一通りの行動を見ていた圭太郎は、おそるおそる

 子供の両親へと話しかけた。

「あ、あの……」

 そんな遠慮がちな圭太郎の言葉に、ようやく両親が顔を

 圭太郎達の方へと向ける。

「ありがとうございます!」

 第一声が、それだった。

 それに答えたのは、エリスではなく圭太郎である。

「い、いえ。こちらも助けられて良かったですし……それで」

 今の不思議な魔法のような現象。

 これをどう説明しようかと考える圭太郎だったが。

「あなた達の不思議な力が無かったら、息子は……

 本当に、本当にありがとうございます!」

 尚も感謝されて、どうしたものかと本当に困惑顔に

 なってしまう圭太郎。

 今から、あの現象を忘れてもらうというのは無理だろう。

 いや、霊術ならもしかしてと圭太郎は思ったのだが。

「お父さん、お母さん」

 ようやく両親から解放された男の子が、まだ興奮

 冷めやらぬ二人に向かって言葉を発する。

「あのね、お姉ちゃん達が助けてくれたことは、

 秘密にしないとダメなんだよ」

『え?』

 その言葉に、その場にいた全員が首を捻る。

 だって、と子供は少し楽しそうに笑いながら言った。

「魔法は、人に知られちゃいけないものなんだもん。

 だから秘密にしないと」

「……ああ」

 その言葉を聞いて、圭太郎はなるほどと納得する。

 どうやらこの男の子も、妹のミキと同じで

 魔法少女もののアニメを見ていたと思える。

 そして、とことことエリスの目の前へとやってきた

 男の子は、極上の笑顔でエリスを見上げる。

「助けてくれてありがとう、お姉ちゃん!」

「え……?」

 てっきり、自分を助けた霊術について質問攻めに

 されるとばかり思っていたエリスに、たった

 それだけの言葉は予想外だった。

 だから咄嗟に言葉が返せないエリスだったが。

「ほら、ちゃんと答えてやれって」

 ムサシのその言葉に、ぎこちなくも笑顔を

 作ったエリスが、男の子の頭を撫でながら

 口を開く。

「ううん。もう危ないことはしちゃダメだからね」

「うんっ!」

 元気良く、エリスの言葉に頷く男の子。

 そんな二人のやりとりを見ていた圭太郎は、

 改めて両親へと視線を移すと言う。

「えっと、というわけなので……その、できれば

 今この場で起こった出来事は……」

 暫しの沈黙の後、父親の方が呟く。

「ええ、わかりました……確かに不思議な

 出来事でしたが、大切な息子が助かった事には

 変わりないんですからね」

「本当にありがとうございました」

 と、母親の方が改めてぺこりと頭を下げる。

 いえいえと小さく手を振った圭太郎は、とりあえず

 口止めはこんなものでいいかと、内心でほっと

 胸をなでおろす。

「それじゃ、バイバイ」

「ばいば〜い!」

 エリス達と別れるその時まで、助けられた男の子は

 ずっと笑顔のままだった。


「さて、次は監視員さんですね」

「え……あ、そっか」

 浜辺を来た道通りに戻りながら、エリスが圭太郎に

 ポツリと呟く。

 そういえば、あの現場を見ていたのは男の子の

 両親の他に、もう一人いたのだ。

 この海水浴場の、監視員の男性。

 すぐに監視センターらしき建造物を見つけると、

 かなり緊張した面持ちでそれを遠くから眺めるエリス。

「……エリス、怖がってる?」

「そ、それは勿論です……本当なら、人には

 見せてはいけない奇跡だったんですから」

 それを誤魔化しにいかなければならない。

 果たして、あの奇跡の現場をどうやって納得させれば

 いいだろうかと、そんな考えでエリスの思考回路は

 もうショート寸前なのだろう。

 そう思った圭太郎は、ふと手をあげるとエリスの

 頭を軽く叩く。

ぽかっ

「えっ……圭太郎さん?」

「ま、なんとかなるだろ。あの子供の両親だって、

 率先してバラす様子はなかったし」

「で、でも……」

「これ以上ここで悩んでても時間の無駄だ」

 そう言うなり、エリスの手を掴むと監視センターに

 向かって歩き出す圭太郎。

「あ、あっ、引っ張らないでください圭太郎さん」

「ならエリス、もっと自分のしたことに自信を持て」

 言われて、きょとんと首を傾げるエリス。

 そんなエリスに、圭太郎ははっきりと言ってやった。

「エリスは間違いなく、天使として人を

 助けたんだからな」


ガチャ

 監視センターには、好都合と言っていいものか

 少々複雑だったが、先程男の子を助けてくれた

 監視員が一人でいるだけだった。

 扉を開けて入ってきたエリスと圭太郎を見て、

 一瞬目を見開いたものの、普通の対応をしてくる

 監視員の男性。

「いらっしゃい。さっきはありがとうね」

「は、はい! その……あの時は強く言ってしまって、

 ごめんなさいでした」

 深々と頭を下げるエリスに、いやいやと笑顔で

 手を振る男性。

「実際、僕の見立てでも、僕の心肺蘇生じゃ

 もたないとわかってたしね……本当に感謝してるさ」

「その事なんですけど」

 と、圭太郎が会話にまざる。

「あの時エリス、この女の子が見せた不思議な

 光の事なんですけど……」

「秘密にすればいいんだろ」

 その男性の言葉は、完全に圭太郎とエリスに

 とっては不意打ちだった。

 え、と首を傾げる二人に、少しだけ神妙な顔つきに

 なった男性は言葉を続ける。

「まあ確かに驚きはしたけど、あの力……本来なら

 秘密にすべきものなんだろ。そうじゃなきゃ、

 今頃キミ達の周囲の平穏は無いだろうからね」

 男性はなおも言葉を、優しげに続ける。

「僕の手であの子を助けてあげられなかったのは

 ちょっと悔しかったけど、キミ達のお陰で、

 あの親子は大切なものを守り通せたんだ……

 そんな恩人達に、仇で返すような事は、僕は

 しないつもりだよ」

 その言葉に、すっかり返す言葉を失ってしまった

 圭太郎。

 だがエリスは、また深々と頭を下げると呟く。

「本当に、ありがとうございます」

「気にしなくていいよ。でも、あの力を使う

 時は、周囲に気を配るんだよ、お嬢ちゃん」

「はい」

 頷いたエリスは、無言の圭太郎へと視線を

 向けてから、ニッコリと笑って告げる。

「帰りましょう、ミキちゃんとコジロウさんが

 心配してます」

「あ、ああ……」

 それだけを呟くと、圭太郎もようやく

 監視センターから出て行くのだった。


 そして、そんな一部始終を、防波堤に両肘を

 つきながらのんびりと見ていた女性が一人。

「マジで大丈夫だったみたいだな、エリスのやつ」

 そんな女性の隣で、防波堤に着地した

 ムサシが口を開く。

「ええ、あれは私が口を出す程の非常事態じゃ

 ないわ……あれでいいのよ、あの子は」

 その女性、リーナは嬉しそうに微笑むと、

 ようやく自分達のスペースに戻って行った

 圭太郎達を見て、懐かしそうな視線を向ける。

 そんな視線に気付いたムサシは、ふと

 頭上にあるリーナの顔に向かって問いかけた。

「なあ、もしかしてだけど」

「ん? なあにムサシ?」

「リーナも昔、似たようなことしてたんじゃないのか?」

 今のエリスのように、他人の前で躊躇う事無く

 霊術を行使したことが。

 そんなムサシの問いかけに、ふふっと小さく

 笑ったリーナが口を開く。

「丁度、私が今の天使になるためのエンジェルエクサムを

 受けてた時だったわね……あの時は必死だったわ。

 だからわかるのよ」

 言って、目を細めるリーナ。

「あの凄く真剣だったエリスの、助けなきゃっていう

 強い気持ちが」

「なるほどねぇ」

 言いながら、ひゅんとリーナの顔の前まで飛び立つムサシ。

 それから、リーナの顔を真正面から見据えて問いかけた。

「今回のエリスがやらかしたこと、エンジェルエクサム

 としてはプラスなのか、マイナスなのか?」

「どっちだと思う?」

 試すようなリーナの言葉に、暫く黙りこんで

 考え込むムサシ。

 やがて結論が出たようで、ポツリポツリと呟いた。

「エンジェルエクサムとしては、一般人に霊術の存在を

 教えてしまったってことで減点……でも」

 明るい笑顔で、ムサシは言う。

「天使として……人としては高得点で、プラス」

「わかってるじゃない。さすが監視役ね」

 満足なムサシの回答に、笑顔で海に背を向けるリーナ。

「もう帰るのか、天界に?」

 リーナのその後姿に、そう問いかけるムサシ。

 コクリと頷いたリーナは、実に楽しそうに言葉を発した。

「今回のエリスのエンジェルエクサム……本当に

 順調みたいで安心したわ」

 そして、最後に一言。

「あの子……きっと良い天使になれるわよ」

ブワアァッ

 瞬間、何も無かったはずのリーナの背中から、羽根が

 一気に溢れて来た。

 一瞬でリーナの全身を覆ったその羽根は、全てが

 地面に落ちたと同時に光となって消えていく。

 そして、いつの間にか羽根に隠れていたリーナの姿も

 消えてしまっていた。

「……きっと良い天使になれる、か」

 最後にリーナが呟いた言葉を反芻するムサシ。

 それから、身体ごとエリス達のいる浜辺に向き直った。

「んじゃ、オレも一応監視役として、デカ犬と

 戯れつつがんばって仕事しますか」

 そう言って、圭太郎達の元へと戻って行くムサシ。

 それから佐々木家一行は、特にトラブルもなく、

 商店街の福引で当てた旅行を、本当に楽しんだのだった。

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