第十話
よく見ると、ペットはペットでも小型犬のみ持ち込み可の
ホテルだった、福引であてた特賞。
残念ながらコジロウは留守番かと思いきや、そこはそれ
天使様のありがたい(せこいとも言う)霊術が物を言った。
学校も夏休みに入ってすぐの、とある晴れた日。
佐々木家一行は、そのホテルへとやってきた。
エンジェルレッスン 第十話
『夏の海』
「はい、コジロウさんOKですよ」
夏休みのある日のこと。
数日前にちゃっかりイカサマをして手に入れた旅行券を使って、
佐々木家一行はホテルにやってきた。
ペット持ち込み可な所だったが、正確には『小型犬』のみの
ペット持ち込み可である。
それを強引に大型犬、つまりコジロウを持ちこませたのは、
単純にエリスの霊術によるものだった。
「せこすぎる……」
「いいじゃないお兄ちゃん。コジロウだって一人でお留守番は
寂しかったよ〜」
言いながら、ね〜と隣で嬉しそうに尻尾を振っているコジロウに
抱き付く妹、ミキ。
一方、圭太郎の隣にふわふわと浮かんでいたムサシは、
つまらなそうに鼻をならす。
「デカ犬なんて連れてこなくてもいいのに」
「……食べますよ」
周囲には聞こえない程度の声で、ボソリとコジロウが呟いた。
当然のことながら、ゴールデンレトリバーであるコジロウは
言葉を喋ってはいけないので、これも部屋に案内されるまで
我慢である。
スタッフに案内されて、自分達の部屋へと向かう圭太郎達。
ちなみに、今日のエリスの髪型は、リボンを左右で結った
ツインテールとなっております。
随分と上の階までのぼったエレベータがやがて止まると、
右手に曲がって真正面。
「こちらになります」
そう言うスタッフがカードで鍵を開けると、約束事や
部屋の設備の説明など、詳しくしてくれる。
それを神妙な面持ちで聞いているのは、エリスと
圭太郎だけだった。
「わぁ……綺麗なお部屋だね、コジロウ」
「ワン」
「お前、もうちょっと犬らしく鳴けよ」
ムサシの突っ込みに少々気分を害したものの、そのまま
ミキ達と一緒に部屋の隅々まで歩きまわるコジロウ。
スタッフの話が一区切りついたところで、圭太郎が口を開く。
「ミキ、あんまりはしゃぎまわるな」
「はぁ〜い」
相変わらず、兄の言うことはよく聞く妹だった。
それからスタッフが退出すると、エリスが小さく息を吐く。
「ちょっと緊張しましたね」
「そうか? 俺は楽しみでしょうがないんだが」
「その……私、ちょっと人見知りをするみたいなので」
そんなエリスの言葉に、不思議そうに首を傾げた
圭太郎が問いかける。
「レイコウに転校してきた時は、全然そんな風には
見えなかったけどな」
あの時は黒山の人だかりの中で質問攻めにあっていた
エリスだったが、圭太郎達がフォローを入れる必要など
無いぐらいにしっかり受け答えしていたと思える。
その言葉に、小さく笑いながら呟くエリス。
「転校生というものは、まずはそういうものだって
リーナ様に教わっていたので、あらかじめ覚悟してたんです」
「ああ……なるほどな」
そういえば、あのリーナという天使にエリスは
天使になるための勉強をしてもらっていたんだっけ。
だとすれば、妙なところにだけ教育が行き届いているのも
納得だと、失礼ながら圭太郎は結論づけた。
と、そんな会話をしていた二人の袖が、同時に引っ張られる。
視線を向けると、ミキがいた。
「ねえねえ、窓の向こう、海が見えるよ」
言われて、圭太郎とエリスも部屋の奥にある窓ガラスから
外を眺めてみる。
確かに、このホテルから少し歩きはするみたいだが、
海水浴場らしきものが見えた。
その場所を見て、目を輝かせるエリス。
「行ってみましょう、圭太郎さん!」
ちらりと圭太郎が別の方向へと視線を向けると、既に
ムサシとコジロウは部屋の出口で待機していた。
こういう時だけは、息がピッタリとあうらしい犬と妖精。
「まあそんなに急ぐなって、まずは持って行くものを
整理してからだな……」
「はい、海水浴セット!」
言いながら、ミキがずいと一つのカバンを圭太郎の
前に突き出してくる。
いきなりのことに驚きはしたが、ミキからそのカバンを
受け取ると中身を確認する。
水着一式は勿論のこと、日焼け防止クリームやら
浮き輪やらと、確かに海水浴で楽むための一通りの
ものがつめてあるらしかった。
「……ミキ、お前いつの間にこんなもの用意したんだ?」
「えっへん」
圭太郎のその問いには答えず、自慢げに胸をはるミキ。
よく中身をチェックしてみると、水着はミキだけでなく、
エリスや圭太郎の分まで入っている。
「凄いですよミキちゃん! 偉い偉いです!」
言いながら、自慢げにしているミキの頭を撫でるエリス。
すっかり姉妹のようになっている二人に軽く溜息をつくと、
もう自棄にでもなったのか、テンション高く圭太郎が
宣言する。
「よ〜し、それじゃ早速海水浴だ! 皆遅れるなよ!」
『お〜っ!』
ホテルから徒歩十分ほどで、海水浴場には到着した。
更衣室で早速水着に着替えてきた佐々木家一行は、
荷物の番を圭太郎とムサシに任せると、さっさと
遊びに行ってしまった。
「っていうか、どうして俺とムサシのコンビなんだ?」
「仕方ないだろ圭太郎。エリスはミキとコジロウが
お気に入りなんだから」
ムサシの言うとおり、本当に楽しそうに水際で
戯れているエリスとミキとコジロウ。
ちなみにこの三人(二人と一匹)だが、一応泳ぐことは
できるので、無茶でもしない限り溺れることはないだろう。
のんびりと女の子達とゴールデンレトリバーが戯れている
様子を見ていた圭太郎が、ふと隣のムサシに呟く。
「そういえば、ムサシってエリスの監視役なんだよな?」
「ん? ああ、そうだけど」
「四六時中エリスのこと見て無くてもいいのかよ」
その問いかけに、苦笑してから答えるムサシ。
「別にエンジェルエクサムは、二十四時間の監視体制の
中でってわけでもないからな。見えてる限りだけでも
立派にやれてれば、それでいいらしい」
ってリーナは言ってたけどな、とムサシは付け足す。
言ってみれば、監視役とは念の為につけられた
評価概念の一つにしか過ぎないのだろう。
事実、商店街では監視役のムサシにではなく、
一番エリスと一緒にいたであろう圭太郎に意見を
聞いたりしていたのだから。
「上手く出来てるのかいい加減なのか、よくわからない
試験なんだな」
「まあ、こういう試験の仕方で悪い天使は生れて
ないから、いいんじゃないか?」
ちなみに今更かもしれないが、ムサシは佐々木家の
人達にしか見えないし声が聞こえないように霊術を
施しているので、傍から見れば圭太郎の独り言に
見えていることだろう。
そんな事を気にせず喋っているのは、周囲の
観光客が誰も圭太郎のことを気にしていないと
わかっているからである。
と、そんな会話をムサシとしていた時だった。
圭太郎達のスペースの横を、サーフボード片手に
物凄いスピードで海へと走って行く男性の姿があった。
「ん? なんかやけにせっかちな観光客だな」
ポツリとそう呟くムサシだったが、後からその
男性を追いかけるように夫婦だろうか男女二人が
追いかけていくのを見て、圭太郎の目が見開かれる。
「いや、何か事件らしい」
「え?」
「さっきサーフボードを持ってた人は、多分この海水浴場の
監視員だ」
「ってことは……その監視員が慌てて走って行った
ってことか」
そのぐらいの緊急事態が発生したということだろう。
ちらりと圭太郎が目配せをすると、ムサシが小さく頷く。
「見てくる。もしエリス達にも害のあることだったら
すぐに浜辺に引き返すように言ってくるぜ」
「頼んだよ」
大きく頷くと、先程監視員らしき人達が走って行った
方へと飛んでいくムサシ。
嫌な予感がおさまらず、浮ついた様子でそんな
ムサシの背中を見つめていた圭太郎だったが。
「圭太郎さん?」
間近に聞こえたエリスの声に、我に返って視線を向けた。
見るとエリスだけでなく、ミキやコジロウも浜辺に
戻ってきている。
「遊んでたんじゃなかったのか?」
「さすがに泳ぎすぎてしまいまして、ミキ様とエリス様に
白旗をあげて、休憩させてもらうことにしました」
そう説明してくれたコジロウは、犬とはいえやはり
オスといったところだろう。
女の子という生き物は、特殊な環境でのみ男を
凌駕する性能を発揮するものである。
「あれ、ムサシは?」
佐々木家スペースに置いてあったジュースを飲みながら、
ムサシの姿がないことに気付いたミキが首を傾げる。
どう説明しようかと、圭太郎が少しばかり
悩んでいた時だった。
「おい、大変だぜ!」
そのムサシが、何やら慌てた様子で戻ってきた。
「あ、ムサシ。どこに行ってたんですか?」
エリスの言葉に、悪い、と一言だけ言ってから、
全員に聞こえるようにムサシが言う。
「さっきの監視員、沖に流された子供を助けた
らしいんだけど、溺れたみたいで、その子供ってのが
意識不明らしいんだ」
「な、なんだって?」
驚いた圭太郎に、その言葉を聞いて怖くなったのか、
ひしっと圭太郎にしがみつくミキ。
「穏やかではないね。ムサシ、その監視員様の
応急処置で助かりそうなのか?」
「んなのわかるかよデカ犬! オレ、レスキューの
経験があるわけないんだから」
逆にレスキューの経験のある妖精がいたら
見てみたいものである。
と、それまで黙っていたエリスが、キッと
鋭い視線を海へと向ける。
「ムサシ、その溺れた子供は今どこに?」
「え? あ、ええっと」
言われて、エリスが何をしようとしているかに
気付いたムサシが、ひゅんと飛んでいく。
「案内するぜ」
「お願いします」
「あ、おい!」
何をするつもりかはわからないが、あんなに
真剣な表情のエリスは初めて見た圭太郎。
複雑な気持ちでエリスの後に続くと、すぐに
振り返って声をかける。
「ミキとコジロウは留守番頼むな!」
人気の少ない海辺での事故ということで、
野次馬らしき人間は一人もいない。
そんな場所で、砂浜に倒れている小さな
男の子に一生懸命人工呼吸を施している
監視員と、それを心配そうに見つめている
両親が目に入った。
「ここだぜ、エリス!」
「すみません、監視員さん!」
ムサシに案内された場所に到着するなり、
監視員に声をかけるエリス。
そんなエリスの声に一瞬だけ手を休めた
監視員に、なおもエリスは言葉を続ける。
「その子の容態、私に診させてください!」
「え……キ、キミは何を」
「いいから!」
圭太郎が初めて聞いた、エリスの鋭く、
迫力のある声。
それに圧倒されたのか、監視員の男性も
人工呼吸を中止すると、エリスに譲るように
数歩さがった。
慌てて追いかけてきた圭太郎が、エリスに
問いかける。
「ど、どうだ?」
男の子の胸の上に手を置いたまま、じっと
目を瞑っているエリス。
やがて、ポツリと呟いた。
「人間のできる応急処置レベルでは、あと五分も
もたなかったでしょう……でも、霊術なら」
そうエリスが呟いた途端、子供の胸に置かれた
両手から白い光が溢れて来る。
それを見て、圭太郎もムサシもギョッとした。
何しろそれは、天使が持つ特別な力。
誰にも知られてはいけないはずのそれを今、
監視員の男性と子供の両親の三人がいる中で
使おうとしているのだから。




