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とある男の独白

作者: 豆茶

暗い内容のお話となっております。

ご注意ください。

「あー、あー、聞こえますか」


男は部屋に一人、マイクを片手にぽつりぽつりと話し始めた。


「えー、俺こういうの初めてで…拙い語りになるかもしれませんが、

どうか最後までお付き合い頂けると嬉しいです」


ぺこりとお辞儀をすると姿勢を正しまた口を開く。


「これを聞いてる貴方にとって、普通って何ですか?」


「俺の考える普通は家族が居て、ご飯食べて、笑い合って、働いて、稼いだ金で親にプレゼントとかして、

ってそんな人生上手くいかないもんですね」


「何なんですかね、どんだけ努力してもあの結果が出ない感じ。

自分に絶望して、あぁ、俺ってこんなことも出来ない人間だったのかと」


「他の人が何食わぬ顔でやってることをいざ自分がやるってなったら一切歯が立たないあの感じね」


「出来なかった分勉強しようにもまず勉強の仕方がわからないから詰んでる、みたいな」


「おっと、いきなり愚痴りすぎたか。

まぁ、こんなのを聞いてる人なんて居ないだろうからいいか」


「俺もね、幼い頃は真面目くんしてましたよ。先生や同級生からも頼られてね。

勉強がわからない奴に昼休み使って教えたりとかさ、優等生みたいなのやってたんだよ。

人から頼られることが嬉しくて。ほらあるじゃん、小さい頃特有のやつ。初めてのお使いを頼まれた時みたいなあの優越感」


「でもやっぱね、人間なんで。年重ねてくると嫌な面もちらほら見えてくるんですよね。

もうその時点ではぁーってなるんですよ、俺は」


「人間関係で悩み始める時期ってあるじゃないですか。

でも大抵そういうのって相談すると『あー俺もあったよ。そんなもん誰でも経験するから』的なね。

軽くあしらわれるんですよね」


「こっちは意を決して相談してるのに」


「元々、人に自分のことを話すってのが得意じゃないんですよ。

今まで聞き手ばっかやってきたから」


「もう、なんとも言えない感情ですよね。初手からそんな返しじゃ。

相談なんてしなきゃ良かったって」


「自分を守ろうとしていたはずが、自分から茨の谷に突っ込んでいったみたいな」


「なんでこうも上手いこと行かないのかなぁ。

何をするにも金がいるし。一度落ちこぼれた人間が這い上がることの難しさったら」


「頑張ろう!ってなった所でそんな長く頑張れるように出来てないですよ、俺は」


「世間の言う普通の人がちゃんとした商品だったら俺は不良品なんでしょうね。

ゴミ行きですよ。そこに笑顔なんて無い」


「何処で間違えたんだろうなぁ。いつからこんなに自分が嫌いになったんだろう。

いつからこんなに人間が嫌いになったんだろう」


「ずっと過去にとらわれて生きてるんです俺。あんときこうしてたら、とか。

そんな終わったことをいちいち後悔したところで何か良いことでもあるん?ってわかってはいますよ。

でもそれが俺なんですよね。もうずっとこうだから今更そんな考え方なんて変えられないんですよ」


「自分が傷つくことを恐れて、何も出来ない」


「あまりにもしんどかったときに死のうとしたんです。

何をやってもお先真っ暗で死ぬしかない。そんな感じでした」


「首吊って死のうとしたんですけど、全然苦しくないのに視界だけが白くもやがかかっていって、

それで俺めちゃくちゃ怖くなって、ひもから頭抜いて暫くぼーっとしてました」


「なんかほんとあっさり死ねちゃうんだって」


「不思議ですよね。ついさっきまで怖くなって怖じ気づいていたのに、

逆にいつでも死ねるっていう安心感みたいなものに包まれたんですから」


「もうどうせならやりたいこと片っ端からやってたくさん迷惑かけてから死んだ方が俺の人生有意義に使えるんじゃ?!とも思ったけど流石に申し訳ないので即却下」


「結局、俺は次どうしようもなくなるまで唯々今までの日常を過ごすことにした。

朝起きて身支度して会社行って。仕事は遅いけどそれも自分だと認めて、責めることを諦めて。

家に帰って、洗い物したり風呂作ったりして家族の帰り待って、夕飯を一緒に食べて、風呂入って寝る」


「ゲームが好きで休日は兄弟と対戦したりして」


「…あれ、俺ってもしかして幸せ者だったりする?」


「余裕がないと幸せまで取りこぼしてしまうのか人間というものは」


「ま、楽しく過ごしていた訳さ。

でも、やっぱ人生ってそう上手くいかないんだよな」


「俺にとってとてつもなく大切な人達が事故で死んだ。

行ってらっしゃいって送り出したのにただいまって家に帰ってくることはもう無いんだぜ。

あり得ないだろ」


「救急車で運ばれてすぐ、病院から連絡が来た。

死んだ事実が受け入れられないまま、あっという間に葬儀も終わって心にぽっかりと穴が開いたまま一人取り残されてしまった」


「それから半年経ったけどさ、俺もう、…どうしたら良いのかな」


「…って聞いたところで返事なんて来るわけ無いけど」


「あ、良いこと思いついた。

ほらよくあるじゃん、病気の人が家族に対してビデオメッセージ残してくやつ」


「これをそれがわりにしたら良いんじゃん」


「そう考えると、姿勢正さなきゃな」


「聞く人が居なかったとしても、俺が生きていたという証をここに残しておきたい」


「――――――――――――――――」


「ピ―――」



男はマイクを切るとぐーっと背伸びをした。

涙で濡らした頬が鮮やかな日差しに照らされる。









後日、東京都内のアパートの一室にて男の遺体が発見された。


新米刑事「自殺、ですか…」


刑事「最期の最期まで抗おうとしたんだろうな」


テープを再生し終えた刑事が男の顔を見ながら呟く。


新米刑事「…でも先輩、不謹慎ですけど何だかこのご遺体とても幸せそうに見えますね」



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