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《深淵様》の御成り  作者: 影乃雫
第壱幕
7/12

第陸話 白羽の矢

 深淵の中、山肌(やまはだ)の様な斜面を弓矢を持った男が登る。


「さてと。見つけたよ、零君」


 そう言って男は、七尺(210cm)和弓(わきゅう)に矢を(つが)える。


 珍しい白い矢羽(やばね)の矢を引き絞り、その狙いを下に居る零へと向ける。


 雰囲気こそ京弥に似ているものの、外見は全くの別人。


「先ずは二人目……」


 男はそう呟いて矢を放つ。


 素早く宙を飛ぶ矢は回転しながら零へと真っ直ぐ進んで行く。


 耳が良い零でも矢の飛来に気付けない速さで、矢は零の心臓を貫いた。











「――は……?」


 突然の出来事に零は思わず声を漏らす。


 口の端から血を垂らし、矢に貫かれた箇所を触ると鮮血が手に付いた。


「れ、零殿!?」


 桜花はその名前に似合わず顔面蒼白(がんめんそうはく)で零に駆け寄る。


「何処だ……?!」


「な、何がですか……?」


(これ)を放った奴は何処に居る……!」


「何処って言われても……南東から飛んで来たくらいしか……」


 それを聞くと零は南東を向き、矢を放った人物を探す。


 これ程正確に心臓を貫く場合、偶然では先ず有り得ない。


「何か見えないか……」


 その時、桜花は僅かに草叢(くさむら)が揺れるのを見た。


「あ、彼処(あそこ)! 東南東の草が僅かに揺れました!」


「分かった……それさえ分かれば……」


 零はそう呟いて《断空》を引き抜く。


 《百鬼夜行》の時と同じく投げ槍の様に構え、零は傷口を痛めながら思い切り投げ付けた。


「ぐっ……」


 矢とは逆方向に飛ぶ短刀は、放物線を描き揺れた草叢に正確に突き刺さる。


 次の瞬間、そこから空間の亀裂が走った。


「奴の脚を壊す……後で確認に、行かなければ……」


 零は最後にそう呟くと、吸い込まれる様に意識を失い倒れた。


「零殿! 零殿!」


 桜花は必死に零に呼び掛け肩を揺する。


 しかし零が答える事は無く、桜花も衝撃のあまり喪心(そうしん)した。











 零が目を覚ますと、和室の天井が目に映った。


 枕元の行灯(あんどん)(ほの)かに部屋を照らしている。


 外は日が暮れた後の様だ。


「やっと起きたかい」


 零はその声に溜め息を吐く。


「何故鏑木が此処に居る……?」


「この前の、《断空》だったっけ、あの亀裂が見えたんだ。あれを使う程だから何かあったのかと思って見に行ったら、案の定君達が倒れていた」


「鏑木が俺を運んだのか……?」


「あぁ、二人も運ぶのは手が焼けたよ」


「二人……? 四月朔日はどうした……」


「桜花君も隣で倒れてたよ。怪我は無いから安心して」


 その言葉に零は、「何で四月朔日まで……」と呟いて溜め息を吐く。


「相当心に来たんだろうね、君が倒れて」


「ちょっと待て、何故俺は今(しゃべ)れているんだ……?」


「傷を見てみなよ」


 京弥に言われた通り零は着物の下の(さらし)を解き、矢に貫かれた筈の胸を確認する。


 傷口は、痕こそ残っていたものの、綺麗(きれい)(ふさ)がっていた。


「治っている……鏑木、あれから何日経った……?」


「たったの()()だよ」


 零は京弥の言葉に驚きを隠せないと言う様に目を見張る。


「そんな筈は無い……! 仮に治ったとしても、半月は掛かるだろう!」


「そう言われても、事実なものは事実なんだよ。まぁ私は、桜花君よりも君の方が早く起きた事に驚きだけれどね」


 零は溜め息を吐き部屋を見回す。


 行灯の他に、零の寝ていた枕元には白い手拭いが置いてあった。


 中央の辺りが朱殷(しゅあん)に染まった手拭いは、何かに被せられる様に置いてある。


「これか……」


 手拭いを(めく)った零は、血に染まり折れた矢を目にする。


 まるで、神が人身御供(ひとみごくう)を求め、欲する少女の家の屋根に印として立てる()()()()の様な。


「鏑木、傷が塞がった事は未だに信じられないが置いておく。それよりも、この矢を放った奴の脚を《断空》で破壊した筈だ」


「それは惨い事を……じゃあ――」


「あぁ、今頃何処かで野垂(のた)れ死んでいるだろうな」


「何となく落ちが見えたよ、確認しに行きたいんだね……」


「そういう事だ。《断空》もそのままだしな……」


 京弥は呆れた様に「はいはい」と相槌を打って立ち上がる。


 零は晒を放置して着物を羽織り、《消失ス刀剣》を持って部屋を出た。











 零と京弥は記憶を頼りに零が矢に貫かれた場所へと戻る。


 月と《火垂ル石》を灯りに、深淵内部の坂を下る。


「確かこの辺だったか……」


「そうだね、丁度あの辺りから君達を見つけた筈だ」


 《火垂ル石》で地面を照らしてみると、零のものと思われる血痕が見つかった。


「どこから射貫かれたか分かるかい?」


「此処から南東の方角から矢は飛んで来た。《断空》を投げたのは東南東だ」


「ははは……投げたんだ、《断空》……まぁ良いや、じゃあそっちを見に行こう」


「言われなくともそのつもりだ」


 二人は(くだん)の現場から東南東へと進む。木々の間を通り、小高い丘を登ると、人の死体を発見した。


 その両足は酷く損傷していた。


「此奴か……」


 零は死体を見て呟く。


「零君、《断空》見つけたよ」


 京弥はそう言って、地面に突き刺さった《断空》を指差す。


 零は地面に刺さった《断空》を引き抜く。


「《断空》の発動条件は何なんだい?」


「刀身に衝撃を加える事だ。何かを()()()()と言う意思を持って衝撃を加えれば、空間に亀裂が走る」


 京弥は「成程ね」と呟いて、《断空》を鞘に納める零を見つめる。


「何だ……?」


「何でも無いよ。それより、彼はどうするんだい」


 足元に転がる人間の死体。零はそれに僅かな違和感(いわかん)を覚えた。


「何かが可笑(おか)しい……」


「そうかい? 可笑しい所は無いと思うけれど……」


 零は違和感の原因を探るべく、《火垂ル石》で死体を照らし(くま)無く調べる。


「此奴……何故脚が千切(ちぎ)れているのに出血が少ないんだ……?」


「言われてみれば、確かに少ない……」


「《断空》で血液ごと削られたか……? だがそれでも此処まで血が減るのは可笑しい……」


「一度本部に報告した方が良いかも知れないね」


 探索者の死体は報告があれば本部が回収しに来る。本部が忙しい時は数名の探索者に任せる事もあるが。


 つまりは本部に死体の発見を報告し、回収を依頼するという訳だ。


「上層中部、東南東の丘の中。これくらい伝えれば良いだろう」


「十分だね。じゃあ戻ろうか」


 零と京弥はそう言って、死体の元を去って行った。











 (あかつき)。茅色の髪の男が、朱殷に塗れた木製の小箱の様な物体を持って深淵を歩いていた。


 その手も、血と思われる少量の液体に塗れている。


「彼が死体の回収を本部に任せると言ってくれて助かった……」


 そう言って京弥は小箱を眺める。


「兎にも角にも、取り敢えずはこれでもう一人は確保かな……?」


 《火垂ル石》を掲げながら、京弥は深淵を後にした。











「どうだ、何か分かったか」


 本部に来た零は、荻内にそう問い掛ける。


「幾つか訳の分からない箇所がありましたよ……指摘があった様に出血が少ないのも気になりますが、それよりも重大な事が……」


「何があった」


「無かったんですよ、あの遺体には()()が」


 荻内の言葉に、零は珍しく驚きの表情を隠せていない。


 桜花が居たら間違い無く大声を上げて驚いていただろうが、残念ながら今は寝込んでいる。


「どういう事だ……?! 心臓の無い人間がどうやって動いていた……!」


「それが分かったら苦労しませんよ……一応こちらでも関係のありそうな装備が無いか調べてみます。全く、零さんの傷と言い心臓の無い遺体と言い……何なんですかね……?」


「それこそ分かれば苦労しない……そう言えば、鏑木は何処だ」


「分かりません。僕達探索者補佐は、深淵に潜った探索者の管理までは仕事の範囲外ですよ。各探索者が深淵でどんな事をしても、余程の事が無い限りは僕達には関係ありません。飽く迄地上に居る探索者が提出した装備の回収管理が目的ですから」


 零は荻内の言葉に「そういうものか」と呟き、踵を返す。


「新しい装備が見つかる可能性があるならどの辺りだ?」


「そうですね……深層上部まで行けばあるとは思いますが……行くんですか?」


「まぁ、四月朔日が起きるまで何もしない訳にもいかないからな。彼奴と居たら腕が鈍りそうだ……」


 そう言って零が首を振ると、骨が音を立てる。


「零さんぐらいですよ、その歳で深層まで潜った探索者は……」


「俺だけじゃない。もう一人居るだろう」


「京弥さんですね。あの人は自分の身体能力一つで特等まで上り詰めた様なものなので、その辺りは零さんと似ていると思いますよ」


 荻内の言葉に零はあからさまに不満気な表情を見せ、「一緒にするな」と呟く。


「まぁ良い……四月朔日が起きたら、二、三日戻らないと伝えてくれ」


「分かりました」


 眉間に(しわ)を寄せながらも、零は探索者本部を出て行った。











 深淵中層深部。


 幅一里(4km)の深淵の中には陽の光が届かない。上層は明るく、中層は薄暗く、深層は暗い。


 零はそんな深淵の、深層へと踏み込もうとしていた。


「(相変わらず暗いな……何も見えん……)」


 零は《火垂ル石》を取り出して掲げる。


 下を覗き込む零の足元には地面は無く、直ぐに切り立った断崖がある。


 真っ暗で下は見えず、少なくとも四半町(27m)はありそうな崖。


 零は、その崖を深部へと飛び降りた。


 何も見えない深淵を、零は風を受けながら落ちて行く。


「――そろそろか……」


 零はそう呟くと、崖に突き出ている木の幹を掴みぶら下がる。勿論普通の人間ならば肩が外れて当然の衝撃だが。


「《風月郷(フゲツキョウ)》もこの辺りか……今は寄らなくても良いな……」


 地面を確認すると、零は残りの高さを木から降りて着地する。


 光が届かない所為で、中層深部の辺りからはあまり木が生えていない。


 岩に覆われた辺りは仄かに輝いている。


 人間達が自らの為に灯りを置いているのでは無い。それぞれの岩が発光しているのだ。


「《逆鱗石(ゲキリンセキ)》の宝庫だな、この辺りは……」


 弐等装備《逆鱗石》。


 その名の通り龍の(うろこ)の様な形をしており、あるものに反応して熱と電気を発生させる。


 それが辺りを照らす僅かな灯りの正体だ。


「しかし、周りからは全く音が聞こえないのにこれとは……」


 零は耳が良い。物の接近等には一早く気付く事が出来る。


 そんな零が近くには居ないと言っているのだ。


 《逆鱗石》が反応するもの、それは異形だ。異形が近くに居ると熱と電気を発生させるが、原理は分かっていない。


 本来なら近くに異形が居なければならないが、遠くに居る異形に反応して光っているという事はそれ程にその異形の気配が大きいという事。


 零はそう考えていた。











 閉め切られた所為で昼間なのに薄暗い部屋。


 寝ている一人の女と共に、京弥は座っている。


 そこへ、一人の少女が入って来た。少女は幾何学的な模様の描かれた紙を、顔を隠す様に付けている。


 口を抽象化した様な模様の紙に隠れて、まるで表情が見えない。


「只今、戻ったぞ」


「お帰り。どうだった?」


「言われた通り、少し彼をつけてみた。深層まで潜って、二、三日、戻って来ないらしい」


「《逆鱗石》は?」


()()()()


「やっぱりね……まぁ、《白羽ノ矢(シラハノヤ)》で生き残ったからにはなってくれないと……」


 京弥は意味深長(いみしんちょう)な台詞を呟きながら、視線を隣で寝ている女に移す。


「様子は、どうだ」


「変わらないよ、あの日からずっと……」


 どこか寂しげな表情を浮かべて、京弥はそう答える。


 暫く女を眺めた後、京弥は顔を上げて少女に言った。


音々(ねね)君、彼を追って深層まで行ってくれないかい?」


()が、か?」


「そうなる。彼の《言珠(コトダマ)》への耐性も知っておきたいしね」


「分かった、特等探索者の言う事だ。深層へ、行って来る」


 その言葉に京弥は「有り難う」と呟き、少女は部屋を去って行った。

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