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《深淵様》の御成り  作者: 影乃雫
第壱幕
6/12

第伍話 《断空》

「うーん、これは……」


「どうだ、何か分かりそうか」


「洋鋏型の奈落装備は聞いた事が有りません。ただの鋏ではないかと……」


「念の為刃も確認してくれ。(みょう)に切れ味の良い鋏、とかだったら弐等――いや、参等程度にはなるかも知れん」


 荻内は零の言葉に「分かりました」と返事をして奥へと引っ込んで行く。


「あの、切れ味が良いだけで弐等の価値になる事もあるのですか?」


「ん? あぁ……弐等装備の定義は、『武器、または道具として優秀なもの。異形討伐に役に立ち、探索を優位に進められる物品』だ。切れ味が抜群なら、道具として優秀だろう」


 零の解説に、桜花は「成程」と呟いて小さく何度も頷く。


「《消失ス刀剣》は、刀身が見え難いお陰で相手から間合いを読まれ難いが、自分も間合いが把握しづらくなる故に参等装備だがな」


 そこへ、荻内が和紙を一枚持って戻って来た。


「お待たせしました。切れ味の確認をするので、一度お借りして宜しいでしょうか?」


 零は荻内に鋏を渡す。


 荻内は刃に巻かれた細長い布を(ほど)き、鋏は初めてその刃を(あらわ)にした。


「これは……ただの刃に見えますが……」


 その言葉通り、荻内の持つ鋏の刃は何の変哲も無かった。


 鋏自体がそれなりに大きい事を除けば、錆一つ無いよく手入れされた鋏だ。


「構わない、切ってくれ」


「分かりました」


 荻内はそう言って鋏の刃を開く。


 三人とも、ただの鋏だろうと思いながら刃が閉じるのを眺める。次の瞬間――。


「なっ……?!」


 刃が閉じた瞬間、亀裂(きれつ)が走った。


 何にか、()()にだ。


「何ですかこれは?!」


「俺が知る訳無いだろう……!」


 空間に入った亀裂は段々と(ほころ)び、亀裂は裂け目へと変わって行く。


 裂け目からはその奥が見える。何も無い、完全なる無。


「こ、このままだと全てこの亀裂に呑まれてしまいます!」


 荻内がそう言った時、その手に有った和紙の半分程がはらりと落ちた。


 大きい鋏と言えど、その刃は紙の半分程までしか達していなかったにも拘わらず。


 そして紙が両断された事を皮切りに、空間の亀裂が元に戻り始めた。


 両断した紙を残して。


「何だったんですか……」


 荻内は恐怖のあまり腰を抜かす。


「少なくとも壱等以上の価値はあるな……」


 零はそう呟いて床に落ちた和紙の片割れを拾う。


 中程までは綺麗に真っ直ぐ直線に切れているが、それ以降は波を打つようにがたがたと切断されていた。


「空間の亀裂が対象を破壊して元に戻る……発動条件は鋏の刃が閉じた時、か……?」


 荻内は再び鋏の刃に布を巻き付ける。確かにこれが無ければ暴発の危険性が恐ろしく高い。


「上との確認もありますが、準壱等以上の装備という事で一度預からせて頂きます……宜しいですか……?」


 零は荻内の言葉に頷き、荻内は恐る恐る鋏を本部の奥へと運んで行く。


「こ、怖かったです……」


 桜花はしゃがみ込んで(おび)える。まるで怪談話を聞いた後、夜中に(かわや)へ行けない子供の様に。


「まさかあんな装備だったとは……深淵の頭や爪の様だ……」


 深淵様の空間を呑み込む頭、空間をも切り裂く爪と同じ様に、あの鋏は空間を断った。


 そんな装備は、歴史上存在しない。


 偶然(ぐうぜん)にも、歴史を(くつがえ)しうる装備を二人は拾ってしまった。


「お待たせしました……本部の方で発動条件の確認と実験を行うそうです」


「分かった。暫くしたら確認しに来る」


 荻内は「分かりました」と返事をし、零と桜花を送り出した。











「特等装備、《断空》……」


 引き抜かれた短刀は、一見するだけでは至って普通に見える。


 零は眼前の深淵様に肉薄し、短刀の刃を振るった。


「(浅い……)」


 京弥は思わず心の中で呟く。


 届いた刃は深淵様の胸部に傷を付けたが、致命傷とは程遠く浅かった。


 その刹那、深淵様の傷に重なって空間に亀裂が走った。


 硝子(がらす)が割れる様に入った亀裂は段々と広がり、深淵様の体を無へと呑み込んでゆく。


「終わったぞ、鏑木」


 零がそう言って振り返ると同時に深淵様の体は粉々に砕け、鮮血(せんけつ)と共に消滅した。


 それを皮切りに、空間の亀裂はあっという間に元に戻る。


「今のは……」


「特等装備《断空》。空間ごと対象を破壊する短刀だ」


 そう言って零は、時を同じくして終焉様を(ほうむ)った桜花の元へと歩み寄る。


「どうだった、その刀は」


「凄いです……! まさか異形を溶断出来るとは……!」


 そう言って桜花は、終焉様の血が刀身の熱により(かわ)き、固まって刀身に付着したままの刀を鞘に納める。


「何だ()んだで随分経ってしまったね」


 京弥は《祓イ刀》を持って零に言う。


「どういう事だ?」


 その零の問いに、京弥は空を指差し手答える。


 見上げると、僅かに月明かりが照らし始めていた。


「私達、《百鬼夜行》を乗り越えたのですね……!」


「それはそうと鏑木、随分と元気そうだが……?」


「ははは……冗談()してくれ、これでも疲労困憊(ひろうこんぱい)だよ……」


 京弥は苦笑を浮かべ、やれやれと言う様に首を振る。


「そうか。四月朔日、地上にまだ異形が残っていないか確認に回るぞ」


「は、はい!」


 普通ならば零も倒れる寸前で可笑(おか)しくは無い。


 しかし零は平然と立って歩き、むしろ地上に残っているかも知れない異形を探しに行くとまで言い出した。


 京弥は零の底無しの力に、脱帽を隠せないでいた。


 二つの意味で……。











 四半刻(30分)後、《百鬼夜行》は完全に終結した。


 零達も含む探索者達は皆それぞれ探索者本部へと戻っている。


「お疲れ様でした……今回も大変でしたか……?」


「当たり前だ……それよりも、今回も特等の深淵が出たぞ」


 探索者本部で待機していた荻内は、零の言葉に息を吞む。


 今回()。つまり、過去の《百鬼夜行》でも特等の異形が現れていると言う事だ。


「これで二回連続……」


「あぁ、前回の深淵は異常だった……」


「そうなのですか?」


 零と荻内の会話に、割って入る様に桜花は聞く。


 すると、荻内は零に目配せした。


「前回の特等異形深淵様は、通常の《百鬼夜行》では有り得ない行動を取りました」


「有り得ない行動……?」


「深淵への()()です」


 桜花はその言葉に声を上げて驚き、零の顔を見る。


 しかし何故か零は目線を逸らし、荻内に目で合図を送った。直ぐに続きを話せと言う様に。


「その深淵様は満身創痍の状態で深淵へと戻りました。その傷を負わせたのはとある探索者でしたが、今は良いでしょう」


「えぇ……?」


 何故か茶を(にご)す様に言う荻内に戸惑いながらも、一連の話で気になった事を桜花は問う。


「その深淵様は、まだ生きているのでしょうか……」


 それに答えたのは零だった。


「目撃された情報が無い以上、十中八九生きているだろうな。まぁ、生きていると言う表現が正しいかは分からないが……」


「どういう事ですか?」


「異形とはそもそも、人間や植物と言った生物なのか、将又(はたまた)石や水と言った物なのかすら分かっていない」


 桜花はその言葉に驚きながらも、「深淵ができてから百年も経っているのにですか?」と言葉を続ける。


「そうだ。動いている以上生物だと言う説を(とな)える者も居れば、胸部を貫く以外に殺す方法は無く、血を全て失い出血が止まっても(なお)動き続ける事から生物の(ことわり)を超えている、つまりは物体だと言う説を称える者も居る」


「零殿はどっちだと考えているのですか?」


「さぁな。どちらでもあってどちらでも無い。俺は(ただ)、異形が(わざわ)いとして俺達に牙を()くなら全て殺すまでだ」


 存在そのものが意味不明、動いているだけで災いとなる。


 地上の人間、特に探索者にとっては、それは変えようの無い事実だった。


「そうだ。荻内、新しい装備の登録を頼みたい」


「分かりました。少々お待ち下さい」


 荻内はそう言って本部の奥へと引っ込んで行く。


「新しい装備なんて手に入れましたっけ?」


「忘れたのか……その刀だ、お前が登録するんだ」


 そう言って零は桜花の腰に差されている、赤い柄糸の巻かれた刀を指差す。


 桜花は突然の事に口を半分開け、呆然と立ち尽くす。しかし段々と表情を明るめ、清々(すがすが)しいまでの笑顔を浮かべた。


「良いんですか?!」


「五月蠅い……! そう言っているだろう……」


 零は溜め息を吐きながら桜花の嬉々とした表情を見る。


 自分用の装備として初めて《晦冥ノ羽織リ》を登録した時と今の桜花の反応を比べ、零は正反対だと思い返す。


「お待たせしました。登録する装備をお借りして宜しいですか?」


 荻内は零に向かってそう言う。


 零は目線で桜花の方へと(うなが)し、登録するのは自分では無い事を伝える。


 零の視線に釣られるまま目線を動かしていた荻内は笑みを浮かべる桜花と目が合い、一瞬驚き「うっ」と呟く。


「お、桜花さん、お借りしても宜しいですか?」


 桜花は、まるで初めて貰ったお駄賃(だちん)(あめ)を買いに来た子供の様に目を輝かせて刀を荻内に渡す。


 荻内は刀を鞘から抜き、異形の血で汚れた桜色の刀身を確認する。


「これは、《鉄火鉱》と鋼の合金ですか?」


「そうらしいです」


「何か特別な箇所は有りますか?」


「柄頭を叩けば爆発しました」


 桜花は(はや)る気持ちを抑え、零に口を挿まれながらも荻内に装備の説明をする。


「柄頭が取れる筈だ。そこに《火群草》の粉を混ぜた火薬を詰めてある」


 肆等装備《火群草》。松の様に細長い漆黒の葉を持つ植物で、油分を多く含む為燃えやすい。


 乾燥させて()(つぶ)せば、簡単に着火剤になる。


「成程、柄頭を強く叩けば中で火花が散り、火薬に着火して爆発を起こすという訳ですね?」


「そう言う事だ」


「となると準壱等装備でしょうか……刀の構造と言う常識を覆していますし――」


「弐等だ」


 突然零の口から放たれた言葉に、荻内は思わず「え?」と返す。


「弐等装備にしろと言っている」


「ですが、上に報告すれば恐らく準壱等と帰って来るかと……」


「これは四月朔日が使う物だ。弐等以下で無ければ認められない」


 荻内は溜め息を吐き、「それはこっちの台詞(せりふ)ですよ……」と呟いて刀を一度仕舞(しま)う。


「分かりました、出来るだけ弐等装備にして貰えるよう善処(ぜんしょ)します。はぁ……刀身の血を落とさないと……」


 呆れて溜め息を漏らした荻内に零は礼を述べる。


 桜花はその様子を見て苦笑を浮かべていた。


「ところで零さん、じゃなくて使うのは桜花さんか……桜花さん、この装備の名前はどうしますか?」


「名前、ですか?」


「ほら、前に零さんが鋏の名前を決めていたみたいに」


「そうですね……」


 桜花はそう呟き、顎に手を添えて考える。


 装備の名前はその装備を表しているものが多い。


 分かりやすく、尚且(なおか)つ零と関わる名を付けたいと桜花は考えていた。


「――そうだ、《爆ゼル刀剣(ハゼルトウケン)》なんてどうでしょう?」











 後日、深淵にて。鉄砲が放たれた様な音と共に桜色の刀身を炎が包む。


 桜花は眼前の深淵様に、《爆ゼル刀剣》を振り翳した。


「はぁっ!」


 掛け声と共に桜花の刀は深淵様の体を溶断する。


 しかし深淵様は、その爪を桜花に向けて振り上げた。


「おわっ?!」


 桜花は辛うじてそれを躱し、同時に腕を断つ。


「終わりだ」


 何時の間にか背後に回っていた零の、《消失ス刀剣》の刃が深淵様の胸部を貫いた。


「ふぅ……」


 桜花は溜め息を吐いて、額に浮かんだ汗を拭う。


「四月朔日、よくさっきのを躱せたな……」


 珍しく零が感心する様に言う。


「そうですか?」


「試験の時もそうだ、普通なら無理だと思うが……」


「単純に()()()だけですが……って、あの時見てたんですか?!」


「そんな物か……? しかしこの辺も漁られ尽くしたな……そろそろ帰るか――」


 桜花の最後の言葉を無視して話を続けていた零の言葉が、不自然に途切れる。


「どうしたんですか?」


 桜花は零の方へと振り返った。


 そこには、異形を殺すかの様に心の臓を矢に貫かれた零の姿があった……。

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