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《深淵様》の御成り  作者: 影乃雫
第壱幕
5/12

第肆話 特等と特等と特等

 零は《苑神》を深淵に向かって駆ける。


 空を見ると月が段々と陰り、月蝕が始まっていた。


「思っていたよりも早いな……」


 大通りには《百鬼夜行》を警戒する探索者が多い。ただ急ぐだけでは間に合いそうに無かった。


「(面倒(めんどう)だが仕方が無いか……)」


 そう考え、零は跳躍した。たかが一尺半(45cm)程度の跳躍では無く、平屋を優に超す程の。


 屋根に上った零は、下駄(げた)屋根瓦(やねがわら)を鳴らしながら駆ける。


 《火垂ル石》を掲げて灯りにしなければならない程暗くなると、ようやく視界の奥に深淵が見えた。


 それと同時に、《苑神》に異形が上がって来ている事に気付いた。


「遅いか……!」


 深淵から上がって来る最初の一体。階級は参等程度の深淵様。


 零は《消失ス刀剣》を抜き、投げ槍の様に構えた。


「ふっ……!」


 投げた。零は《消失ス刀剣》を投げたのだ。


 高速で飛んで行く刀は、狙い通り遠方に居る深淵様の胸部を貫いた。


 零が深淵様の死体の元へと降り立つと、何事かと見に来た探索者達が声を上げる。


即刻(そっこく)構えろ。《百鬼夜行》の始まりだ……!」


 《消失ス刀剣》を深淵様の胸部から引き抜き、零は周りの探索者にそう告げる。


 深淵の方へと振り返ると、既に何体もの異形が上がっていた。











 桜花は走り、異形を薙ぎ倒す。


 どれも肆、伍等の異形ばかりだが。


「流石は(探索者)が恐れている《百鬼夜行》……異形が際限無く上がって来る……!」


 そう呟きながらも桜花は、鉄打から借りた刀のお陰で(とどこお)りなく異形を討伐出来ている。やはりあの刀は上物だった。


「はぁっ!」


 雄叫(おたけ)びと共に、桜花は伍等の終焉様の胸部を貫き倒す。


 桜花が一息を吐いた次の瞬間、突然(そば)にあった家屋(かおく)が吹き飛んだ。同時に中から何かが大通りの真ん中へと飛んで来る。


「何?!」


 新手の異形かと桜花は身構える。


 しかし、飛んで来たのは人間だった。土煙の向こうに、茅色の髪がちらりと見えた。


「京弥殿!」


 桜花は叫び駆け寄る。京弥はゆっくりと立ち上がり、壊れた家屋の方を向く。


 家屋の向こう側に、異様な雰囲気を放つ大きな深淵様が立って居た。


「まさか――家屋を貫いて来たのですか?!」


「ははは……駄目だよ桜花君、君じゃ相手にならない……」


 京弥はそう言って、身の丈程の《祓イ刀》を引き抜く。


 五斤(3kg)はあるのではないかと言う刀を、京弥は片手で持って見せる。


「あれ……遂に空間の吸収だけじゃなくて、放出まで覚えたよ……」


 空間の放出。それが何を意味するのか、桜花はまだ理解していなかった。


「《祓イ刀》は間合いが広いから下がっててくれ……」


「は、はい……」


 桜花は言われた通りに京弥から離れる。


 京弥は一度《祓イ刀》を振ると、深淵様に肉薄した。


 尋常では無い速度で振られる刀は、空を切る音を鳴らしながら深淵様に傷を付ける。


「(あんな大太刀(おおたち)を軽々と……これが特等探索者……)」


 刀の先端が高速に達する度に、弾ける様な音が聞こえる。


 深淵様に浅い傷は付いているものの、致命傷や決定打になる様な攻撃は与えられていない。


 突然、深淵様は京弥が《祓イ刀》を振り上げた瞬間を狙って掌を前に(かざ)した。


「不味いね――」


 京弥が言い終わらない内に、途轍(とてつ)も無い衝撃波が深淵様の掌から放たれた。


 京弥はおろか、桜花すらも吹き飛ばされ体が宙に浮く。


 身(じろ)ぎ一つ出来ない状況の中、深淵様は京弥では無く桜花に(すさ)まじい速度で肉薄して来た。


 桜花は全力で刀を振り深淵様の腕を弾き返すが、壊れはしなかったものの得物が弾き飛ばされた。


「(《呪詛針》……!)」


 京弥は桜花に迫る深淵様の背後に、細長い針を投げ付ける。針は何故か真っ直ぐに飛び、深淵様の背に突き刺さる。


 針には《七歩雫》が塗ってあり、《七歩雫》は異形にも効く事が確認されている。


「早く抜いた方が良いよ、直ぐに毒が――」


 またも京弥が言い終わらない内に、深淵様は人間では在り得ない関節の曲げ方をし、己の爪で背中ごと(えぐ)った。


「随分と決断が早いね……」


 あっさりと自傷(じしょう)した事に、京弥は驚いて肩を落とす。


「動けるかい、桜花君。零君に()()の深淵様が現れたって伝えて欲しい」


「と、特等……?!」


 桜花は薄々(うすうす)感じていた。伍等や肆等で無ければこの前見た準壱等とも一線を(かく)す。ましてや特等探索者の京弥ですら苦戦を()いられている。


 特等以外の何物でも無かったのだ。


「何故零殿を……? 京弥殿でも苦戦しているじゃ無いですか……!」


「答えている暇は無いから早くして欲しいな……」


 戸惑ったものの、桜花は京弥の言う様に零を探しに駆け出した。鉄打の刀を拾って。


「さてと……彼が来るまで持ち(こら)えさせて貰うよ」


 そう言うと、京弥は再び《祓イ刀》を構えた。











 桜花は走り零を探す。まだ《百鬼夜行》が始まってからまだ四半刻(30分)も経っていない。


 あちらこちらで探索者が異形と戦っている。


「(零殿はどこに……?)」


 桜花は周りを見回す。


 鎧を身に纏った探索者、違う。


 大きな(ほこ)を振り回す探索者、これも違う。


「(ただでさえ暗いのに《晦冥ノ羽織リ》を着てるから……)」


 それどころか《寂滅ノ面》を付けていたら絶対に見つからない。


 零を探す事、それは下手をすれば深淵の底に辿り着く程の難題かも知れない。


「そうだ、呼んでみれば見つかるかもしれない……!」


 桜花は立ち止まり深く息を吸う。(わき)を締め、腕を曲げて肘を腰に当てる。


 そして叫んだ。


「零殿ぉ!! どこですかぁ!!」


 周りの探索者は驚き振り返る。あまりの声量に異形すらも振り返り、刹那の間だが動きを止めていた。











 零は鉄打の作業場に居た。勿論暇を持て余している訳では無い。


「急げ……!」


「わあってるって! 後は柄糸(つかいと)を巻くだけなんだよ……!」


 急かされながらも鉄打は、職人の手(さば)きで赤い柄糸を巻いていく。


「よっしゃできた! ほら持ってけ!」


 そう言って鉄打は、出来上がったばかりの刀を零に投げ渡す。


「助かった。早速わた――」


 その時、零の耳に何処(どこ)からか声が聞こえて来た。微かではあったが、周りに居る探索者とはまるで別の声。


「何だこの声……?」


「声? 俺には聞こえねえぞ」


「気の所為(せい)か……」


 零はそう言って溜め息を吐く。


 しかし直ぐに同じ声が聞こえて来た。


「――気の所為じゃ無い……! あの馬鹿……」


 零はそう言って、凄まじい速度で作業場を出て行った。











 桜花は零が来るまでひたすらに叫ぶ。


「零殿ぉ!! どこですかぁ!!」


 もはや周りの探索者も慣れたのか、桜花の声を聞きながらも異形と戦っている。


「零殿ぉ!! ど――」


「五月蠅いぞ……!」


 何時(いつ)の間にか背後に居た零が、片耳を塞ぎながら手に持っていた刀の鞘で桜花の頭を小突(こづ)く。


「零殿、京弥殿が!」


「鏑木がどうした……?」


「出たんですよ!」


「何が」


「特等の深淵様が!」


「何……?!」


 零は顔を顰めて走り出す。桜花も慌ててその後を追った。


「深淵は何処だ……?!」


「この先の角を、三つ曲がった先です!」


 零は桜花の案内通りに角を曲がり、京弥の元へと向かう。


「れ、零殿! その刀は何なのですか?!」


 桜花の言葉に、零は「あぁ」とだけ呟いて刀を桜花に投げ渡す。


「鉄打に頼んでいた刀だ。使い方は後で教える」


「(後で?!)」


 二人は京弥の元へと辿り着く。そこでは、未だ京弥と深淵様が戦っていた。


「奴が特等か……鏑木! 《祓イ刀》を渡せ!」


 零はそう言うと、満身創痍の京弥はあっさりと《祓イ刀》を手放す。


 軽々と投げられたそれを受け取り、零は思い切り振った。


「(凄い……零殿も軽々と……)」


 まるで舞を踊る様に零は《祓イ刀》を振り回す。


 深淵様は爪を駆使する余裕も無く、腕で刀を弾く事しか出来ていなかった。


「零殿、その深淵様は空間の放出ができます!」


「空間の放出……?」


 一瞬だけ零の意識が桜花に逸れる。その瞬間を狙って、深淵様は腕を突き出した。


「くっ……!」


 零は深淵様の爪を(すんで)の所で辛うじて躱す。


「丁度良い。四月朔日、援護しろ」


「え? はぁ!? 何言ってるんですか、無理ですよ!」


「だったらあっちの終焉を一人で片付けろ。参等だ」


 桜花は零の無茶振りに、零への信用を失いつつあった。


 しかし、周りに探索者が居なければ、京弥も手負いの状態。


 引くに引けない状況だった。


「分かった分かりましたから! この刀の使い方を教えて下さい!」


「そっち、来るぞ」


 零は桜花の言葉を無視し、終焉様が肉薄した事を告げる。


 桜花は「あぁもう!」と(もだ)えながら刀を差し替え抜刀する。


「何ですか、これ……」


 桜花が引き抜いた刀の刀身は、桜色に輝いていた。


 刀身に見惚れる桜花に使い方の説明をする為、零は《祓イ刀》を本気で振り深淵様を家屋に叩き付ける様に弾き飛ばした。


 深淵様が起き上がるまで、僅かに隙が出来る。


「四月朔日、(しっか)り握って思い切り柄頭(つかがしら)を叩け」


 言われた通り桜花は柄を握り締め、力強く柄頭を叩く。


 その瞬間、柄に激しい音と衝撃が伝わり、(つば)(はばき)の隙間から鉄砲の様に炎が噴き出した。


「うわっ?!」


(ひぃ)(ふぅ)(みぃ)……! 今だ、切り付けろ!」


 桜花は零に言われるまま終焉様に刀を振り下ろす。


 終焉様は、掌に付いた口で喰らう為桜花に向かって腕を振り払う。


 桜色の刀身と終焉様の腕がぶつかり合うと、終焉様の皮膚が溶ける様に切り裂かれた。


「え……?!」


 桜花は驚きの声を漏らす。終焉様の腕は、正しく溶断された。


「刀身は鋼と、お前が手に入れた《鉄火鉱》の合金だ。熱伝導性が高い」


 柄の中に入っていた火薬を、柄頭を叩く事で炸裂(さくれつ)させる。


 その際に発生した炎を鍔と鎺の間――本来あるべき切羽(せっぱ)を取り除いて――から放出し、炸裂の熱を刀身に伝える刀。


「(あれで暫くは戦えるだろう……俺はこっちだ……)」


 零は眼前(がんぜん)で起き上がる特等異形、深淵様を見据える。


「空間の放出とは何なんだ……?」


 呟く零に応える様に、深淵様は空間の放出を行った。その瞬間深淵様を中心に、圧迫感と共に何かがぶつかった様な衝撃波が発生する。


「これか……!」


 頭の穴で空間を呑み込み、呑み込んだ空間を物理的に放出してぶつける。


 この深淵様の得意技らしい。


 零は《祓イ刀》を地面に突き刺し、吹き飛ばされるのを抑える。


 衝撃波が(おさ)まると、零は自分の身の丈よりも大きい刀を振り回し、再び深淵様に肉薄する。


 零は《寂滅ノ面》を被り、姿を消す。


 何故零が《寂滅ノ面》を被って刀を使わないのか、それは今の状況を見れば分かる。


 例え《寂滅ノ面》を被っていたとしても、何故か手に持っている刀や道具は不可視にならないからだ。


 つまり今は、深淵様を切り刻む《祓イ刀》が空中を舞っている様に見えるという事になる。


「凄いね……(彼ならば、(ある)いは……)」


 京弥は思わず呟き、空を舞う《祓イ刀》を眺める。


 しかし深淵様は、零が右手で刀を持っていたのを覚えていたのか、刀の左側に向けて爪を突き出す。


「零君……!」


 刹那、深淵様の片腕が切り飛ばされた。


「何してくれる、危ないだろうが……」


 《寂滅ノ面》を取った零は、呟きながら深淵様を睨み付ける。


 零は深淵様の攻撃に辛うじて反応し、その腕を断つに至った。


 深淵様は片腕を失った事で警戒を強め、零から距離を取る。


「随分と学べる深淵だな……この調子では殺せないか……」


 零はそう呟くと、《祓イ刀》を地面に置いてあった鞘に納める。


「返すぞ、鏑木」


「どうやって倒すんだい……?」


 京弥は(もっと)もな質問を投げ掛ける。しかし零は何も言わず、ただその腰部(ようぶ)()かれた短刀に手を掛けた。


「目には目を、歯には歯を。特等には特等を……」


 零は僅かに短刀を引き抜き、その刃が垣間(かいま)見える。


()()()()、《断空(ダンクウ)》……」


 その瞬間、零は短刀を引き抜いた。

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